1−5 『チキュウから来た営業マン』

「で、今ここってわけ」


 コックと黒髪の青年・諏訪部と共に、マーヤを丁重に抱き起こしてベッドに寝かせる。どこかを痛めているわけではないが、疲労のせいで表情を歪ませて苦しんでいる少女・マーヤを見て、諏訪部は深刻な表情をする。


「だからと言って、俺は別に医者とかじゃないですよ? なのにこんな風に喚び出して……。彼女に過度な期待をさせるのは、酷ってものでしょ――オフチェンコフさん」

「だーかーらー、俺のことはただのコックでいいっつってんだろ。本名で呼ばれることの方が気色悪ぃわ」


 真っ白いシーツを被せて、マーヤの状態を窺う男二人。彼等は医者でなければ、看護の経験もない。こうやって様子を窺ったところで、マーヤがどういった状態に陥っているのか、全くもってわかっていないのが現状だ。

 さすがにこれは医者を呼んだ方がいいのでは、と声をかけようとした諏訪部の言葉を遮るように、コックは真剣な面持ちで話して聞かせた。


「こいつは呪いにかかってる。それもそんじょそこらの呪いじゃない。この世界に存在する、ありとあらゆる食材や調味料が食べられなくなる恐ろしい呪いだ。水だけは飲めるらしいが、水だけで生き延びるなんて不可能だ。――だからスワベさん、あんたをここに呼んだんだよ」


 コックの言葉に、諏訪部は察した。


「つまり、この世界以外に存在する食材なら……食べることが出来る、と?」

「そういうこと。アレバルニアにある食材はもうほとんど試したが、ダメだった。だったら、スワベさんの住む世界……チキュウ産の食材だったらどうよ!」


 両手で諏訪部を指差して、コックはキメ顔をする。その可能性に、諏訪部も賛同したようだ。

 思わず笑みがこぼれる。初めて会った少女を見て、諏訪部は直感していた。もし自分にどうにか出来ることがあるとしたら、その手助けをしたい。元々がお人好しの性格である彼のことだ。その性格をコックは理解していたので、上手く乗せることが出来て、心の中でガッツポーズを決めている。


「というわけだから、何か胃に優しい食材を出してくれ。それからレシピもな。チキュウの料理は作ったことがないから、思いつきでどうにかなるとは思えねぇ」

「あの……、この世界の方って、みんなコックさんみたいな味覚の持ち主だったりします?」


 確認するように、恐る恐る訊ねる諏訪部に、コックははっきりと首を振った。


「特殊な味覚は俺くらいだ。あとは多分みんな普通。だから俺がリピート買いしてるサルミアッキ、シュールストレミング、ベジマイト以外で頼むわ」

「ですよねぇ。あれは地球でも、食べられる人が限られてますし。そう聞いて安心しました」


 諏訪部は、自分を召喚したハードカバーの本を手に持ち、パラパラとページをめくる。一見、表紙の魔法陣からして魔術書と思われる本だが、これは実は地球産の食材などが記載されているカタログだった。

 ひょんなことから、美食家として有名なグロモント伯爵はこのカタログを手に入れ、この本を使って地球の食材を度々購入していた。その食材を使ったレシピも購入し、自身も料理人なので一人でこっそりと異世界の料理を堪能していた……というわけだ。


「う〜ん、もう何年もまともに食事を摂っていない……となると。相当胃が弱っているだろうから、刺激は少ないに限るよな……。だとしたら、純日本人たる俺からすれば、これしか思いつかん」


 そう独り言を呟きながら、カタログの表紙にある魔法陣に手のひらを乗せた。するとカタログ全体がわずかに光って、表紙を開くと先ほどまでとは違った状態になる。ごく普通にページがあった本……カタログからページという物が無くなり、フラットに開かれたカタログはひとつの端末へと早変わりしていた。ユーザー認証したことにより、それまで「本」として擬態していたカタログは、タブレットへと変化したのだ。


「便利な世の中になりましたよね。紙の本もいいですが、丁寧に扱わないと破れたりしますし。その点このカタログタブレットは、擬態機能もある。一応彼女のユーザー登録もしておきましょうか」

「んなことは後回しだ。今はさっさとメシを食わせたい」

「そうでしたね。えっと……、『新潟県、岩船産のコシヒカリ、2キロ』……これがいいかな。おかゆに適したお米、誤嚥の心配もない……ってありますね」


 タブレットに商品の映像、商品名、概要などが記載されている。「購入」というボタンに触れて、商品の購入が完了した音がポーンとなる。それからタブレット――カタログを閉じて、床の上に置くと今度はチーンという音が鳴って、三秒後に商品が召喚された。

 このタブレットは諏訪部が所属している異世界物流センター、食品卸売市場で直販売している場所と繋がっている。このカタログタブレットを使って購入手続きが済めば、すぐさま商品が用意されて、召喚という形で発送される仕組みだ。


「科学と魔法の融合が進んだ地球、本当に便利になりましたっと」


 早速届いた商品を見て、タブレットで見た映像とそっくりそのままの商品が届けられていることを確認する。それから諏訪部はもう一度タブレットを開いて、今度はレシピ検索をする。


「食事が困難で衰弱している人に食べさせるもの……、まずは十倍がゆがいいみたいですね。彼女の容態に適しているかどうかわかりませんが、早く何か食べさせたいなら、まずはおかゆでしょう」

「ふんふん、この米ってやつと水があれば出来るのか。へぇ、そんじゃちょっくら作ってくるわ。ありがとな、スワベさん」

「いえいえ、今後もごひいきに」


 お米を持って部屋を出て行ったコック。気付けば少女と二人だけになってしまった。

 コックがおかゆを作って戻って来るまで手持無沙汰になってしまった諏訪部は、ベッドの側に置いてあった丸椅子に腰掛けてタブレットを使用する。


(あのコックさん、ちゃんとグロモント伯爵から使い方を聞いてたみたいだな。えっと、今回俺を召喚したのは……コックさんじゃなくて、このお嬢さんか)


 ベッドで横になっているマーヤと、目が合った。思わず諏訪部は営業スマイルになる。衰弱しているせいか、まるで反応がない。

 このまま黙って待っていても仕方がないと思い、諏訪部は座っていた丸椅子をベッドの方に近付けて、お互いに顔がよく見えるようにした。

 諏訪部は優しく囁きかけるように、ゆっくりとした口調で話しかける。


「改めまして、私の名前は諏訪部正太と申します。どうぞ、諏訪部と呼んでください」


 反応がない、というのは誤解だった。彼女はしっかりと自分の話を聞いている。まどろむように開かれた両目は、懸命に諏訪部を見つめていた。

 訴えかけるような、必死な眼差しに諏訪部は心が傷んだ。何があったのか、詳しくはわからない。しかしコックの話によれば、呪いの力によってもう六年間も食事ができない体になってしまったと知った諏訪部は、彼女を放ってはおけなかった。

 

「大丈夫、……きっと大丈夫ですから」


 彼女が地球産の食材しか食べられない体になっていたとして、それは営業マンとして願ってもないチャンスのはずだ。それだけ固定客というのは重要で、半永久的に顧客として押さえることが出来れば、営業としては大成功と言ってもいい。


 しかし諏訪部は、目の前で弱っている命を……、貴重な青春時代をベッドの上で過ごしてきた彼女がとても哀れで、心の底から救いたいと……。

 今はそれだけを、強く願っていた。

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