002 ガオ


 魔石はエネルギーの塊だ。生物の内外にある魔力マナと同じく魔法の元で、魔道具を稼働させることもできる。鉱物としても発掘されているが、大半は魔物から採取される核。

 ガオが、魔石として軽戦車に収まってるなら、末姫渾身の魔法陣は、役にたたなかったのことになる。彼の魂は消滅した。


「ガオ。隠れているのか? 出てこないか」


 あたりに人がいないことは分かってる。答えを期待して言ったものではなかった。


「ガオ。それオレの名前?」


 返事がして、絵のガオが変化した。まるで絵が話してるように、無表情だった表情がかわった。疑心暗鬼に。


「お前……この中に取り込まれたのか――わっ!」


 とつぜん動いた軽戦車。ピコバールは、座席からふり落とされた。のめり込んだ地面から抜け出してた軽戦車は、前後しながら麦を踏み倒していく。ちょっとした広場ができあがった。


「オレはガオ。お前、敵だな」


「敵? なんだそれ」


「敵は倒す!」


 ガオは工房でこれは軽戦車だと言った。だから戦車と知ってるが、小型のダンプがついてるゆえ運搬車にしかみえない。そのダンプが持ち上がった。底部があらわになり、収納させた厳つい砲が2門が、カウントダウンするようにせり上がる。


 砲身は1メートルより短そうだ。一見、元込め式のようだが、使用済み薬莢をはじき出す構造ではない。金属製のフレキシブルホースが斜め後ろに接続され、それは奥下へ繋がってる。門の先には左右に3つの読穴。エアを逃がす工夫だ。


 知識でしかしらない人生初の物。ピコバールはヤバいものだと直感、サイドステップで射線から逃げる。


 ぴかっと光り、片方の砲塔が火を噴いた。発破音が数舜遅れで空気を震わせる。

 彼女の長い黒髪を光の端が掠り、それだけで半分以上が焼け焦げてしまった。


「わー火事だー」


 地面に頭を擦りつけて、火のついた髪をもみ消す。顔も身体も土だらけになるが、かまってられない。やっと火が消え、ぺたりと座りこむ。走馬燈が続いてるのかもしれないな。ほっぺをつねろうとして思いとどまる。頭に残った燃えそうな熱さ、髪が焼けたすれたニオイはリアルそのものだし、体験してないことを走馬燈するはずもない。


「弾と砲がちがったか。次は外さない」


 2門は繋がっていて同じ動きをするが、今度は小さい砲が向けらた。背中に、さっき以上に悪寒がはしった。


「まてまて。ぼくは敵じゃないし的でもないぞ」


「的。動く標的ってことだな。初起動を祝って準備運動だ」


「なに分からないことを」


 四つん這いで逃げるピコバール。広場になってしまった周囲は、半径30歩ほど。隠れるには、麦の草原は遠すぎた。


「歴史の先生が過去の戦術について言ってたな。戦車の苦手はなんだっけ」


 後悔しても遅い。学びから逃げたツケだ。高めの砲塔を横目でにらんで、とにかく逃げる。一発が、背後を抜けたのがわかった。音が軽いなと思ってると、次弾が発射。そして3弾目が。


「反則だろ。連射するって」


「しゃべってるヒマあるのか」


 4弾目も逃げて、すこし学習した。縦には機敏だが、横の動きについてこられない。旋回はばが小さい砲塔。ゴムの無限軌道クローラで位置を変えて狙うのは、これだけ近いと難しいようだ。


「ちょこちょこと逃げるのズルい。的なら当たれ」


 回り込むように、横へ横へ、少しずつ離れんがら身を低く這って逃げる。ガオが狙うが追い付かない。6発目をこらえ、次弾に備える。弾がキレたのか。


「あ……6連射だった。待たなきゃ撃てない」


「解説ありがとさん」


 ダッシュ。際限なく深い麦の中へ飛びこんだ。奥まではいって、身を低くして考える。


「置いていくわけにもいかないんだよな。正気になってもらわないと」


 軽戦車がうなる。


「どこだー」


 魔石の魂となったガオは、偶然戦車の核になって混乱してる。一時的な記憶障害だ。憶測にすぎないが、はずれていない気がする。


「記憶喪失を治すのって、どうやるんだっけ。先生の誰かは、頭を強く叩くと言ってなかったっけ」


 現代の記憶治療は、薬物療法や、理学療法・作業療法などによるリハビリテーションが主流。微妙なさじ加減が必要で、息の長い治療が施されます。殴って治るのは昔のコミックです。以上解説。


「鉄を殴ったら拳がイカレるし。その前に魔石に脳はない。どうすれば」


 手は、魔法弾リボルバーを握ったままだった。


「男なら正々堂々、撃ち合いケンカで行こうぜ! 負けたほうが死ぬか言うことを聞く。出てこいやー!」


 女だし、とつぶやいて麦原から出て姿をみせた。


「ふっふっふ。自ら虎穴で夏の虫とは殊勝な心掛けよのぅ、えちご屋」


「どこのお代官様だ。記憶障害も末期だな」


「世界は我のモノ! 貴様はここで死ぬのじゃー」


「いまどき電波。かぶれすぎだガオ」


 弾が装填されてないリボルバーを右に持ち、左手を添えた。


「笑止! 文字どおりの豆鉄砲が何になるか」


「細い針でも人は傷つけられる。初級魔法を侮るな」


「で、あるか。ならば余の技を見事止めてみよ」


 20㎜砲と37㎜砲とが、同時に発射。正対で正面のピコバールは避けようとしない。

 手の内に光った深い蒼色。小さい点になった。


「ウォーターボール」


 水の玉がひとつ。空中に飛んだ。


「へ? こけにしおって。死ねぇぇぇ」


 狙いを外しようがない弾丸が全弾ピコバールに襲いかかる。


「してないし死なない」


 思考の速度は電気信号。直列シーケンシャルな言葉と異なり、理解あれば並列処理も可能だ。複数の呪文を一個の塊として詠唱をすることができる。


 無言で。


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 ……


 6発の20㎜弾と、1発の37㎜弾を200を越える水の玉が壁となって迎える。


「うそだろ!」


 一発。いや200発逆転。全弾水圧で軌道を変えられ、ガオはプールが降ったように大量の水をかぶった。


「ガオ降参しないか」


「まだだ! 待ってろ。踏みつぶしてやるから」


 ガオは車体を動かそうとするが、大量の水でクローラが滑る。前後左右に、動くたびに、地面はぬかるんで埋まる、とうとう、空回りで動けなくなった。クローラをフル回転させて脱出しようともがいたが。


「うぐぐぐ。力がはいらない」


 ゴムクローラの回転が遅くなり、ついに停止した。


「エネルギーてある横のこれゲージだろ? ゼロになってるぞ」


 ピコバールは操縦席でパネルをつんつん触る。


「い、いつの間に? そこを降りろ」


 デフォルメされたガオアニメが、ぷんぷんと抗議。


「これ、スゴイな!」


 パネルは誰でも操作できるようだ。表示された文字に触れるとメニューが現れ、タッチで項目が選択できた。項目は、親>子>孫と枝分かれていき、さわるたび変化するメニュー。みつけた、「軽戦車のトリセツ」なるものを読みふける。


「ふむ……自律型戦車。思考・人格が魔石で魔鉱物ゲガロンマイトがエネルギー。よく考えたな。量産したら世界を平定できただろうに。王陛下は、熱さに苦しむ民をみてられず麦を優先してしまったんだな。人間的でけっこうなことだ」


「気色悪い。触る……な」


 ガオの抗議が弱くなる。力を失っていってるようだ。アニメの動きも鈍くなって、中指を立てたポーズで固定されてしまった。ピコバールはお構いなしに、どんどんメニューを選んでいき、最下層で目的の設定にたどり着いた。


「これだ! コントロール系統を複数から選択する。魔石と外部操作の両方からできるようになってるのが、混乱の原因だな。外部からの干渉はすべて拒否し、ガオ魔石の一元管理に…… ん? んん? 解除する条件を決めるのか」


 パスワードだ。条件が成立したタイミングで特定の言葉を唱える。その場合だけ、外部からの干渉ができるようになるというものだ。決めなくてもいいが、いつまた不安定になるかわからない。


「条件は“本来の姿に戻りそうな場合”、合言葉は――でいい」


 ざっくりあいまいだが、承認された。


「あとはエネルギー」


 軽戦車の前部のうち操縦席は広めの右側。狭いほうの左側は大きな箱だ。開けると駆動の機械やピコバールには分からない魔法陣の板がぎっしり重ねてある。採れたて新鮮は眩しく輝く魔鉱物ゲガロンマイトも。暗灰色になったそれに魔力を注入してみる。


「魔力とゲガロンマイトは電気と油くらい違うのだが、やってみるか。……ラ・ブ・ちゅうにゅー」


 死語だ。めっちゃ古い。だが、その誰もが忘れてるフレーズが逆に効いて誤動作が発生、少量ながら断続的な魔力を吸って、ゲガロンマイトは輝きを取り戻した。


「ウソみたいだが、やってみるもんだな。ガオ? 生きてるか?」


 絵が動きを取り戻し、ヒワイな手にアカンベー顔が追加。


「ガオ? ガオそれがオレだ。戦車のガオ。いいなカッコいい!」


「ふざけて……いや、覚えてないんだな」


「何言ってんだ。オレがガオならお前は?」


「ぼくか。ぼくは侍女だ」


「ウソつくな。そんな男みたいな短い髪の侍女がいるか」


「短い髪……」


 肩に手をやった。数少ない自慢だった長い黒髪が、短くなって、風ですーすー冷える。首も焼かれたかもと思うと、いまさらながら背筋が凍る。


「ぼくの名前はピコバール」


 男爵家の娘、王家末姫の侍女、ピコバール=シルクハンマーは名乗った。


「ピコバール? ピコか。はははっ、気の抜けた名前」


「失礼だなガオ。ぼくたちは、旅をしていた。目的は……そうだな。キミが生まれた国を探すってのはどうだ」


 出まかせも甚だしいが、ピコバールは、目的を与えたかった。何もない麦の草原。世間知らずは数日とかからず朽ち果てる。だが頑健なガオは残って、先を進みつづけるのだ。

 とかなんとか言い繕うが。


(ニシシ。そのほうが面白そうだし)


 これが本音であった……。


「オレの国? そんなのがあるのか」


 あるわけねー。この麦のことだって、さっぱり分からんのです。


「ある……と思う。なくてもある」


「なんだそれ。でも面白そうだな。戦車の国。仲間がいっぱいいそうだ」


「賛同するか! (しめしめ)」


「なんだって?」


「いいや。楽しめれば人生はバラ色なのだ。行くぞガオ!」


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