第11話 勇者の話

 勇者とサイハテは歓楽街の通りにあるベンチに腰掛けた。


「勇者パーティにだって葬儀でお疲れ様を言われる権利はあるよ」


「民衆に望まれていなくてもか」


 勇者は冷たく言い放った。サイハテは眉を顰めた。彼が何を言いたいのか分からなかったのだ。


「うちの賢者がな……あの時の決戦で受けた魔王の呪いでもう……長くないんだ」


「そうか……それで……彼の葬儀が望まれていないとは?」


「勇者パーティは葬儀なんて非合理で金のかかることをしない。静かに墓に入るだけ。それこそ勇者パーティだ……だって。国の皆んなが言うんだ。国王でさえもな」


 サイハテは真一文字に口を結び、グッと拳を握った。ここ数年で始まった合理化の波は国境を超えている。至る所で無駄を省くような文化が浸透しているのだ。


 それを抜きにしても人間にとっての英雄たる勇者パーティの葬儀が望まれないというのはサイハテにとって解し難い。


「で?賢者と君はどう考えているんだい?」


「賢者……レイのやつは……ド派手な葬式を望んでいる。俺たちは魔王を倒したんだ。一世一代の偉業を成し遂げた。せっかくだからそうしようと、レイは考えているんだ」


 勇者は手で皿を作ってそこに顔を埋めた。そして何回も顔を擦り付けた。


「俺は勇者だ!パーティは民衆の総意だ。民衆の言う通りにしなくてはいけない!でも仲間の意思も大切だ!俺は……どうすれば……」


 サイハテの目に映る男はもうすでに勇者のようではなかった。葛藤し、嘆く一人の青年だった。彼女は何も言わず、しばらく膝に顔を埋める勇者の隣に座り続けた。肩を組んで歩くカップルや千鳥足の酒呑みが通り過ぎていく。しばらくしてサイハテが口を開く。


「あの時もそう言ったね。私と敵対した時も……君は民衆の総意だと」


「そうだ。人に望まれたから村を出て……剣を持って……鎧を着て……魔王を倒した」


「東国の俗信で、船で死体を引き上げると、その船の漁獲量が上がるというものがある」


「何の話だ」


「報恩と考えることはできないか?」


「死体が自らを大海原から引き上げてくれた船に恩返しとして海の幸をプレゼントするということか」


「そのほかにも人類には互酬性という性質がある。物を送り合うんだ。コミュニティの維持のためにね」


 勇者は顔を上げた。サイハテの言わんとしていることがだんだんとわかって来た気がしたのだ。彼の胸のうちで、だんだんと鎖がほぐされていくような感覚だった。


「君たちは人類を魔王の手から守った。これは完全に勇者パーティから民衆へのプレゼントだ。今回は君たちがプレゼントをもらう権利があると思うな」


「……賢者……いやレイはいつも魔法や知恵で罠を看破し、敵の攻撃を防ぎ……魔王の左腕を奪った。彼は民衆に多大なる貢献をした!」


 勇者はベンチから立ち上がった。酔いが覚めていないのか、少しふらついたがすぐさましっかりとした足で立ち直す。そして言葉を続けた。先とは違う、希望があるような口調で。


「いいじゃないか……みんなの記憶に刻印されるような……でかい葬儀をあげたって……!」


 拳を握りしめ、一人で熱のこもった声で言う。サイハテは頬を緩めた。そして彼の背中をじっと見つめる。


「いいと思うよ。それで民衆から嫌われたら、私が嫌われ者の生き方を教えてあげるよ」


 サイハテは立ち上がると、勇者に向けて手を差し伸ばした。彼は少し逡巡した様子を見せたが、すぐに彼女の手を握った。勇者は意を決したように口を開く。


「葬官。君に頼みたい。レイの悔いを残さないような葬送を頼みたい。図々しいのはわかってる。でも俺は君が葬送に異常な執念を持っていることは知っている」


「前に戦ったことを言ってるのかい?意思と意思があるんだから衝突するのは当然さ。いいよ。引き受けよう」


 サイハテは笑った。しかし笑みとともに強い眼差しを彼に浴びせた。そして一つ、忘れていたことに気づいた。葬官と呼ばれるのには慣れているが、仕事で付き合うのだからしっかりと名前を呼んでほしかった。もう敵同士ではなく、顧客と提供者なのだ。


「あと、私はサイハテだ。君は?勇者って名前じゃないだろ」


「シャインだ。レイを頼む。サイハテ」 

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