第2話 その石、遺物として有名


「あっはっはっはっはっはッはー---!!!」

目の前で踊り狂うように笑い転げる友人を見て、

主神イディオウスはその終わりを待った。

石のことを正直に話したらこれだ。


「ローククォーツ!!笑うけどな!!!座ってみろ!!!」

ローククォーツ、と名前を呼ばれた神は目じりに涙を浮かべて息を吸った。


ド派手なショッキングピンクのショートカットな髪。

がっしりとした男性型で長身である。

神々の服装は好みによって自在に変化するが、

白や金を基調としてさりげなく華麗に彩るイディオウスに対して

主神ローククォーツは蛍光色で固めている。

どこまでも極彩色が派手だ。

黄緑と黄色でパンクなズボンも、フラミンゴのようなひらひらしたトップスも。


はー笑ったーとまだ余韻が残る声で、ローククォーツは床に置かれた例の物を見た。

イディオウスは石を持ち帰ってから、なんと持ち歩いている。

自分の神域に招いたローククォーツは、

旧き親友の背後にふよふよ浮かぶ円形の石をみて訝しんだ。

そして事情を聴いて先の通りである。


この極彩色のピアスもじゃらじゃらの派手な神の神域は、

やはりド派手かといえば、どちらかといえば質素な景色である。

自然もそこそこあり、宗教などないこの世界に寺院のような建物が山中に並ぶ。

なんとそれぞれの建物に従神なり、神域生物が棲む。

ローククォーツは人に模した生物を多数造り、飼っている。

彼らは意思を持たないが、定められたように生活を営み、景観の一つを回している。

従神同士のやり取りの監視も兼ねている辺りがこの神の守りの固さだ。

他には渓谷が多く、砂利道が多い。

風景としては色味が抑えられているので、やたら主人が目立つ神域である。


「で?これが、ねえ」

元の持ち主は不明だが、

今の所有者と言い張る神が許可をしたのだから、と座ってみる。

どんなに笑うことでも、阿呆なことでも、

とりあえず試してくれる辺りが友情の基盤でもあった。


ほやん。


全身の血の巡りがよくなる気がする。

なんだこれは。チャネルが開く?

ツボを一気に押される感じ?

いや、これは吸ってはいけない系の……

ローククォーツはうっとりする。

なんだろう、これは。


「これ、安心感ていうの?が、半端ないな……」


これは笑えない。

弛む。緩む。


「だろ?」

イディオウスはにっこり笑う。

言葉遣いが全く合わない見た目の一級神は得意になる。

端正ですっとした鼻筋、大きすぎずくっきりした目。

銀髪の美男子。

神官服のような白と金の華美だが派手ではなく、流れるような美しい服。

種の存続など一切関係ないが、この世界にも惚れた好きだ浮気不倫の概念はある。

神にも意思と感情はある。

その二つがあればそれはどこでも似たようなことになる。

そうつまり、この神さまは非常にもてる。

多種多様な本体をもつあらゆる神からもてる。

強い、救ってくれる、頼りになる、もうこれだけで低級神はいちころだ。

問題は、低級神は物理的にも他の神からの攻撃でいちころなことだ。

そして、上級神からはやっかみを受ける。

上級神にもてても同級のアンチが叩く。

そうつまり、この神さまはもてるが相手がいなくなる残念な神様だ。


友人を見て、これは笑えないな、と

ローククォーツは笑ったことへの反省の意を述べた。


「ほらそろそろ降りろ」

「いや待ってもう少し」


この会話だけみれば、この二人がとても古い強い神さまだとは思えない。

だが互いに名前を呼び合える数少ない関係だ。


この世界で名前はその神の根幹を成している。

強い神は自分より弱い神の名前を読み取ることができる。

逆に言えば弱い神は、自身の名を強いものに隠せない。

級数が違っても、非常に僅差であったり、能力の相性によっては、

見えにくいことや読み取れないことがあるが、

基本的に二階級違えば完全に見破られてしまう。


この二人の場合は互いに互いの名前が見えてしまう。

また口にも出せる。

名前を読み取れても口に出せるかどうか。

そこにも力の強弱が関わる。

呼ばれる、呼ぶということは、

その存在を使役するあるいはなんらか関与することに尽きる。

名が見えるか、名を呼べるか、名を隠せるか。

これは同じ級数でも可否が分かれ力の差を明確にする。

だが呼ばれても、抵抗力も拮抗するので呼べるからといって使役とも限らない。


イディオウスとローククォーツは、

最上位ではかなり珍しい、対等を互いに許した仲である。


「これさぁ」

ようやく降りたこの神域の主は、木の床に置かれたままの石を見つめて言い放つ。

「あの石じゃないか?」

「どの石だよ」

石には座らず、ローククォーツの向かい側から石を覗き込むようにして、

イディオウスは返した。


この木造建築物は、四方が開かれ、手すりで囲まれている。

寺のような建物の一番上の階、屋根の下にいる二人の横で、

飾ってある旗が風ではためいた。


「癒し処。最後の逃げ場。不吉石、とも。

誰が置いているのか、定位置を持たず、いつからあるかも不明の、石。

噂はあるが、確証はない。

その石の上に乗れば、どんな神々もその力を無効化され、

どんな傷でも癒してくれる。

乗れるのはたった一人だけ。

どんな神でも、一級神でさえ、その石の範囲に攻撃敵わず。

そんな話聞いたことない?」

普段から低い声だが、その話し方がより一層暗さを演出する。


「ないな。無いけど、それなら納得がいく。

俺が、壊せなかったんだから。

最初のはわかる。確かに心地いいからな。

でもなんで最後の逃げ場とか、不吉とかなんだ?」

「強い神に追われた弱い神が最後に逃げ込むからだよ」

「でも怪我が治って危害を加えられないなら

助かる希望の石じゃん」

「……目の前から相手が動かなかったらどうやって出るんだ?」

「あっ……」


中に入っている側も力が使えなくなるのであれば、

そこから相手を避けてでることができない。


「怪我が治って助かった、の後に選択を迫られる。

相手が諦めてくれれば希望の石だけど、な。

だから結局、役に立たないただの石ってこと」


イディオウスは初めて座った時の怪鳥を思い出す。

あれは、嘴を閉じることができなかったのか。

石の神域の範囲に侵入できなかったからか。


一人分の神域。

誰の置き土産か。


「そんなに昔からあるなら、古い神のものか」

イディオウスは自身の神域に反したことを浮かべて言った。

それならばさぞ強い神の持ち物だろう。

なぜ、置き捨てているのか。


「だけど、おまえ、これ神域内に持って入れたんだよな?」

「あ、いや、」

そのくだりは話していなかった。

どう話せというのか。


今、あなたの後ろにいるの、とそこに居たんだぞ。

足が生えてとことことことこ歩いてきたのか。

かくかくしかじか。

この男にはありのまま話すしかあるまい。


「一級神の?神域に?入ってきた??」

「あ、でも元々自分が入れようとしたから招いたようなもんだぞ」

「でも置いてきたんだよな?」

「あ、はい」

「誰かに侵入された、とか?」

「わざわざ持ってきてくれたのか?俺のために?

 親切だな……お礼言わなきゃ……」

「おまえこれ捨ててこい」

「いや、だって、おまえもさっき座っただろ?効能認めただろ?」

「敵とか、誰かの罠だったらどうすんだよ」


友人の心配もご尤もである。

疑わしきには近寄るな。

一級神とて負けない保証は何処にもない。


問答は続く。

長い時間、同じようなことを繰り返して、ついにはローククォーツが諦めた。

「好きにしろ!どうなっても知らないからな!」

「どうにもならないって。単に座って俺がいい感じになるだけだって」

「その言い方やめろ!」

また燃焼しては、鎮火する。

そうしてこの神域の日が暮れる。

神々はなぜか朝と昼と夜を造りたがる。

中には、ずっと夜だけの神もいるらしい。



「とりあえず、そろそろ帰るわ」

唐突に、ちょっと茶を飲みに来たんだよね、くらいの軽さで席を立つ。

その背中の後ろ、右肩の辺りにふよふよとぶつからないように石が浮いている。

なかなかにシュールである。

それをみてローククォーツは少し笑いながら、自分も立ち上がった。

どうせ手放すまい。

この親友は一度懐に入れたものは

相手が人ならば相手が去るまでは、

相手がものであればそれが壊れるまでは、

決して自らは放さないのだから。

よくわかっている。

そうして一人しか通れない狭い階段に足をかけようとした。


その時だった。

兄神あにがみさま!兄神さま!!!」


女性の可愛らしい声と顔が階下から飛び込んできた。

危ない。もう少しで顔面を蹴るところだった。

見た目は子供と思うほどに小さく幼い。

ローククォーツの腰ほどの身長に、かわいい桜の花びらのようなワンピース。

靴も黄緑色でまるで葉っぱのようだ。

可憐な姿と裏腹にその顔は真っ青で泣いている。


「アマリリス。どうした?」

ローククォーツが妹神いもうとがみに尋ねる。


「アユリリスがみんなに捕まっちゃう!!助けてえぇぇ!!!」


床に崩れて号泣する少女を前に、一級神二人は顔を見合わせて佇んでいた。

影は伸び切った。

そろそろ、夜だ。

闇に蠢くモノどもが起きてくるぞ。

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