第34話 ラストスラッシュ バサラ編

 レイダがデイモンと相対している一方で、剣士バサラは剣を構えていた。彼女の眼前にはかつて自分と肩を並べた剣士達がいる。目こそ虚で、体も心なしか透けている。そんな状態で彼らは操り人形のように剣をバサラに向ける。


「久しいな。みんな」


 バサラは剣から片手を離してヒラヒラと振った。スタン教授に操られた死者達は表情や言葉は自由である。ホムラ剣士団の一同はやつれたような笑顔を見せた。


「すまない剣士長。内戦で負けてしまった上に……この体たらくだ」


「……死者を無理やり呼び戻す……非道だが再会を嬉しがっている自分が嫌だな」


「俺たちも会えて嬉しいよ……もっと言葉を交わしたい」


 バサラは唇を噛み締めた。手をギュッと握り、涙を堪えた。自分はホムラ剣士団の剣士長で、誇り高い剣士だ。目的のために、人々のために戦う剣士だ。どこまでも強く在らねばならない。強いだけではなく、強く在ることが重要なのだ。


 だからこそ、バサラは自分の剣先を耳たぶの近くまで運ぶ。そして一瞬の躊躇いの後、耳たぶに剣をスッと小さく振り抜いた。


 刺すような痛み。ポロリと落ちる肉片。血液が滴り落ちる。痛みに呻くがバサラはすぐにホムラ剣士団の方へと向き直った。


「きつけは済んだ……もう容赦しないぞ……聞け、ホムラ剣士団!!」


 その咆哮にも似た声でホムラ剣士団のもう機能しないであろう背骨がピンと伸びた。バサラは息を切らしながら言葉を続けた。


「君たちは剣士だ!誇り高い!強い!魔法なんかに操られるな!私はもう君たちの首を斬る覚悟はできたぞ!君たちはどうだ!!」


 ホムラ剣士団の一同は口を真一文字に結んだ。かつての恩人に剣を向けることなどできない。自分たちなりに剣士として、できること。それを汲み取った。


 剣士団の一人が吠えた。それに連なり、皆が身体中に力を入れる。


「うぉぉぉぉっっっ!!負けない!こんな魔法なんぞに!俺たちは剣士だ!」


 全力で力を振り絞り、剣士達はかくはずのない汗で額を濡らしていた。バサラはそれをなにも言わずに見守る。彼らを信頼しているからだ。


 ホムラ剣士団は吠えながら膝を地面についた。そして魔法に抗い、全力で自らの腹に刃を突き立てた。血は出ない。代わりに魔力が噴き出る。痛みはない。代わりに異様な気持ち悪さが彼らの体を震わせる。だがそんなものは関係ない。剣士の強い在り方として、味方に剣を向けることなどしたくない。ならばとて彼らは尊敬する剣士長に斬られることを望む。


「さぁ、剣士長!俺らを斬れェ!」


 バサラはこくりと頷くと、跪き、腹の裂けたホムラ剣士団の面々の方へと歩いていく。一人の男の前に立つ。その男は剛剣で名を轟かせた剣士だ。


 彼の首にバサラの剣が届くまで、彼には遺言を増やす余地はあった。しかし彼は何も言わない。人生は一度きり。そう彼は信じている。


 だからこの状況は彼にとってこの上なく幸せな夢だった。尊敬する剣士に斬られる上に、もう一度彼女の顔を見られたのだから。


 男の首が斬られる。断面からはコップ水が溢れるように魔力がこれでもかと流れた。バサラは何も言わない。



 次の男。その次の女。その次の次の男。バサラに斬られた剣士達は何も言わなかった。ただ満足そうに、誇り高く斬られた。


 ホムラ剣士団の間を縫うようにして皆をバサラは斬っていった。最後の一人を斬ると、バサラはくるりと振り向いた。全員の体が先ほどよりも薄くなり、仮初の体を形成していた魔力もほぼ出尽くしていた。


 バサラは空を仰いだ。涙を流すわけにはいかない。仲間の剣士団が涙を流していないのだから。彼女は無理やりに口角をあげた。ついていない血を飛ばすように剣をビュッと振ると、鞘に収める。


「ありがとう。さらばだ」


 バサラがそう言うと、いくつかの影が、上空より舞い降りた。頭部は骸骨、その体はマントで覆われていて、背中には鎌を背負っている。そんな彼らは天空からやってくると、ホムラ剣士団の剣士達に触れた。そうするや否や、輝く鱗粉になったように剣士達は消えた。


「……魂を運ぶ者……今日は大忙しだろうな」


 もとよりバサラにほとんど迷いはない。ただ次はショカの援護に行こうか、サイハテの援護に行こうか。それを考えながら彼女は歩き出した。


 

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