4.小説家は、王女の噂を口にする。



 祭を楽しむ人々に混ざりながら、ルイスは友人達と商店街を歩いていた。ヘンドリックを取り囲んだまま、ラビットが追い掛けてきていないか、時折辺りを窺う。




「そういやさ」



 オットーが、徐に口を開いた。



「さっき見た王女様の笑顔、全然ぶれてなかったよなぁ」

「え、そうだった?」

「おう。こーんな感じでさ、口角めっちゃ上がってんの」

「へー、あの距離でよくリーセロット王女の顔が見えたね。僕は、笑ってるなーって事しか分からなかったけど」

「まぁ、俺も似たようなもんなんだけどさ。でも、口角の上がり具合だけは分かった。顔の筋肉疲れそーって思ったから」

「あれは、そういう訓練を受けているらしいぞ。姉の話では、行儀見習いの一環らしい」



 ヘンドリックは、屈めていた腰をゆっくりと伸ばす。そのまま背を反らせば、思わず呻き声が零れた。

 ルイスは、労わりの気持ちを込めて、背中や腰を擦ってやる。



「凄ぇよなぁ。俺も一応、男爵家の人間らしくそれなりに教育受けてるけどさぁ。あそこまでは出来ねぇわ」

「オットーの場合は、単にやる気がないだけでしょう?」

「まぁ、それもあるけどな。でも、じゃあお前らが同じ事出来るのかって話だよ」

「僕は、無理かなぁ」

「私もだ。子爵家として恥ずかしくない程度の教養はあるつもりだが、それでも、リーセロット様と同じ水準を求められては困る」

「だよなぁ。はぁー、俺らと同い年とは思えねぇわぁ」



 周りの友人も、頻りに首を縦に振った。




「そういやさ。王女様って、婚約するかもみたいな噂なかったっけ?」

「あぁ、あったね。どこかの新聞社が、そんな事を書いてたと思う」

「あれって本当なのかね? ヘンドリック。お前、姉ちゃんから何か聞いてねぇの?」

「……私の口からは、何も言えない」

「……いや、それもう半分言ってるようなもんだぜ?」



 ヘンドリックは視線を逸らし、唇を閉ざした。つまりはそういう事なのだろう、とルイス達は察する。けれど口には出さず、目配せをし合うに止めた。



「でも、ほら、あれだな。婚約とか、俺らも他人事じゃねぇしな」



 空気を変えるように、オットーは笑う。



「特に、俺含めた貴族組なんか、家のあれこれも関係してくるじゃん? いつかはしなきゃいけねぇなーと思いながら、でも、まだ実感がないっていうかさ。なーんかピンとこねぇよなぁ」



 分かる分かる、と貴族組は深く頷く。平民組も相槌を打った。そうして、好みのタイプや理想の相手、結婚生活の願望など、好き勝手に語っていく。




「――あぁ、そういえば」



 つと、ヘンドリックがルイスを振り返った。



「ルイスの兄弟は、確か、最近婚約だか結婚だかをされたのではなかったか?」



 その言葉に、ルイスは小さく肩を強張らせる。



「あ……うん、そう。一番上が結婚して、真ん中が婚約したんだ」

「あぁ、そうだったのか。おめでとう」

「うん……ありがとう」



 友人達も、口々に祝福をする。

 ルイスは笑顔で返礼するが、どこかぎこちない。



「兄君が結婚されたとなると、相手の方とは、もう実家で共に生活しているのか?」

「うん、まぁ」

「差し支えなければ、兄嫁と暮らすというのはどういう心境なのか、聞いてもいいか? 気まずくなったりはしないか?」

「そんな事は、ないよ。小さい頃から知ってる相手だし、コルネリア姉さんも、あ、兄嫁の名前ね。コルネリア姉さんも、僕の事を、本当の弟みたいに可愛がってくれてるから。一緒に住むようになった所で、あんまり変わらないかな」

「ほぉ、そうなのか。私も兄がいて、いつかはルイスと同じ立場になるからな。少々不安だったんだ」

「平気だよ。まぁ、相手の方との相性は、あるかもしれないけど」

「確かに、それは重要だな。では――」



「おーい、総員。ちゅうもーく」



 不意に、オットーが手を叩く。



「そろそろ広場に戻るぞー。引き続き観光客に紛れながら、待ち合わせ場所まで行くようにー」



 イエスボス、と各々返事をすると、つま先を左へ向けた。人の流れに乗りつつ、パンネクック広場方面へ進んでいく。




 周りの話題が、兄弟の結婚から、広場に立ち並ぶ露店で何を買うかに変わる。

 ルイスは、人知れず胸を撫で下ろした。



 そんなルイスへ、さり気なくオットーが視線を流す。



 ウインクを送ってくる幼馴染に、ルイスの頬は自ずと緩んだ。



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