21話 新たなる敵1-木に竹を接ぐ-

この日だけは許される大音量のBGM。放送部の熱い実況。それに負けない熱い声援や拍手。

中間試験を経て2週間が経過し、体育祭当日を迎えていた。入江智大いりえ ちひろが来た初日に駒葉こまば市中高生襲撃事件が起きたものの、それ以降中高生をねらった襲撃事件は鳴りを潜めていた。

昼休憩に入ったのを見計らって、橘永遠たちばな とわ茅野柊かやの しゅうのところに駆け寄った。

「柊、顔色悪ぃぞ・・・あんまり寝てないんじゃねぇか?大丈夫なのか?」

「大丈夫だから」

永遠の言葉に柊はそう答えたが、顔の血色が悪い。襲撃事件こそ起きなかったが、2週間もの間警戒を続けていれば無理はなかった。

「そういえば眞白ましろは?」

「体育祭の実行委員だから運営のテントにいる。目立つところにいてくれた方が襲われる心配ねぇし、良かったんじゃねぇか」

「やっほー♪2人とも調子はどう?」

入江が2人を見つけて近づいて来た。

「100m走でもダントツの1位だったし、絶好調っすよ」

「柊ちゃんは?」

「・・・・・・ぼちぼちです」

柊が乾いた声で答えた。

「柊・・・さすがにバレバレだぞ」

永遠の指摘に、柊は大きく息を吐いた。

「駒高生や関係者が襲われてもおかしくない状況で、競技に集中できる余裕はありませんよ。この2週間何も起きないのは、私たちを特定した上で好機をうかがっていると考えるのが自然です。今日なら外部の人間も校内へ自由に入れますし、殺すなら絶好の機会ですからね」

「柊、それ全部言うなよ・・・」

「ははは、柊ちゃんは相変わらず真顔で怖いこと言うねぇ」

柊は空を見上げ、結界を確認してから入江を見つめた。

「この結界、入江さんが張ったんですよね?こんな練熟度が高くて大量の人の出入りに耐えられる結界なんて、短時間で完成するはずがありません。何時間かかったんですか?」

「んー?10時間くらい?この結界も完璧かんぺきとは言えないんだけどねぇ。高校入って初めての体育祭なんだから、2人に楽しんで欲しくて」

「入江さん、無理しないでくださいよ」

永遠は目の下にばっちりクマを作っている入江を労った。

「永遠くん、それは君もね」

「ありがとうございます。でも、俺も2週間何もしなかった訳じゃねぇんで。冴木さえきさんに結界の張り方も教えてもらったし、今度はもう少し自分で対処できると思います」

「おっ!言うね♪じゃあ、2人とも優勝目指して頑張ってね」

入江は嬉しそうに永遠の肩をたたいて、その場を後にした。

「永遠、戻ろう」

永遠は柊と共に校庭に戻ろうとすると、「橘」と声をかけられた。

笠原かさはら先輩・・・!」

「お前、高校ここだったんだな」

「あの・・・?」

柊が不思議そうな顔をしているので、永遠は「笠原先輩、紹介します」と声を上げた。

「幼馴染の茅野柊です。柊、この人は俺の中学の陸上部の先輩で笠原しょうさん」

「そうでしたか。初めまして、茅野柊と申します」

「おっ!橘こんな可愛い子と知り合いだったんだな、早く紹介しろよ」

「いや、あの・・・」

「そうだ、橘。部活はもう入ったのか?まだだったら、俺と一緒に陸上やらないか?」

笠原はそう言いながら、永遠の肩に腕を回した。

「陸上はやりません。俺、やりたいことがあって」

「え、そうなのか?なんだよ、お前の実力なら良いところまで行けるのに・・・せっかくの才能だ、続けなきゃもったいないんじゃないか?」

永遠は笠原が回していた腕を解いた。

「今でも走るのは好きだし、こんな俺を誘ってくれて嬉しいっすけど・・・陸上競技を続けるよりも大事なものを見つけたんです。・・・生意気言ってすいません」

そう言って永遠は一礼した後、柊の腕をつかんで早足で歩き出す。

「永遠・・・!?いいの、それで・・・」

柊は腕を引っ張られながら、その場を後にした。



永遠はずんずん歩いて、体育館の自販機前で足を止めた。体育館は校舎を挟んでグラウンドの反対側に位置し、人気がほとんどない。競技が再開したらしく、校庭の方から歓声が聞こえて来る。

「永遠、急にどうしたの?」

「悪ぃ、あの先輩のこと、昔からちょっと苦手で・・・断りきれねぇのもやだったし」

「・・・永遠は高校でも陸上を続けると思ってた」

「1年半くらいブランクあるんだぞ、元に戻すのどんだけ大変だと思ってるんだよ」

永遠は茶化しながら言った。

「私は真剣に言ってるんだけど。もし・・・五麟ごりんとして覚醒かくせいしてなかったら、陸上続けてた・・・?」

永遠は左腕のリストバンドに触れた。覚醒してから五麟のあざを隠すために、リストバンドをつけている。

「・・・かもな。でも、俺は誰でもない自分の意志で選んだんだよ。だから後悔はしてねぇし」

柊は眉間みけんしわを寄せて、永遠を見つめている。

「柊だってそうだろう?」

「・・・私はずっと後悔してる」

「え?」

――ブー・・・ブー・・・。

柊は鳴っていたスマートフォンを取り出して、誰かと話し始めた。

「はい、茅野です。どうしたんですか?・・・え?今からですか?・・・えっと、体育館の近くの自販機前です。・・・分かりました。よろしくお願いします」

柊は通話が終了したらしく、スマートフォンをポケットにしまった。

「どうしたんだ?」

「この間、中高生連続襲撃事件の目撃者の人と話したんだけど、どうしても伝えたいことがあるから会って話せないかって」

「は?!芝山さんにも勝手な行動は取るなって言われたのに、許可も取らず接触したのかよ?!」

「早く事件を解決したかったから・・・それにどうしても気になることがあって、目撃者を突き止めて話をさせてもらったんだけど」

「勝手な行動を取ったことについては今は後回しだ・・・で、その人が柊にわざわざ話したいことってなんだよ?」

「分からない」

「すげー嫌な予感しねぇか」

2人の間に重苦しい沈黙が流れる中、「茅野さん!」という呼び声と共に、長身の穏やかそうな青年がこちらにやって来た。短髪で髪を染めてはいないが、高校生には見えないので大学生か社会人だろう。何か運動をしているのか、体つきは細身ながら筋肉がついている。

「体育祭の真っ最中にすみません・・・えっと、そちらは」

「俺は柊の幼馴染で橘永遠と言います」

「そうでしたか。俺は慶杏けいきょう大学医学部1年の鷲尾澪わしのお みおです。今日はどうしても、茅野さんに話したいことがあって・・・」

「え?!鷲尾?!」

永遠は思わず、柊を澪から引き離して、小声で確認した。

「おい、鷲尾って五麟と敵対している神官の一族じゃねぇのかよ?!芝山さんが接触を止めてた理由はこれか・・・!」

「永遠、知ってたのね。大丈夫、あの人は危ない人じゃないから」

「ちょっと話したくらいじゃ分かんねぇだろ?」

永遠はポケットから朱槍しゅそうを発動するために必要な石突を取り出してから、澪の元へ戻った。

「・・・失礼っすけど、なんで鷲尾家の方が俺たちに協力してくれるんすか?鷲尾家の方は警察とかの捜査に協力的じゃないって聞いたんすけど」

「もしかして君も茅野さんと同じ”本部”に所属してるんですか?大丈夫ですよ。俺は危害を加えるつもりはありませんし、神術が使えない落ちこぼれなので。・・・どうやったら信じて貰えそうでしょうか?」

「・・・それ、俺に聞きますか?」

真剣な表情で尋ねる澪に、永遠は拍子抜けしてしまった。

「ね、鷲尾さんは大丈夫だって言ったでしょ」

「わーったよ」

永遠がそう応えると、澪は安堵あんどしたように胸をで下ろした。

「鷲尾さん、永遠も同席して構いませんか?」

「もちろんです。むしろ関係者の方なら聞いて貰ったほうが良いと思いますし」

「ありがとうございます。念のため人気がない場所へ移動しましょう」

柊の言葉を受けて、3人は体育館の裏まで移動した。

「いきなり変な質問ですみません・・・今日俺の兄がお2人に接触して来たりしてませんか?」

「え?鷲尾さんのお兄さんですか?特にありませんでしたが・・・」

柊は事情が飲み込めない様子だったが、現状をありのまま伝えた。

「良かった。なら間に合いました。実は、茅野さんが言っていた黒い影について、俺の方でも少し調べてみたんです。ほら・・・俺の実家は神職を生業にしてるって話したと思うんですが、過去の文献も多く保管されていて、何か参考になるものはないかと思って・・・読むのに苦戦して時間がかかってしまいました。でも、あったんです」

「本当ですか?」

「はい。・・・あの術は鷲尾家の当主が代々伝承している生霊という神術だそうです」

「は?!」

永遠は驚きのあまり思ったよりも大きな声が出たが、柊はやはりという顔をしている。

「鷲尾さんからお話を聞いて、私もその可能性を考えました。でも、その場合・・・」

「はい、鷲尾家で神術を扱える誰かが、無差別で駒葉市内の中高生を襲撃しているということになります」

「ちょっ・・・待てよ!神官が無差別に一般人を襲撃してるって、何の目的で・・・?!」

「それは・・・」

「澪!ここにいたんだね。探したよ」

柊と永遠、澪が振り向くと、そこにはスーツに身を包んだ男性がたたずんでいる。

「に、兄さん・・・」

澪が表情を強張らせた。


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