005. 資金調達

ティーシャはヒースを背負ったまま上流へ向かっていた。河原から少し森の方へ入って行った。


日光が周りの木々を柔らかな光で照らし、水の流れる音が遠くから聞こえてくる。


ヒースは食事中に襲われたこともあり、ゆったりとした薄い生地の服を着ていたのだが、今、冷静に考えてみると、至って過ごしやすい気候である。育った場所なら、もふもふの暖かい上着を着ていないと死んでしまいそうなほど寒かったのだが、ここではそんなことはなかった。


むしろあったかい。皮膚の上があったかいのではなく、体の内側からほんのりあったかくなっている。何日も走り続けて移動しただけで、これほど気候は変わってくるんだとヒースは驚いていた。


地面には草、そして木々が生え、植物もあり、虫までいた。生命が溢れていて、ヒースはとても嬉しかった。全部育てていたものが、自生している姿に感動したのだ。


「まずは逃亡資金を集めたいなー。やっぱり、どう足掻いてもお金は必要だしね。ヒースの服や武器も買わないといけないし、私も色々欲しいものがあるからさ」


「資金はどうやって集めるの?」


「そこでヒースの力を借りる。これ、見て」


ティーシャは上着のポケットからとある草を取り出した。それをヒースに渡した。


「……これは、ムシル?」


ムシルとは、薬草の一種である。一番効用のある薬草として有名で、効果としては、切り傷、擦り傷などの負傷箇所の消毒。塗り薬にすれば肌の異常、できもの、火傷に効くなど万能である。ヒースも、子供の頃からこれを家の裏庭で育ててきた。裏庭で、人工的に栽培することで、たくさん薬草や薬を作っていた。それをザックおじさんと交換していたこともしばしば。


「そう、それをたくさん集めて町で売り捌く。あっ!お金は全部私がもらうから」


「ええ??なんでだよ!俺にも欲しい!」


「だめよ。そこは、私が管理していくわ。だってヒースはまだ子供だから」


「バカにしすぎ!それに、俺に頼むってことは、俺がいなかったらそもそもムシルは集められないってことでしょ?配分は一対一が妥当だ」


「街中にヒースが行くのはあまりにも危険すぎる。よって、私がムシルを捌き、お金をもらうんだから、いいと思うんだけど?それに、私はヒースを助けた恩があるでしょ?」


ヒースは目を細めて口を尖らせた。


「なんだよそれ」


しかし、ティーシャの言っていることは間違ってないし……。


「し、仕方ないか……」


「それでよし。


大丈夫!武器や装備買う時は私が払ってあげるから。それに、食料に関しては生えている野菜とか、川の魚釣ればいいだけなんだから」


「まぁ、それもそうだね」


「決まりね!それじゃあ、早速始めよっか!……と言っても、ヒースはまだ歩けないから、そこから探して私に指示してくれる?」


「いや、下りるよ」


「いや、でもっ……」


ヒースはティーシャと繋がっている紐を自分で解き始めた。解けると、地面に着地して、自分で立ち上がった。


「ええっ?大丈夫なの?」


骨が折れた状態で立っているヒースを見て、ティーシャは目を見開いていた。


「うん、少しまだ痛むけどね。でも、もう多分治ってる。骨が折れてたら自分で分かるから」


「確かに、よく見ると顔のアザも引いてきてる……。回復が異常に早いのね」


ヒースは少し体操する。ずっと背負わされていたし、疲労が完全に抜けていないせいで筋肉が硬直している。


「生まれつきだよ。怪我や病気の治りは早いんだ。だから、もう歩いて探せるよ」


「……そう!だったら、二人でこのあたり探そう!」


驚いていたティーシャも、すんなりと状況を理解したようだ。


ヒースとティーシャは屈んで、地面と睨み合いを始めた。ムシルは他の雑草と変わらず、緑色で、大きさも変わらず、匂いもほとんどない。しかし、ヒースは見分け方を知っていた。


ヒースは集中する。すると、また白い線の波が見えてきた。


そう、ルシルだけは特別で、この白い波の線が他の雑草に比べて少し不規則に動いているのだ。それをヒースは見逃さなかった。


あった!


ヒースはとある雑草に手を伸ばし、根本を優しくちぎった。持ち上げて確認してみると、確かにムシルだった。


よし!この調子!


ヒースとティーシャはムシルを探し続ける。


ところで、ヒースは少し疑問に思っていることがあった。というか、不満があった。


ヒースは強さを教えてもらうためにティーシャと手を結んだのである。また、一緒にいた方が頼りになるし、地理的情報もティーシャの方が多いからメリットが多いと考えた、考えたのに……。


なぜ??なぜ薬草探しなんだよ??地味だ……。地味すぎる……。腰が痛くなるよ、こんな作業。とりあえず、武器はなくとも、護身術とかそんなのを習いたかったのに。これじゃ、また捕まった時にどうしようもできないぞ。


と思いつつも懸命に探し続ける。



「とりあえず、これくらいは集まったかな」


ヒースは両手の平いっぱいに積まれたムシルを見せた。


「すごい!ヒース!!こりゃ大量だね。ありがとう!これだけあれば高値で売れるよ」


それに対して、ティーシャは全く取れていなかった。両手の平には、五、六本の草が置いてあるだけで、ムシルは一本しか取れていなかった。


「ティーシャ。これとこれは違うよ。ただの雑草」


「えっ!?うそ。ごめん」


本当に苦手なんだ、薬草集め。確かに、これは人の手を借りたくなるのも頷ける。どうやら、薬草を見分けるのが苦手みたいだ。


「よし!ムシルも集まったことだし。次は食料調達だね!」


と言ってやってきたのはさっき通った河原に面している川だ。水流は比較的穏やかで、水の透明度が高い。魚が泳いでいるのが見え、キラキラと鱗で光を輝かせていた。


魚が跳ねているのも見えた。どうやら、かなり活きが良さそうだ。


「釣りでもするの?」


「いや、竿が無いでしょ?だからこれで突くの」


ティーシャは手作り感溢れた木の銛を2本持っていた。


「こんなのいつ作ったの?」


「さっき」


二人は微笑んでいた。ティーシャはヒースに銛を渡して川を睨んだ。


「よーし。どっちの方が大きいの取れるか勝負だね」


ティーシャのニヤリと笑う顔にヒースもニヤリとして応えた。


「望むところだね」


川は浅い。幅は五十mほどであった。河原から狙って突くもよし、川に入って突くもよし、ルールはない。


「スタート!」



ティーシャは川へ向かって駆け出した。ヒースはそのまま河原から魚を狙う。


ティーシャは水飛沫をあげて川の中へ突っ込んでいく。浅いとはいえ、膝下くらいまでは水に浸かり、脚が動かしにくそうだった。


もたもたしている間に魚はスイスイと泳いでティーシャから離れて行った。


「くそ〜なんで〜??」


ヒースはティーシャの悔し涙を流している顔に腹を抱えて笑った。


「ハハハっ!!ティーシャを避けて魚が逃げてる!!」


ヒースは腹を立てて川の水面を蹴っていた。


「ヒースやってみなよ!これ結構難しいんだからね??」


そう言われてヒースのやる気に火がついた。


ヒースは集中する。確か、魚はさっきまで跳ねていた。その跳ねた瞬間を狙うことにした。銛の突き方も不慣れなヒースにとってそれが英断だと考えた。


魚が跳ねる瞬間にその場所を狙って銛を投げる。そうすれば、魚は捕まえられる。


視界に白い線の波が現れた。魚がどんな動き、どこにいるのか、だいたい分かる。


数は五匹。大きいのが一ついるが、跳ねてはこない。


白い波の線を見るに、一匹跳ねそうな魚がいた。そいつを狙って、飛ぶ位置をだいたい予測して……!!


ヒースは銛を投げた。そこには魚もおらず、跳ねてすらいない。


「ヒース!どこ投げてるの??」


と言った瞬間に魚が一匹跳ねた。と同時にヒースが投げた銛が魚に刺さった。


「よしゃー!」


ティーシャはその様子を黙って見ていた。


「ティーシャ!やったぞー!」


「……ちょっと凄すぎ!!今のなんなの??目よすぎでしょ!!」


ティーシャは驚きのあまり体が震えていた。


ヒースとティーシャは笑っていた。ヒースはだんだんと目を使って色々なことができるようになっていたのを自覚した。



結局、魚は六匹捕まえることができた。ヒースが五匹、ティーシャが一匹。今晩の夕食分はこれで十分だった。



最後までティーシャは魚を捕まえることができず、それに腹を立てて頭の線が切れてしまった。そして、ティーシャは川の中に入って一番大きな魚を追い回した。


格闘の末、魚が疲れてティーシャはそれを一突き。結果、一番大きな魚を獲ったティーシャが勝者になった。


その時、喜びのあまり両手を突き上げて叫んでいたティーシャを思い出すと、今でも笑えてくる。



喜びに浸りながらティーシャは町へとムシルを売りに行った。その後ろ姿はとても軽やかで、さっきまでの腹を立てていた様子とは百八十度変わっていた。


本当に感情の起伏が激しいが、一緒にいてとても面白かった。


「じゃあ、行ってくるからお留守番よろしくね〜。暗くなるまでには火を焚いて、ここで待っててー!」


夕日に横顔を照らしながら手を大きく振ってティーシャは行ってしまった。


「分かった!気をつけて」


残ったヒースは魚だけでは物足りないので、そのあたりで植物を採っていた。



ヒースはやはりあの日の光景が忘れられなかった。今でも追われているんだと思ったら怖かった。どこかで誰かがヒースの命を狙っているんじゃないか。また連れ去られて痛めつけられるのではないか……。周囲の森が、木がヒースを飲み込んでいくような感じがした。


でも、ふと思う。ティーシャがいるじゃないかと。すると、なぜがとても心が軽くなる。まだ会って少しの時間しか経っていたないのに、なぜなのか自分でもよく分からない。でも、なぜがリリーといるような、そんな気がする。だから安心できるのだと思う。


なんかリリーが若い時はこんな感じだったのかな?とか考えていると、急に気が楽になる。そして、頑張ろうと思えてくる。


ティーシャは多分、少しヒースよりお姉さんだろうと推測できる。それもまた、ティーシャを信頼できるところだ。


そして何より、強い。


ティーシャの笑顔にヒースは救われているのだと、認めたくないが認めざるを得なくなっていた。感謝の気持ちをティーシャに抱くようになった。


もう日が沈んだ。渓谷ということもあり、さらに暗さが感じられた。


遠くから砂利を踏み締める音が聞こえてきた。音のする方を見て、ヒースは安心して迎え入れた。


「おかえり、ティーシャ」


ティーシャは微笑んでいた。


「ただいまー、ヒース。いい匂いがこのあたりに立ちこめてたよ!早く食べよう!」


「魚を焼いていたからね、それにキノコも使った一品も作ってみたよ」


荷物を置いて、ティーシャはキノコの丸焼きを見た。


「おー、料理できるんだ!やるね〜」


「焼いただけだよ、食べれるとは思うよ」


「全然オーケー!食べよう食べようー!!」


ヒースとティーシャは肩を並べて座った。手を合わせて、二人で楽しくご飯を食べた。


火に照らされた二人の顔。あったかいご飯。それだけになのに、ヒースは心からあったまることができた気がする。


こんな気分は、いつぶりだろう。とても嬉しかった。


食事もほとんど済ませ、火は弱くなっていた。お腹はいいぐらいに膨れ上がり、久しぶりのご飯で体は喜んでいた。


ヒースとティーシャは顔を合わせた。お互いに基本相手のことは深く聞かなかった。最近あった面白いこと、昔の話、ティーシャとヒースの二人が出会った最初の印象。二人とも自分のテリトリーを大事にしつつ、お互いのことを理解しようとうまくコミュニケーションを取ることができた。


話ももう尽きた。最後にティーシャは言った。


「私たち、いいコンビになれそうだね」


ティーシャの優しく微笑む笑顔を見て、ヒースも安心して答えた。


「うん……これからもよろしく」


二人はそうして、水を勢いよく一口飲んだ。


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