第4話

 夜。

 窓の外に闇が満ちると、古城の静寂は更に深まる。

 頼りないロウソクの火に照らされ、ルーデットの黒い長髪がふわりと漆黒の中に浮かび上がっていた。 


 夕食を終えると、ルーデットは執務室に籠って書類の整理に忙殺される。

 エルムンド施療院には、現在二十名の患者が居る。

 どれも肉体に多大な障害を抱え、ルーデットの治療と義肢を必要とする者たちである。

 そんな患者たちの一日の経過観察やリハビリ状況。そして薬品の在庫管理から調達計画まで、全てをチェックする。


叡晶石えいしょうせきの在庫が少ないな……最近、また値上がりしているが、これが無いと仕事が出来ないから、仕方がない」


 資料を眺めながら、ルーデットは口中で唸り、思案する。


 叡晶石えいしょうせき

 隣国である、エセリア聖公国の特殊な鉱山より採掘される魔石である。


 ルーデットが製作する義肢には、動力源として叡晶石が使われていた。


 筋肉や腱の代わりに魔力を宿らせた魔力繊維”魔女の前髪”を使用。

 骨の代わりにミスリルの特殊鋼を用いて、神木より切り出した魔力を封じ込める外殻に閉じ込める。


 そうして作成された義肢に叡晶石をコアとして設置することで、人間の放つ魔力を電気信号の代わりとして受け取り、義肢を精密に動かすことが出来るのだ。

 


 魔力とは、全ての生命が持つ神秘的な力。

 それを『魔法』という形で扱うことが出来るのは、ルーデットのようなごく限られた人間だけ。


 魔力を扱う才能のない一般の人たちにしてみれば、それは持っているのかいないのか分からない、不可視の力でしかない。

 

 けれど、叡晶石で魔力を増幅してやることで、義肢を動かし、失った肉体の代わりを務めさせる程度の役割は果たしてくれる。


 ただ、実際に木材の加工や特殊鋼の生成を行うのは、今日、行くはずだった自治都市アマルセアに住まう職人たち。

 スケジュールの変更に伴い、ルーデットの仕事はさらに煩雑になっていく。

 

「ルーデット様、お茶が入りました」


 書類の整理に頭を悩ませていると。

 控えめなノックの後、扉が静かに開いた。

 ペルーシュカがティーワゴンを押して執務室に入ってくる。芳醇な紅茶の香りが優しく漂った。

 

「ありがとう、ペル。サーラの様子はどうだ?」

「もう、眠っちゃいました。すごく疲れていたんでしょうね」


 金の眉根を下げ、ペルーシュカが大きな瞳を笑わせる。

 ナースドレス姿のペルーシュカは、慣れた手つきで紅茶を淹れ、ティーカップをルーデットに差し出す。


 蜂蜜をたっぷり入れた、甘い紅茶。疲れて鈍った思考が、すぐに冴えわたる。


「結局、サーラちゃん、何も答えてくれませんでしたね」

「……困ったものだな」


 ルーデットはため息をつきながら、浅く目を瞑る。

 獣人の少女、サーラ。


 彼女が何者で、どこから来たのか。

 いろいろと質問したルーデットだが、サーラは……ただ俯いて、沈黙。


 話したくないことは誰にだってある。無理に話せとはルーデットも言わない。

 けれど、今回の場合――沈黙は死に直結する危険性を秘めているように感じる。


 ルーデットは机の脇に立てかけてあった、布に包まれる長物を手に取る。


「見ろ、ペル」

「あ……それ、私の足に刺さっていた剣ですよね?」


 布をほどくと、中から美しい鉄剣が現れた。

 街道で盗賊が商人を襲った際、ペルーシュカが身を挺して受け止めた剣だ。

 義足に刃が喰い込み、盗賊は回収を断念。その場に打ち捨てられたそれを、ルーデットはこっそり持ち帰ったのだった。


「この剣は妙だ。刻印も無いし特徴らしい特徴が全て削り落とされている。入念なまでにな」

「本当だ……すごく高価そうな剣なのに、まったく装飾が無いですね」


 ペルーシュカが蒼色の瞳で剣を見つめる。

 それは刀身から柄まで、全てが銀一色の飾り気のない剣。

 美しく、刃も鋭い上物でありながら、剣にあったであろう細工や彫り物などは一切が削り落とされていた。

 

「こんなもの、盗賊が使う剣じゃない。ちゃんとした兵士の使用するものだ」


 剣にロウソクの火を反射させながらルーデットはさらに声のトーンを落とす。

 

「しかも、あの盗賊……商隊の荷馬車に火を放っていたな」

「そうですね。凄く危なかったです。ルーデット様が消してくれて良かったですよ」

「普通、盗賊といえば荷物が目当てなのに火なんて放つか? 目立つし、商品が燃えてしまう」


 言われ、サーラが小さく頷く。


「あいつらの狙いは、たぶんサーラだ。それに、正体は盗賊じゃない」

「盗賊じゃ、ない? では、一体何者なんでしょう」

「分からない。だから、サーラにはいろいろと答えてほしかったのだけどね」

 

 獣人の少女は、なかなか身の上を語ってはくれなかった。


 見たところ、素直そうで嘘をつくような少女には見えなかった。

 こちらの親切には礼を言い、ルーデットから逃げ出しもせず、あっさりと施療院までついて来たほどの純粋さだ。


 先ほど振る舞った夕食の席で、サーラはとても上品にナイフをフォーク使い、慎ましやかな食事を楽しんだ。

 それは田舎娘の所作では無い。貴族の教育を受けたそれである。


 サーラが何者なのか、ルーデットには想像もつかない。

 これからどうしてやればいいのか……それすらも分からなかった。


「まぁ、何にせよ、保護してしまったものは仕方がない。しばらく経過観察だな」


 ルーデットは選択に迷った時、心に決めた対応方法があった。

 それは、答えを急がないこと。


 サーラが何者なのか分からないのならば、それも良し。

 危険そうな少女でも無いし、一晩くらい面倒を見てやるってもいいはずだ。

 

 そんなルーデットを見て、ペルーシュカも同意するように頷く。

 ルーデットのぶっきらぼうな言い方は、優しさの裏返し。

 それを、小さなナースはよく理解していたから。

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