14話 不穏な影2-焦眉の急-

20分程車を走らせると、車がある建物の前に停まった。

「駐車場が地下でな。降りて待っていてくれ」

芝山しばやまの言葉で永遠は車から降りた。目の前には5階建てのマンションが建っている。

「シェアハウスって聞いてたからもっと素朴な感じかと・・・えらい立派なマンションっすね」

「ここは怨霊おんりょうの対策本部兼五麟ごりん保護のために押さえられたマンションだ。セキュリティーは万全だ」

車の駐車を終えた芝山に先導されて、シェアハウスに入った。扉を開けると玄関があって内階段につながっている。

「靴は脱いでくれるか。そのまま松葉杖まつばづえで上がって構わない。1つ持った方が上がりやすいか?」

永遠とわは「すいません」と謝罪しつつ、芝山に松葉杖を1つ預けた。階段を上がると目の前に扉が現れ、その扉を開けるとダイニングキッチンとリビングルームが広がっていた。

それぞれ20じょうくらいあって、かなりゆったりとした作りになっている。住んでいる人数を考えたら少し広すぎるくらいだ。永遠が部屋の中をまじまじと見回していると、奥の扉が開いて、しゅうが共用フロアにやって来た。

「永遠、足大丈夫?こっちに来てもらってごめんね」

「俺は平気。柊は大丈夫なのかよ」

「おかげさまでだいぶ良いから」

柊が言うように、昨日よりは顔色が良さそうだが、元気とは言い難い様子だった。

「立っているのは大変でしょう。ソファに腰をかけて。もう少しで冴木さえきさんも戻ってくるから」

「こんな時間まで任務に入ってる人がいるのかよ?大変なんだな」

「それは」

――バン!

勢いよく扉が開いて、黒い服に身を包んだ青年が現れた。

「すまない!遅くなってしまった!」

柊がその姿を確認すると、青年のところまで駆け寄った。

「冴木さん、おかえりなさい。この度はご迷惑をおかけしました」

「僕のことは良いんだよ。茅野かやのくんの調子はどうなんだい?」

冴木と呼ばれた男は黒い服の襟元を緩めた。年齢は永遠や柊とあまり変わらなそうだ。

「お陰様で、体調はだいぶよくなりました」

「それなら良かったよ。本当は倒れる前にもっと頼って欲しいんだが」

「そうしたいのはやまやまですが・・・冴木さんは受験生じゃないですか」

「受験生と言っても、僕は附属校の強みで落ちても行く先はある。まあ、学部は選べないかもしれないが、浪人生になることはないから安心してくれ」

冴木は柊と一通り話終えると、永遠の目の前までやって来た。

「あぁ!挨拶が遅れてすまない!芝山さんから話は聞いているよ。君がアルバイト希望のたちばなくんだね。初めまして!僕は五麟ごりんの一人で東櫻とうおう大学附属高校3年の冴木夏都なつだ」

「橘永遠です。よろしくお願いします。でも、まだアルバイトを希望した訳じゃねぇんですけど・・・」

冴木が挨拶をする永遠を笑顔で見つめている。

「なんすか?」

「橘くんの話を聞いてどんな子なのかと想像していたんだが、年相応なんだね」

「どういう意味ですか?」

「いや、気にしないでくれ。僕の勝手な想像だ」

「盛り上がっているところすまないが、先に本題に入って良いか」

冴木の言葉を遮るように、芝山は鞄をソファに置くと、ごそごそと書類を取り出した。

「今日話したかったのはこの件だ。端的に言うと、駒葉こまば市内で中高生が何者かに襲われている」

永遠は芝山に渡された資料にパラパラと目を通していった。書類には襲撃時間と場所、被害者の証言が載せられている。襲撃時間はいずれも夕暮れ時で、駒葉市内の人通りがない住宅街や公園。犯行時は背後から襲われていて、いずれも被害者の証言がはっきりしていない。意識が朦朧もうろうとして、犯人の姿も見ていないとのことだった。

「警察は怨霊の仕業なのか、それとも関与している人間がいるのか、現時点では特定できていない」

「芝山さん、この報告書に記載されている証言は?」

冴木が芝山に疑問を投げかけた。

「あぁ、一連の事件で1人だけ目撃者がいてな。被害者ではなく、たまたま通りかかった大学生らしい」

「『被害者に黒い影がまとわりついたと思ったら、その場で被害者が倒れた。すぐに駆け寄ったが、被害者は気を失っていた。周囲に襲撃犯の姿は見えなかった』」

冴木が資料を声に出して読んだ。

「黒い影・・・」

柊がぼそりとつぶやいた。

「怨霊かどうかも分からないな。怨霊が見える人間が見て黒い影と言うだろうか?」

「まあ、言わないでしょうね・・・となると、新種の怨霊の仕業なんでしょうか」

柊が資料から目を離して確認した。

「怨霊の仕業なら、今回も被害者は生気を奪われて・・・?」

「いや、気を失っただけらしい。生気は吸われていないようだ」

芝山が答える。

「生気?」

永遠が首を傾げた。

「人が持っている見えない力だよ。怨霊にとっては食料みたいなものさ。怨霊として姿形を維持するためには生気が必要なんだが、怨霊が見える人間ほど生気を多く持っているんだ。生気を吸われると体調を崩したり、最悪の場合命の危険が及ぶこともある」

永遠の言葉に冴木が答えた。

「命の危険って・・・」

「――今回の場合は私たち五麟ごりんが目的なのかも」

柊がポツリと呟いた。

「そうだ。俺も一連の事件はお前ら五麟ごりんねらいだと思っている」

芝山が柊の意見に賛同し、冴木も後に続いた。

「僕も同意見です。怨霊は人間から生気を奪わなければ存在できない以上、襲った人の生気を奪わないというのは考えにくい。手をつけないということは、違う目的があると考えるべきだ」

芝山は神妙な面持ちでうなずくと、こう宣言した。

「茅野、冴木、なるべく単独での行動を控えろ。安全なのは、このシェアハウスだけだと思ってくれ」

柊と冴木は「はいっ」と力強く返事をしたが、五麟ごりんが何者かに狙われているかもしれないという事実に、重苦しい空気で包まれる。

「芝山さん、冴木さんと違って私は結界を張ることができません。高校内で戦闘が起きたら不利です。犯人が駒葉高校内で襲撃する可能性も否めませんが、そこはどうします?」

柊が芝山に疑問を投げかけた。

「大丈夫だ。そこについては考えがある」

「そうですか、なんででしょう・・・なんか嫌な予感がするんですが・・・」

「茅野くん!大丈夫だ!心配なら、学校だろうとどこへだろうと駆けつけるさ!」

「・・・冴木さんは受験生なんですから、自分の学校で勉学に励んでください」

冴木は肩を落とした。

「芝山さん、この目撃者と接触することはできませんか?何か分かるかも知れない」

「すまないが、怨霊の案件と断定できない以上はこちらが勝手に動かないでほしいとくぎを刺されていてな。また進捗しんちょくがあり次第共有する。とにかくお前たちはくれぐれも用心してくれ。高校側には俺からも共有しておく」

「・・・分かりました」

柊は何かを言いたそうにしていたが、永遠にはそれが何なのか分からなかった。

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