第11話 再開

 7月12日、ヒースロー空港。

 人が常にごった返すエントランスにロック・バースンは新聞を片手に椅子に座ていた。

 彼の堅牢な肉体と、グラサンを掛けたそのパンクな見た目のせいか、誰も隣に座ろうとしなかった。広げた新聞をじっくり黙読するロック。

 ローゼスによるガンマン騒動や最近の悪魔事件によって治安が悪化し、世論は不安定になっている。政府もハルシオンも隠蔽に努めているが、波が収まる様子はない。ほかにも麻薬中毒者急増、日本の御神木倒れるなどさまざまな問題が雪崩れているようだ。

 時計を確認すると、14時を回りそろそろかと思いつつ新聞を丁寧に折りたたむ。

 ざわざわと様々な音でごった返す空港の中に、コツコツというヒールで歩く音をロックは察知する。


「待たせたわねロック」


「久しぶりだなカノン。元気か?」


「いたって健康よ。しばらく時差が響くかも」


 炎のような短い髪と、藍鼠の瞳。160㎝ほどの背丈の女性がそこにいた。

 ライカ・フィドール。ロックとカノンとともにシルヴァ・コンツェルンのもとで学んだエクソシストだ。


「人混みがすごくて大変だったわ。荷物持ってもらえる?」


 ライカの腰ほどあるスーツケースを引っ張りながら空港の出口へと向かう。


「タクシーでも呼ぶか。ホテルの場所はどこだ?」


「ウェストエンドね。日本での仕事も終わったし、マンションを買ったのよ」


「ってことはロンドンに活動拠点を移すのか?」


「ええ、共闘を楽しみにしてる」


 タクシーをつかまえ、移動中ライカは車窓から流れるロンドロンドンロンドロンドの風景をうっとりと眺めていた。


日本ニッポンの摩天楼もよかったけれど、やっぱりアタシはここが落ち着く。あそこは便利でキレイだけれど息が詰まるわ」


「どうだったよ、日本は」


「よかったわよ。ごはんもおいしくて空気もおいしくて。けれど悪魔に対する意識が全く合わなかったわ」


「おまえもか。あの島国は本当に特殊なようだな」


「ロックは最近どう?」


「俺はおまえみたいな専業じゃないからな。ぼちぼちさ。まあ強いて言うならばガンマン騒動は手を焼いたぜ」


「ガンマン騒動はアタシの耳にも届いていたわ。久々の大事件だったそうじゃない」


「ほんとだよ、多分おまえがいたら激怒していたやもしれん。ま、市民に死者が出なかったのが幸いだな」


 ロックの言葉を聞いた瞬間、ライカは口元をニマっと伸ばす。藍鼠の瞳を細くし、「フフフ……」という不気味な笑い声をだす。


「去年も思ったけれど暴れん坊もずいぶん丸くなったわねえ」


「う、うるさい!」


 照れくさそうにするロックをからかうライカ。

 日本に5年間使節として滞在していたライカだが、この時期になると数日間ロンドンに滞在する。


「とうちゃーく」


 ウェストエンドに到着する。ドアを開けると段ボールが部屋中に積まれていた。

 その光景を見てロックは本当にライカがロンドンに戻ってきたのだと実感した。


「ちょっと荷解き手伝ってよ。そのあとゆっくりお茶しましょ」


「ああ」


 段ボールの中から現れるカジュアルのインテリアの数々。

 インテリアの配置にうるさいライカに付き合っていると、夕方へと差し掛かる。

 一通り荷解きが終わると、ライカはテーブルに紅茶を並べる。


「やっとひと段落って感じね」


「ああ、もう日暮れだ」


「そういえば——その、カノンは最近どうなのさ」


「カノン?変わらねえよ。おまえの知るカノンのまんまだ。そうさな、強いて言えば三年前ぐらいから弟子ができたかな」


「ほんとうになにも変わっていないようね」


 先ほどまでにこやかだった目が一瞬冷たくなる。しかしすぐさま表情を戻し、紅茶を飲む。


「ねえ、そろそろいい時間だしごはん行こうよ。もちろん、ロックのおごりで」


「わかったよ。どこがいい?」


 ロックとライカは料理に舌鼓を打ちつつ、ライカの日本での話に盛り上がる。

 去年までは7月18日近くに帰ってきて、用事を済ませ次第帰るというトンボ返りだったため、落ち着いて話すことが少なかった。

 ロックはそんな積もり積もった話題を聞く側に回っていた。語ることを楽しんでいるライカを見てロックは少し安心していた。


「おや、ロックさんじゃないですか」


「おお、アルバートじゃねえか。今日はこの近くで仕事か?」


「ええ、そちらの方は?」


「アタシはライカ・フィドール。ロックとは同じ師の下で学んだ仲でして」


「ああ、つまりカノンと同じ今コンツェルン門下生か。どうも、アルバート・ハープソンです。カノンとは元バディの仲でして」


 ライカの眉がピクリと動く。ロックの表情は変えずに頭を掻く。


「カノンはどうですか?」


「僕も最近再開したばかりだけど、昔も今も変わらず優しいよ。頑固で皮肉屋なところもそのまんまで少し安心したな」


「そう——ロック、アタシ明日も早いから先帰るわ。じゃあ、18日にまた」


 バックを肩にかけ、足早にライカは店を出ていく。カッカッカッという小刻みなハイヒールの足跡がだけが鳴り響く。

 ライカが見えなくなった後、ロックは「あちゃー」と言いたげな苦い顔をした。


「まったく、カノンがカノンなら、ボーイフレンドの君も君だな」


「?どういう?それに18日に何かあるのかい?」


「ああ、7月18日。俺たちの先生、シルヴァ・コンツェルンの命日だよ」



 ——あの時もこんな天気だったと彼女は思い出す。鳴り響く雨の激しい音。


「カノン、アナタは何も変わっていないのね。あの時からずっと」

 雨は全身に降りそそぐ。

 その瞳から流す涙を隠すように。

 雨が降る。



 7月13日。

 師匠は疲れ果てていた。ここ数日悪魔退治に駆り出され、休む暇もない状況だった。


「師匠、お茶が入りました」


「ありがとう。はぁ——」


 連戦に次ぐ連戦によって師匠の体は疲弊し、ストレスもたまっているように見える。おそらく「ハルシオン滅ぼそっかな」とか考えているだろう。

 連戦に次ぐ連戦によって師匠の体は疲弊し、ストレスもたまっているように見える。師匠はけして表には出さないため察知してもらえない。


「まあ、ガンマン騒動をグルーヴさん抜きで解決しちゃったのがまずかったですね」


 ガンマン騒動は師匠とロックさん、アルバートさん、ジャックさんだけで解決してしまったため、グルーヴ女史が入り込むすきがなかったようだ。師匠の印象では女史は自分の昇進のために部下やエクソシストを駒のようにあつかう。きっとガンマン騒動を自分の指揮下で解決した暁には昇進間違いなかったのだろう。


「はッ、ざまあないわね。しかしガンマン騒動のあなたの不手際。どういうことかしら?」


「それは……人を攻撃するのは怖いんです。わからないですけどこう……」


 師匠の機嫌が悪い原因の一つが俺の弱さだろう。先日のローゼス・スターが引き起こした事件で、俺はギャングたちに袋叩きにされロックさんの病院に搬送されたのだ。


「まったく、わたしの教育不足かしら?」


「そういうわけじゃなくて……俺は怖いんです。悪魔を殴るのには抵抗感はないんですけど、人を殴ることだけは抵抗感があるんです」


「そう——まあ、暴力マシーンになれったわけじゃないからあなたはそのままでいいんじゃない?」


 投げやりな言葉は軽く、本音だと感じられない。

 しかし今の師匠がグルーヴ女史の言う事を皮肉なく聞いているのは7月18日の用事のためだった。毎年この時期になると師匠は探偵業もエクソシストの仕事も休業にする。

 なにがあるのかと聞いても「秘密」と言ってごまかされる。


「18日はわたしについてこなくてもいいわ。あなたも好きになさい」


 タバコに火をつけた矢先に鳴り響くスマホの着信音。深くため息をつて師匠は電話に出る。

 何度か相づちを打った後、長椅子にかけておいたファントムコートを羽織り、外に出る。

 火をつけたばけたばかりのタバコは消され、灰皿の上で潰されていた。

 俺も颯爽と依頼に出ていった、師匠の後を追いかけた。



 グルーヴ一派の諜報班の情報では悪魔はウェストエンドで暴れているようだ。

 わたしが到着するころには行きかっていた車はなぎ倒され、道路はひびだらけになっていた。4メートルの巨体を持つ悪魔は車を振り回し、銀行を強襲していた。

 逃げ惑う人びとを警官たちが必死に避難誘導を試みるが、恐怖に意識を支配された人など平常であるはずがない。


「カイン、避難民の警護にあたりなさい」


「わかりました。けれど、大丈夫ですか?」


「一人前になってから私の心配なさい。大丈夫よ」


「——ッ、ご武運を」


 氷の嬢王を携え、わたしは悪魔に特攻する。

 悪魔はわたしに気づいたのか、手に持ったタクシーを私に向かって投げる。飛んでくる鉄屑をスライディングで避ける。

 4メートルはあろう巨体は初撃が外れるのを確認すると、真っ直ぐこちらに向かってくる。

 道路のコンクリートに手をめり込ませると、勢いよく掘り返す。


「泣け、氷の嬢王!」


 散弾の如きコンクリートの雨に対抗するように空中に発生させた氷柱を発射する。


「人間がぁ、おれ゛の邪魔をするなぁぁ!」


「こっちも急な仕事で頭にきているの。はやくくたばってちょうだい」


 飛んでくる拳を受け流し、核を積極的に切り刻んでいく。

 Warpの能力で速度が増した斬撃は顔ほどの大きさの筋肉を切り刻む。行きつく暇もない連撃は悪魔の肉体を氷漬けにいしていくが、一瞬で迫る激痛がわたしの体を蝕んだ。


「おまえといい、影の野郎と言い、おれ゛の邪魔をするなぁぁぁ!」


 踏みつけ、振り回し叩きつける。

 連戦の疲労が思考を鈍らせた。


(血迷った。このままじゃ)


 受け身や外部骨格ではカバーできない。


「焔薙——」


 わたしをつかんだ腕は一閃の炎によって切断される。宙を舞ったわたしは土が露出した地面へ投げ出される。

 腕の断面は焼き押されたようで再生が遅かった。


「炎——」


「久しぶりねカノン。見ないうちに鈍くなったものね」


 刀を両手で握り、紅蓮の髪を持つ女は耳の高さまで柄を持っていく。

紅蓮の女は白い息を吐くと、納刀する。


「ハァァァァ!」


 刀身に宿った豪炎が勢いよく吹き出し、刃は片腕の防御を突き破り悪魔の頭蓋を穿つ。彼女がが垂直に落下すると、巨体は真っ二つに割れる。


「帰ってたのねライカ」


「無様な姿ねカノン」


 わたしがゆっくりと立ち上がる姿をライカ・フィドールは隣で燃える炎とは対照的に冷徹な視線を私に向けていた。

 立ち上がり、少し目線が下のライカの眼を睨む。わたしもライカも一言もしゃべらず、お互いにらみ合う。


「師匠―!」


 うしろを振り向くと救急箱を引き下げたカインが走ってくる。わたしのボロボロの姿を見ると、少し涙を浮かべる


「だから言ったじゃないですか!体が心配だって」


「被害は?」


「そんなこと言っている場合じゃないでしょう!」


「あーもううるさい馬鹿弟子が」


「その子が噂の弟子君?アタシはライカ・フィドール。カノンの姉弟子よ」


「姉弟子⁉つまりシルヴァ門下生の一人。俺はカノン師匠の弟子カインです……」


 ライカが発する威圧に気負したのか、カインはわたしの陰に隠れる。


「6年ぶりかしら。あなたは変わったわね」


「あたりまえよ。アタシは先生の名に恥じないエクソシストになるために強くなったの!あなたみたいに——あなたみたいにアタシは弱くない」


 胸倉をつかまれ、無抵抗なわたしは¥を激しく揺さぶられる。冷徹な目が血走り、唸り声のように低くなる声。6年前にも聞いた声だ。


「やめてください!師匠は連日の悪魔退治で疲弊しているんです。さっきの戦いだって——」


「やめなさいカイン、ライカには関係ない。そうよ、わたしは変わっていない。あの時からずっと——目の前でシルヴァ先生を失ったあのときから」

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