第11話

 自治都市アマルセアからの帰り道。

 幌馬車が進む三十年街道では、小麦の刈り入れが始まっていた。


 三十年街道は、王都を中心に大陸中に張り巡らされた交通の大動脈。

 商人、旅人、巡礼者――向かう先々で、あらゆる人々とすれ違う。

 数々の人種が行きかう理由は、この国の誕生とも関係していた。


 歴王国アルピアは、建国より三百余年の歴史を持つ。

 かつて大陸に跋扈していた魔物を、建国の祖である初代王アルピアスが大魔導士ズオウや多くの仲間たちと共に大陸の外へ追いやった。

そして、『ここから人の歴史が始まる』と宣言し、歴王国アルピアは生まれた。


 未開拓だった土地には、瞬く間に他大陸からの開拓者が上陸。

 歴王国アルピアは一気に発展を遂げ、大陸の主要街道は建国からたったの三十年で作られた。

 アルピア建国と三十年街道誕生の物語は、この地に住まう全ての者が知る偉大な物語。


 そんな歴史と由緒ある街道をいま……ルーデットはデカいトカゲが引く幌馬車で移動していた。

 

 そして、ルーデットが手綱を引く御者席の左右。

 ぴったりと肩を並べて座るのは、右にペルーシュカ。左にサーラ。


「ね、サーラちゃん、言ったとおりでしょ? ルーデット様は、すごく優しいって」

「はい。本当に素晴らしいです。感謝の言葉がありません」


 にこにこ。

 二人でルーデット談議に花を咲かせていた。

 ルーデットは面白くなさそうに、ただ真っすぐ前を見て無言。


 ペルーシュカがすりすり、と肩を寄せてくる。

 季節は夏。日差しだけでも暑いのに、生暖かい体温が伝わってくる。


 サーラは上機嫌で、スカートからはみ出したふさふさの尻尾を左右に揺らしている。

 獣人なりの親愛の証し。

 けれど、やっぱり暑苦しいだけ。


「お前ら、離れろ。暑い。邪魔だ」

「いやでーす。離れませーん」

「…………」


 ペルーシュカが言うと、サーラも「はなれませーん」と真似して笑いあっている。


 ルーデットが思考停止するくらい二人が上機嫌でウザったいのは、巨大なトカゲ――リグラント・ゲッコーの飼育許可をもらったから。


 飼育とはいっても、そう簡単な話では無い。

 この化け物の食費や管理費用は、すべてルーデット持ち。

 こうして馬車を引かせてはいるが、一応は魔獣だ。このトカゲが向かう先々で、ルーデットは粗相が無いよう、つねに監視していなくてはならない。

 

 監視対象で言えば、もうサーラと言う、ちょこまか動き回る少女が居るというのに……面倒くさい話だった。


 けれど、不思議と。

 腹を立てる気にはならなかった。

 それより、ペルーシュカとサーラが笑顔でトカゲを撫でているのを見ていると――どうしても、怒る気にはなれない。

 

「……なんだか、外出するたびに変なモノを拾っているな」


 のしのしと歩くリグラント・ゲッコーのスピードは頼もしい。

 もともと幌馬車を引いていた馬は、巨大トカゲを怖がり、今は馬車の後ろに繋がれ、おっかなびっくりついてきている。


「なぁ、サーラ」

 

 馬車ならぬトカゲ車をゆっくりと進めながら。

 ルーデットは、隣に座る獣人の少女に話しかける。


「どうして、デカいトカゲを可哀そうだと思ったんだ?」


 それは、ルーデットの純粋な疑問。

 聞かれたサーラは、丸いレンズのメガネを指で押し上げながら、どこか遠くを眺める。

 サーラは、あまり自分のことを話してはくれない。

 多くの返答を期待していなかったルーデットだが――サーラは、困ったように笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「私と、一緒だと思ったからです」


 消え入りそうな声だった。

 きっと、広いこの世界でルーデットにだけ聞こえる声の大きさ。


「私も、よその大陸からここへ連れて来られたんです。獣人のくせに、生まれつき目が悪かったもので……家族に、捨てられたんです」


 ルーデットは小さく息を飲む。

 それは十歳の少女が語るには、色々な意味で重たすぎる内容。


「つまりお前は……売られてきた、というわけか?」

「はい……とある貴族の方に、買っていただきました。一年くらい、前でしょうか」


 視線を落としながら、サーラは重い引き出しを開くように、ゆっくりと言葉を絞り出す。


「でも、家が恋しくなっちゃって……隠れてアマルセアに行って、船に乗ってグルギアに帰ろうと思ったのですが――」


 巨大トカゲの引く馬車は、速度を変えず軽快に進む。

 けれど、ルーデットの頬を撫でる風は、少しだけ強く、冷たくなったように感じた。


 やっと、サーラが商人の馬車に隠れていた理由が分かった。

 けれど、全くスッキリする話では無い。


「お前を買った貴族とは、何者だ。人身売買――ましてや獣人を扱うとなれば、重罪だぞ」

「すみません……それはちょっと、言えないんです。その方にも、一応の恩義がありますから」

「……そうか」


 と、ルーデットが口の奥で苦い感情を噛みしめていると。


「ううぅ……サーラちゃん、とっても可哀そうです!」

 

 隣に座る、ペルーシュカが涙目で叫んでいた。

 どうも静かだと思ったら、サーラの話を聞いて涙をこらえていたらしい。


「でも、安心して下さい! もう寂しいことはありません! 私はもう、サーラちゃんの新しい家族ですから!」


 言って、ペルーシュカはサーラの手を「ぐっ!」と握りしめる。

 間に座るルーデットの膝に身を乗り上げて。

 なかなか、邪魔だった。


「私だけじゃありません、施療院のみんなも、それにルーデット様だって、みんな家族です! ずっと一緒に居ましょうね!」


 涙を浮かべながら、ペルーシュカは暑苦しいくらいの熱量でサーラに訴える。

 サーラも嬉しいけれど、ちょっと困ったような笑みを浮かべて頷いた。


「ありがとう、ペルちゃん。なんだか急に”家族”なんて言われると、照れちゃうな」

「えへへ、でも声に出すと良いものですよ。家族って、他人には絶対に言えない言葉ですから!」


 ペルーシュカは「そうですよね?」とルーデットを見上げる。

 青い瞳には、血のつながった家族に向けるそれと同じくらい、信頼の輝きが宿っていた。


 ルーデットは「ふん」とつまらなそうに鼻で息をつきながら、横目にサーラを見つめる。

 

「まぁ、お前が居たければ好きなだけ施療院には居ろ。魔獣の世話の許可が下りたんだ。迷子の獣人の一人くらい、いくらでも面倒は見れる」


 親切な言葉を直接伝えられないのは、ルーデットの性格。

 なんだかこそばゆいし、恥ずかしい。

 ガラスみたいに繊細な言葉を扱うことが苦手なのだ。

 

 けれど、気持ちはちゃんと伝わっているようで。

 ルーデットの言葉に、サーラは屈託のない笑顔を返した。

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