第16話 最低な男

「俺様にたてついたこと、分からせてやる」

 俺様の思い通りにならなかった盤上は伊里奈以外あり得なかった。

 だが、俺様だって最強の一角だ。

 ここでみすみす負ける訳にはいかない。

 これはゲーマーとしての誇りだ。

 そしてこれは伊里奈への道だ。

 頑張るしかない。

 頑張らなければ、天才・伊里奈には追いつけない。隣を一緒に歩むことなどできない。

 だったら、俺様は半家も乗り越えて見せる。


 カジノでLPを稼いでいくと、半家はみるみる青ざめていく。

 協力者である眼鏡もLPを徐々に稼いでいる。

 とはいえ、そろそろ猛毒のようなLP減少が始まる。

 一度手に入れたスキルは再び購入することはできない。

 スキル《枯れ葉》の影響で蝕まれていくLPだが、手立てがないわけじゃない。

 そのためにもLPは稼いでおかなければならない。

 カジノが終わり、自分の部屋に戻ると俺様はスキル《状態異常回復》を購入する。

 これでスキル《枯れ葉》は効果がなくなる。

 だが――他に妨害スキルを持っているかもしれない。

 現在のLPは200。ここを抜け出すには最低でも1500LP。様子を見て、1800は欲しい。

 しかし、それを知ってか、半家はいやらしく攻撃を続ける。

「スキル《アタック》 スキル《数値操作》」

 半家がそう言うとスキルが発動する。

 スキル《アタック》はLP20を消費させる。

 スキル《数値操作》は数値を1~9のランダムな数字の倍数で変動させる。

 これにより、LP180の消費を成功させる半家。

 俺様の残りLPは20。

 もう後がない。

 だが、LPでだいぶ買っていた防御スキルがある。その中には強力なものも多い。それ故、使う条件やタイミングがシビアだが。

 それに、これを使えば、半家の命が危ない。ここで殺してしまっていいのか?

 俺様に残る僅かばかりの良心がぐらつく。

「ははは。もう虫の息だな! 龍彦!!」

 高笑いをし、ゲームを有利に進める半家。

 今やっているのはポーカーだ。

 掛け金は最低でも20LP。

 今、半家は400LP持っている。

 俺様が持っているLPはなけなしの20。

 つまりこのゲームにおいて、俺様は20LPをベッドしなくてはならない。

 それも半家とのゲームで負ければ、俺様は20を消費する。

 ニヤリと口の端を歪める半家。

「スキル《早読み》 スキル《調整》」

 半家が使ったスキルは、次にくるカードの数字とマークを読むスキル《早読み》と、山札の上にあるカードをシャッフルし、任意のカードに変えるスキル《調整》。

 これで半家の手札には望みのままなカードがそろっているのだ。

 しかし、消費スキルを惜しみなく使ってくる辺り、俺様が負けるようにしたいのだな。

「半家」

「あん?」

「なぜ、そこまで俺様を狙う、俺様はお前に何をした?」

「は。その優等生づらが気にいらねーんだよ。なんでもかんでも、お前の誘導にのるとでも思っているか?」

「それだけか?」

「まだまだあるぜ。てめーは前に! そのつけ払ってもらうぜ!!」

 すーっとコインを動かす半家。

「LP400、全額ベッド!!」

 勝ちを確信している半家。

 使いたくなかったが。

「人生を狂わせた、というのはどういう意味だぁ? てめーの勘違いに付き合ってられるか」

 俺様は心底うざいと思い半家の禿頭を眺める。

「は。貴様がいなければeスポーツの大会で一位になり、賞金を獲得できたんだよ。そのままプロゲーマーとして生きていけたのに……」

 そこには憎しみで歪んだ笑みが貼り付けてあった。

「てめーはおれの邪魔をした――」

「それは、すまない。だが、勝負は時の運だ。受け入れろ」

「は。てめーはそれで満足しているかもしんねーが、おれは貴様を殺す! 最後のチャンスだ。泣いてわめけばスキル《緊急保護》を使ってやる」

「……」

「なんだ? てめーは死にたいのか? おれのくつをなめていいぞ?」

「俺様は、ずっと伊里奈のために生きてきた」

 ボソッと呟く俺様。

「は?」

 半家が驚くのも無理はない。脈絡の話だって分かっている。

「家族を、守る、ために……」

 訥々とつとつと話す。

 言葉に詰まるのは、その時のトラウマが未だに心に突き刺さっているからだろう。

 辛い思い出ではある。

「でも、俺様は……」

 伊里奈はみんなを生かして欲しいと頼んできた。だから俺様も心を鬼にして全員が生きる道を模索していた。このゲームが早く終わることを願った。

 でも違う。

 俺様は俺様だ。伊里奈ではない。

 そんな当たり前のことが抜け落ちていた。

 妹と離ればなれになってようやく気がつく俺様。

 やっぱりどこか抜けていたらしい。

 これからは心を鬼にする。


 ――さあ、ゲームを終わらせよう。


「スキル《背水の陣》 スキル《前借り》」

「は?」

 俺様はベッドするLPに加えて、スキル《前借り》で得た200LPを追加する。

「てめー。そんなことをしても無駄だぜ? だってそのスキルは――」

「知っているゲーム終了時に、借りたLPを返却しなくちゃいけない、って」

「スキル《数値操作》 スキル《革命》」

 スキル《数値操作》により《前借り》で得たLPが2倍に膨らむ。

 スキル《革命》により、俺様の20LPが半家の400LPと交換される。ちなみに眼鏡は中央値なので変化しない。

 そしてスキル《背水の陣》。LPが30以下のときゲームをクリアする。この効果は一度だけの消費スキルである。

「は?」

 俺様は半家のもともと持っていた400LPに加えて《前借り》の200LPを数値操作により2倍の400LPになり追加。合計800LPをベッドした。そこに加えて《背水の陣》で確実に勝利を得られる。

 800のベッドから倍の1600LPをゲットし……。

 俺様の変わりに20LPになった半家は、全額をベッドすることになった。

 ゲームが終了すると同時に、1600LPからスキル《前借り》で借りていた200LPを返還する。

 半家が真っ白くなっていた。

 LP0になった半家は初めてのとなる。

 それの意味するところは――。

「やめろ! おれはまだ生きる! まだ何もしていない! おれは、生きる。生きて幸せになる」

 筋骨隆々の運営スタッフが駆け寄り半家を確保する。

「待て! あのパソコンはローンで買ったんだ。返済したい。おれはまだ恋人ができたことがない。手をつなぎたい!」

 半家の声が徐々に遠くなっていく。

「暖かいご飯に、肌触りのいい服、途切れないシャワー」

 彼の言葉はもうなんの意味も持たないのだ。

「優しい彼女。おれを愛してくれる家族」

 さようなら。

「友達。それに酒!」

 申し訳ない。

 だが、俺様は限界だった。

 俺様だって死にたくはない。

 死んでは何もできない。

 俺様は伊里奈を守る。

 そのためには復帰しなくてはいけない。

「いやだ! 嫌だ! おれはまだ死にたくない! 19のおれがなぜ死ななくちゃいけない!」

 泣き叫ぶ半家。

 ギロチン台が用意されて、ゆっくりとその首をセットされる。

「な、助けてくれよ? だろ?」

 半家はこちらを、眼鏡を見て、悲しげに尋ねる。

 仲間。

 ならどうして俺様を攻撃した。

 なぜ、裏切った。

「俺様は、」

「龍彦さん。何か手があるなら、助けてあげてください。こんなの夢見が悪くなります!」

 眼鏡が必死でこちらを見やる。

「……すまない」

 彼はもう助からない。

「いやだ。死にたくない……」

 カメラが半家の頭を落とす瞬間をとらえていた。

 血しぶきがあがり、あまりの末路に俺様は硬直する。

 腹の虫がなり、硬直が溶ける。

 こんな時でも腹が減ってしまうような、良心を持たない俺様か……。

 サイテーだ。

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