第19話 王手

 俺様が親になり、だいぶLPを稼ぐことができた。

 8000も稼いでいる伊里奈だったが、受け渡すことはできない仕組みになっている。

 午前のゲームが開始される前。

 朝食を終えて、自分の部屋で少し休んでいたとき。

 ピンポンとチャイムが鳴る。

 面倒だなと思いながらも、俺様はドアに近づく。

「誰だ?」

九条くじょう理彩りさよ!」

「なんだ。貧乳女か……」

「貧乳言うな! これでもBはあるんだからね!」

「どうせ寄せてあげるんだろ?」

「うっさい! なんで分かるのよ~!」

 泣き始める貧乳女。

「マジかよ……」

「むむむ。開けなさいよ!」

 泣きながら叫ぶ貧乳女。

 このままじゃ、他の参加者に見つかると面倒だな。

 俺様はきぃっとドアを開ける。

 目尻には涙を浮かべて、頬を膨らませている。

「ん。九条、さん……?」

 伊里奈が驚いたような目で訊ねてくる。

「そうだよ。九条だよ。貧乳じゃないよ~」

「貧乳ではあるのです……」

 がっくりと項垂れる貧乳女。

「ショック! これまでで一番ショック!!」

 あー。友達に貧乳って言われたらショックかー。

 俺様は薄目で隣の伊里奈を見やる。

 伊里奈は気にした様子もなく、お気に入りの熊のぬいぐるみを抱えている。

「その子、家族だよね?」

 貧乳女が嬉しそうに伊里奈のぬいぐるみを指さす。

「……あげない、です……!」

「いや、そんな気はないじゃん!?」

 貧乳女が金髪ツインテールをなびかせて、否定する。

「少し遊びたかったのよ」

 貧乳女がもじもじとしながら、恥ずかしそうに呟く。

「あそぶ?」

 伊里奈が目を輝かせる。

 友達いない同士、引かれ合うものがあるのかもしれない。

 まあ、いいか。伊里奈にとっては良い友達になったみてーだし。

 干渉せずに見守ることにした。

「じゃあ、チェスでもやる?」

 備え付けのゲームがいくつかあるから、貧乳女は提案したのかもしれない。

「貧乳女もゲーマーなんだよな?」

「何よ? 悪い?」

「いや、知らねーぞ?」

「な、何よ?」

 怪訝に思っていた貧乳女だが、ゲームを始めると顔が青ざめていく。

 伊里奈の一手が、二手が貧乳女をすぐに追い詰めていく。

 計算された無駄のない動きでじりじりと攻め入っている。

 勝ったな。風呂入ってくる。

 俺様は二人の勝負を見届けずにシャワーを浴びる。

 気持ち悪い汗を洗い流すと、さっぱりした気分で洗面所のドアを開ける。

 と、そこにいたのは貧乳女だった。

「きゃっ。ご立派……!」

「な、何見てんだよ!」

 俺様は大事なところを隠し、風呂場へ逃れる。

「どうしてテメーがいんだよ!」

「コンタクト、ずれちゃって。てへ?」

 うざ。うわ。うざ。

「さっさと出てけ!」

「はいはい。ヘタレさん」

「んだと!」

 俺様はタオルを腰に巻き、洗面所に出る。

 が、そこにはもう貧乳女の姿はなかった。

「あんにゃろ~!」

 俺様は下着を履くと、急いで部屋の方に出る。

「あ。龍彦?」

「お兄様! なんて格好をしているの……です!」

「この貧乳女!」

 俺様は貧乳女の頭をつかみ、圧力をかける。

「痛い痛いいたい!」

「ただですむとは思うなよ!」

 裸を見られたんだ。これくらいは受けてもらう。

「ひぇええ。ごめんなさい!」

 すっと降ろされるパンツ。

「って。ええ!?」

 俺様は目を見開く。

 パンツを下ろしたのは伊里奈だった。

「ご立派!」

「嬉しそうに言うんじゃねーよ! 伊里奈!」

 貧乳女を離すと慌ててパンツを履く俺様。

 洗面所に逃げおおせると、今度こそ着替える。

 ジーンズにTシャツ。


「「ごめんなさい」」

「分かったか? 俺様はご立派……じゃなくて、ご立腹だ!」

 どうつぐなってもらおうか?

 俺様は口の端をつり上げてヒクヒクと笑みを浮かべている。

「まずは貧乳女、お前はバニーガールになれ」

「はいぃー!!」

「いい返事だ」

「いや、驚いているだけど!?」

 俺様は一瞥し、すぐに伊里奈に向き直る。

「伊里奈。おめーはA5の米沢牛1キロ分な」

「妹さんはそれですむんだ!?」

「てめーは伊里奈にあんな恥ずかしい格好させられると思っているのか?」

「……はい。あたしが悪うござんした」

 ちゃんと謝っているのか微妙なところだが、気にかけてもしょうがねーだろ。

「は。今からフロントで借りてくる。逃げんなよ?」

「はい」

 申し訳なさそうに俯く貧乳女。

「大丈夫、です。わたしがとらえます」

 伊里奈は反省しているのか、わかんね。

 フロントに言い、貧乳女にバニーガールを着せると、俺様は満足する。

「あの……いつまでこの格好をすればいいの?」

 頬を赤らめ、上目遣いで訊ねてくる貧乳女。

「あー。今日一日な」

「へ? それってゲーム中も?」

「もちろんだ」

「あぅ……恥ずか死ぬ」

「俺様も恥ずかしい思いをしたんだよ。てめーだけ許されると思うな」


 午後になりゲームが開始される。

 フロアに集まりだすみんなの中、バニーガール姿の貧乳女は目を惹いていた。

 ゴリラは特に鼻息を荒くしている。

 これはマズいか? 大丈夫か?

 まあ、さすがに襲ったりはしないだろう。たぶん。

「何よ。その格好」

 無駄肉乳女が貧乳女にジト目を向ける。

「ええと。罰ゲームで?」

「ふぅーん。さすが龍彦ね。こんな幼気いたいけな子にこんな格好させて」

「は。こいつとの仲だ。自由にしていいだろ?」

「仲……!」

 嬉しそうに顔をぶんぶん振る貧乳女。

 言い過ぎたか?

 まあいい。

「そんな仲ですの?」

 妖怪女が小首を傾げる。

「あー。まあいい。ゲームの開始だ!」

 俺様が親になるデスかくれんぼの始まりだ。

 スキル《王者の化身》で親としてゲームを進める。

 自慢の注意力で人の出入りが分かる。

 今回もまた、無駄肉乳女と、博士をとらえる。

 スキル《ギャンブル》のお陰で得られるLPの量が増大し、800のLPを獲得する。

 これで合計LPは1900となった。

 そろそろ頃合いか。

「は。これでこのゲームも終わりだ。よくやった。みんな!」

 俺様は両手を広げて、みんなの前に立つ。

「どういうこと?」

「さぁ?」

 まあこのままじゃ、勝てないんだが。

 確認済みだし、いけるんだよなぁ。

「貧乳女!」

「は、はい!」

「てめーもくるか?」

「え!」

 貧乳女は驚いたように目を見張る。

「俺様と一緒に来たいなら、LPをためろ。そして真似ろ」

「どういう、意味?」

 なぜ、俺様は貧乳女に話しかけたんだ?

 自分でも分からない。

 が、なんとなく寂しく感じた。

「ん。お兄様、そろそろ、です……!」

「ああ。そうだな」

 俺様は自分の部屋である25階へ移動する。

「何よ。あいつ。なんで勝ち誇ったような顔してんの?」

「さあ? かっこつけたかったんじゃない?」

 無駄肉乳女と博士の会話が聞こえてくる。

 申し訳ないが、ここでは俺様がルールだ。

 この物騒で不気味なゲームもこれで終わりだ。

 あとは1に何が待ち受けているか? だ。

 だが、もう遅い。

 LP1900の俺様とLP8200の伊里奈。

 すでに王手をかけている。

 敗者になってはいけないのだ。

 俺様は常に王者であるべきなのだ。

 生き残る。

 これはこのデスゲームが始まってすぐに決めたことだ。

 俺様と伊里奈は生き残る。そのためならなんでもする。

「どうだ? 伊里奈。取得はできたか?」

「ん。大丈夫、です……。お兄様は?」

「ああ。バッチリだ」

 LP300まで減った自分のアカウントを確認する。

 伊里奈はLP6700だ。

 とんでもないバケモンだな。これだけのを買ったというのに、まだ残してやがる。

 俺様の妹らしからぬ能力だ。

「さあ、一緒にゴールしよう。伊里奈」

「うん。お兄様、行きましょう」

 にへらと笑みを浮かべる伊里奈。

 こんな笑顔を守るために俺様は頑張ってきたのだ。

 今度もまた、勝たせてみせるさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る