第2話 かくれんぼ

「一つ質問いいか?」

 俺様がそう切り出すと、モニターに明かりが灯る。

『なんですか?』

 先程とは違う黒ずくめの男が応対する。

「現場を見せてくれ」

『……いいですよ』

 少しためらったのち、許可が降りる。

 俺様たちは高層ビルの屋上から、一階下のエリアに辿り着く。それ以外の階は押せないようになっている。

 そこには先程の3Dで表された地形まんまな大部屋に辿り着く。

 九つの小部屋はそれぞれ、赤、青、黄、緑、ピンク、紫、白、黒の色をしている。

「かくれんぼというからにはこの小部屋に隠れるわけか」

 貧乳女がやっと理解したのか、口を挟む。

『はいそうなります』

 ここにもモニターがあるのか、声が響く。

 俺様はジロジロと小部屋と大部屋を見やる。

「理解した。で、どうするよ?」

「名前くらいは知って置きたいですね」

 俺が切り込むと、妖怪女が乗っかってくる。

「ああ。俺様は相羽あいば龍彦たつひこだ」

「わたしは相羽あいば伊里奈いりな、です……」

「わたくしは川西かわにし音子ねねですわ」

 妖怪女は音子というのか。

「ふん。あたしは九条くじょう理彩りさよ。よろしく」

 貧乳女が理彩と名乗ると、ツインテールを掻き上げて見せる。

「私はニーナ=プロシン。これでもロシアとのハーフよ。よろしくね♪」

 無駄肉乳女が柔和な笑みを浮かべる。

半家はげだ。よろしくたのもう」

五里ごりという。浅はかだがよろしく」

狩野かりのかも。メガネがトレードマークかも」

大西おおにし美雨みうよ。博士号をとったばかりなの」

 ピンク色の髪をした博士が最後にさらりと琉美な髪をかきあげる。

 まあ、俺様は本気で呼ぶことはないだろう。

『さてさて。じゃあ、まずは誰が鬼になるか、決めようじゃないの!』

 テンションの上がってきた黒ずくめは声を荒げる。

『鬼に捕まったら死が待っているから! よろしく〜♪』

「待て。聞いていないぞ!」

 ゴリラが苛ついた様子でモニターに言う。

『あらら。ごめんなさいね。でもそういう決まりなの〜。ギャラリーはあなたたちの絶望に染まる姿がみたいの〜』

 ギャラリー? ということは見ている客がいる、ってことか。

「くそ。勝手に決めやがって!」

 半家がそういうと、みんな一様に黙る。

 確かに今回のことでペナルティがなさすぎるとは思った。

 賞金と名誉と恋人。

 あまりにも掛け金が大きすぎる。

 失敗覚悟で潜り込んでもおかしくはない。

 それに――。

『それからここにいるメンバーはみな、凄腕のゲーマーたちだからね。絶対に勝ち進んで貰わなくちゃ!』

 それで闘争心を燃え上がらせようという魂胆か。見え見えなんだよ。

「おっしゃ! あたしがてっぺんをとる!」

 わかりやすく影響されたやつがいた。

「おい。貧乳女。だまれ」

「え? ひ、ひ貧乳!?」

 言い方がざっくりしていたせいか、貧乳女は黙った。

「わぁお。手厳しいね。龍彦は」

「あー。わりぃ。俺様は口が悪いからな」

「あと、性格も……です……」

 ぼそっと伊里奈が呟く。

 たはははと笑みを浮かべる無駄肉乳女。

「ま、まあ。仲良くやろうよ!」

「今の話を聞いて本気で言っているのか?」

 俺様は無駄肉乳女に鋭い視線を送る。

「え?」

「脱落者は文字通り死を迎える。それでも本当に仲良くできるのか? と聞いている」

「……でも!」

 無駄肉乳女は無駄口も多いのか。

「命をかけるゲームはゲームじゃない」

 メガネがボソリと呟く。

「一理あるかも。ゲームじゃないかも」

「じゃあ、どうする? ゲームを降りるのか?」

『その場合も死んでもらいます』

 無情にも解放はしてくれないらしい。

「は。なんだよそれ……」

 半家が悲しそうな声音を上げる。

「俺たち、ここで死ぬのかな……」

 弱気になるゴリラ。

「そんなのわかんないでしょ!」

 貧乳女がそう言うと、バンっとモニターを叩く。

『あのお高いモニターなので……』

 焦りを浮かべる黒ずくめの男。

「やってみなくちゃわからない。違う?」

 貧乳女がそういうと俺様も声を上げる。

「ようし。仲良しこよしをしたいバカどもに告げる」

「何よ?」

 無駄肉乳女がギロリと睨みつけてくる。

「今回のかくれんぼの必勝法を教えようとしているのだが?」

「そんなのあるわけ――」

「あるんだよ。運営、ルールを確認できるか?」

『いいですよ。あなたがた九人の中から一人が鬼に、他は子になります。鬼は大部屋で待機、子は小部屋に入ってもらいます。そして選ぶ小部屋は最低でも二つ。最大で七つになります』

「最低でも二つってことは八人のうち一人は落ちるじゃない」

 さすが無駄肉乳女。無駄に頭が回るようだ。

「あー。じゃあこれならどうだ?」

 俺はみんなを集めて耳打ちしていく。

「それは……!」

 寝耳に水といった様子の無駄肉乳女と妖怪女。

「なるほどね。ルールの穴をつくわけだ」

 ふむふむとメガネが調子こいている。

「それありきのルールかも。絶対に誰も傷つかない方法があるのかも」

 みんなの意見がまとまったところで俺様たちの意思は固まった。

『よろしいですか? ならルーレットで鬼を決めますね!』

 運営側がノリノリになってきたところで画面に大きなルーレットが現れる。

「ほう。結局は運なわけだ」

 博士がボソリと呟く。

 わかっている。俺様の提案したアイディアは、一人でも裏切り者がいればまず負けてしまう。

 背水の陣とも言える作戦なのだ。

 今日、会ったばかりの相手を信用しろ、なんて冗談はありえない。

 それでもみんなが勝ち残る方法はこれしかないとも思っていた。

 ルーレットが止まると、針は妖怪女の位置で止まっていた。

「わたくしですの?」

「ああ。頼んだ」

 俺様はそれだけを言い残し、妖怪女が目隠しをするのを待つ。

 目隠ししたあと、モニターにカウントダウンが始まり、俺様たちは小部屋へと向かう。

 カウントダウン中はどの部屋から別の部屋へ移動するのもありらしい。

 しかし、俺様もわるだな。

 こんな賭けみたいな展開。普通のゲームならしないぞ。

 カウントダウンがいよいよ残り三を示す。

 ちなみにカウントダウン終了時に大部屋にいて失格になるらしい。

 これで命運が全て決まる。

 そう思うと俺様は産毛が逆立つような思いでいる。

 俺様はここで死ぬかもしれない。

 そう思うと冷静ではいられないし、被害妄想も膨らむ。

 俺様が負けることなどない。

 そう確信めいた自信はある。

 運営側のルールにたくさんの穴があるのは知っている。

 しかし、あのド天然の妖怪女が俺様の前に表れないことを期待するしかない。

 裏切られたら、それまで。

 俺様たちは震えながら待つのみ。

 これでゲームといえるのか、はなはだ疑問だが、予行演習みたいなものだろう。

 でなければ、こんな穴だらけのルールを適用するはずがない。

『鬼さん、目を開けて!』

 重苦しい雰囲気の中、真逆に感じる明るい声を放つスピーカー。

 妖怪女の下駄げたが鳴らす独特な音が耳朶を打つ。

 近づいてきているのが分かる。

 一人でも裏切り者がいれば、この計画は頓挫する。

 わかっているんだろうな、愚民ども。

 俺様は耳だけを頼りに、妖怪女の位置を確かめる。

 俺様たちの前で止まる。

 マズイかもな……。

 人を信頼しない俺様にとって、この賭けは今後の《ゲーム》を揺るがす大決断でもあったのだが。

 それが今まさに目の前で瓦解しようとしている。

 ゴクリと呑み込む唾。

 緊張からか、お腹が悲鳴を上げ、額には脂汗が浮かぶ。

 それでも俺様は信じるしかないのだ。

 こんな屈辱的なゲームがあるか。

 緊張と不安と猜疑心さいぎしんで気持ちがいっぱいになる俺。

 俺が鬼なら速攻かたがついたのによぉ。

 たく運に見放されたぜ。

 諦めのため息が漏れる。

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