第3話 旅は道連れ、船には幽霊?

 俺とカナのなんちゃって航海が始まってから、早くも数日が経とうとしていた。


 船の操縦は俺のスキルとやらでとりあえず問題なさそうだし、幸い航海時の備蓄が船の中に残っていたから食料事情は問題なかったが、衣服などはどうしようもないので一応学ランや下着は洗濯しておくこととした。


「うーん…それにしても、島一つ見えてこないなんてな……」

「なにしているのマモル?」


 からっとした晴れ空を甲板で仰向けになりながら眺めていると、 が覗き込んできた。


 サラサラとした銀髪がくすぐったい。こうして見ると、ホントただの美少女なんだよなぁ。正体がイカの化け物、クラーケンだなんて誰が思うだろうか。


「なによマモル。アタシがクラーケンなのが不満? こーんなに可愛いのに♪」

「ちょ、おま、離れろって!?」


 覗き込む姿勢のままカナに思い切り抱きつかれる。いやホント見た目だけじゃなく柔らかい感触といい美少女に抱き付かれるのは悪い気分じゃないというか、いや心臓に悪いからやめてくれ!


 そんなことをしていると、急に甲板がガコォンと斜めに傾いた。


「にゃはは〜照れちゃって、ぇ?」

「なっ…急になんだ!?」


 カナの体を支えつつ立ち上がって近くの手すりを掴む。辺りには乗り上げるような座礁や流氷は見当たらない。なら、エンジントラブルか?


「マモル。スキルで船の状態を視て!」

「お、おう」


 俺に与えられたというジョブクラス〈ノーティラス〉は、大雑把に言えば船を操ることができるスキルを持つ。だから魔力を船体に巡らせて船の調子を把握することだってできたりする。


「いや……船に問題はないみたいだ。けど何かあったのかもしれないし、ちょっとエンジン室を見てくる」

「はーい。あそこは暑いからアタシはここで待ってるわね〜」


 そう言うカナを置いて、甲板から船の心臓たるエンジン室へ降りる。この豪華客船は電気推進システムを搭載しているから、起きたとすれば電気関係のトラブルか。


「まあ俺に直せるとは思えないけど」


 万が一爆発寸前とかだったらいよいよ手には負えない。恐る恐る室内を覗き込むが、幸い煙などは出ていないみたいだ。


 四階建て構造の電気推進エンジンは、昔写真資料で見た物より複雑というか、何か余分なパーツがくっついている。古い蒸気タービン型のエンジンか…? なんでこんな物が。


「てか、よくこんな骨董品で動いてるな…」

「失礼な人間、なの」

「!?」


 人の気配などない蒸し暑いエンジン室に誰かの声。少し高く幼い少女の声に聞こえた。


「いや、まさか…。子どもがこんなとこにいるわけねえよな」

「本当に失礼、なの。子どもじゃない、の」

「気のせいじゃない…? 誰だよ!?」

「まさか見えないわけじゃない、の。あなたはマスター、なの」


 声はエンジン基部の整備用ハッチの近くから聞こえてくる。ゆっくりと回り込んで確認してみると、そこには小柄な少女が体育座りしていた。


 鋼鉄のような黒髪と琥珀色のつぶらな瞳。しかし肩に羽織っているいかめしい軍服や、頭を覆い隠さんばかりの軍帽がアンバランスな雰囲気を醸し出している。歳は…小学生くらいか?


「えっと。この船の乗客……なわけないよな。お前は…?」

「わたしは、トワ。このふねをずっと見守ってきた存在、なの」


 見守るってどういう意味だ。船幽霊、いや精霊…うーん付喪神ってやつなのか? だとしたら、またもやファンタジーすぎる。


「そんなこと、より。お腹が空いた、の。食事の時間、なの」

「あ、ああ。食料なら客室に」

「そうじゃない、の。わたしの食料はこれ、なの」

「っ!?」


 突然のことすぎて、トワの行動に対して身動きが取れなかった。


 ぐいとトワに学ランの襟を掴まれたかと思ったら、唇に柔らかな感触。鼻が触れ合うほどの距離にトワの瞳がある。


 キスされたのだ、と気づいた時には、既にトワが離れた後だった。ぺろりと舌なめずりをする様が妙に蠱惑的で見た目とのギャップに頭が痛くなる。


「な、なっ、おまっっっ」

「まったく。男がこの程度でうろたえるな、なの。これは魔力供給に必要なこと、なの」


 人のファーストキスを奪っておいてなんて言い草だこの幼女。


 なおも文句を言おうとすると、船体に再び激震が走った。今度は内からではなく外からだ。


「マジで流氷にでもぶつかったんじゃ…!」

「ふむ、マスター。一緒に甲板へ、なの」

「へ?」


 立ち上がったトワに手を掴まれるや否や、俺の視界がぎゅるっと回転する。目眩のような気持ち悪さを感じつつ、次の瞬間、俺は船の甲板へと移動していた。"ワープ" でもしたみたいだ。


 なにが起きたという表情の俺は無視して、きょろきょろと周囲を見渡すトワ。


「出てくるといい、の。隠れても無駄、なの」

『はあ? 誰も隠れてないわ! 上等よ、最初から気に入らなかったのよこんな船! 沈めてやるんだから!!』

「カナ!?」


 振り向くと船を揺らしている犯人がいた。クラーケンの姿に戻ったカナだ。いやなにしてんだ、本気で船を沈める気かよ。


「なんか怒ってるみたいだけど、どうしたっていうんだよ」

『…………スした』

「なんて?」

『マモル、その女とキスしたぁああああああああわぁああああああああああん!』


 大号泣するクラーケンとかいう世にも奇妙な光景が爆誕。いや待て、俺がトワにキスされたから泣いてんのか???


「なんだそりゃ!?」

『なんだじゃないわよ、大事なことなんだから!』


 だからと言われても。というかなんでさっきの現場知ってるんだよ、あの場にいなかっただろ。


「妙に生臭いと思った、の。海の怪物が乗っていた、なんて。マスターの邪魔、なの。"私" から降りろ、なの」

『ふざけないで! アンタこそマモルを解放して、大人しく海の藻屑になりなさい!』


 わーきゃーと俺を挟んで (?) 喧嘩するカナとトワ。頼むから二人とも船を揺らすな。船酔いはしないけどさすがに気持ち悪くなってくる。


「こんなんで無事に帰れるのかなあ、俺……」


 いよいよ妙な話になってきたが、人間とクラーケンの二人旅にめでたく船の精霊とやらが加わることになるみたいだ。

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