1-4 奴隷エルフ「エミリア」と過去の謎
仰々しい馬車はゆうゆうと進み、俺の邸宅に着いた。手入れされ低木と草で覆われた前庭に、黒い洋館。
ゴシック様式ってのかこれ。とにかく地面から天に突き出したトゲのような建物だ。なんというか周囲との調和より強い意志を感じさせる建造物だから、どうせこれも金を借りに来た貴族を萎縮させる効果を狙っているんだろう。
扉が軋むと、エルフの少女がひとり出てきた。ゴスロリっぽい黒メイド服に、長い銀髪。整った顔だが、表情は暗い……というか無表情。怯えたような陰が、微かに瞳に浮かんでいる。
「……」
俺が馬車を降りると、黙って頭を下げた。そのまま馬を曳き端の水飲み場に案内すると、ひとり戻ってきた。
「……」
黙って俺を見上げている。
――うおっ! かわいい……。
思わず、心の中で叫んだ。俺はこの娘を知っている。ゲーム内での知識として。こいつはエミリア。金貸し貴族ゲーマに買われた奴隷だ。ゲーマはとにかく嫌われているので、使用人が居着かない。なので奴隷をひとり買った。このエミリアたったひとりに、身の回りの世話から食事の準備、屋敷の手入れまで、すべてやらせているらしい。
貴種かつ稀種とされるエルフなので、奴隷にされるというのはまず考えられない。どうやらエミリアの過去には謎があるようだったが、ゲームでは最後まで明らかにされなかった。そりゃなんたって、いずれ主人公に殺される悪役の、さらにその奴隷だからな。ただの裏設定って奴なんだろう。
「……」
エミリアは、黙って俺の命令を待っている。青緑の瞳で俺を見つめながら。
「疲れた。飯にする。それから風呂だ。用意してくれ」
ぺこりと頭を下げると、扉を開けてくれた。俺が中に入るまで、そのまま控え、それから先導して、小さな部屋に導いてくれた。隅に大きな寝台。それに書き物・食事兼用の大テーブル。服を収めたクローゼットが、隅にある。
なんだよこの部屋。テーブルとベッドが大きい以外は、前々世は社畜時代の俺のボロアパートと大差ないじゃん。こんなでっかい屋敷の、しかも主人の部屋なのに……。
きょろきょろしていると、エミリアがダイニングカートを押してきた。晩飯の皿が並んでいる。スープ。ステーキ。木の子と野草のサラダ。すべてテーブルに並べると、俺のグラスに濃紅の葡萄酒を注いでくれた。
「……」
体の前で両手を重ねて脇に立ち、俺が食べ始めるのを待っている。こいつは食わないのかな……。ちらと見たが、特に反応はない。無表情のままだ。
まあ使用人だしな。後でどこかでなにかを食うんだろう。
「い、いただきます……」
食べてみた。意外にも……というとエミリアには悪いが、どえらくうまい。
なんせ俺がいつ帰ってくるか、エミリアは知りようがない。前もって作っておいたに違いないステーキが冷えているのは仕方ないが、冷めてもおいしいように、さっぱりした味の冷製ソースを合わせているし。それにサラダは香料が利いていて、食欲をすごくそそるし。ステーキが冷たい分、スープは熱々でバランスを取っている。スープを温めるだけなら、すぐだからな。
どえらく静かだし、なんだか気まずい。俺が
「あーもうっ」
沈黙を破る大声がした。
「ゲーマったら、ボクのこと、すっかり忘れてるし」
襟の間から、ルナが飛び出してきた。
「もう出ていいでしょ。ここにいるのはゲーマの家人だけ。ボクの存在、バラしてもいいよねっ」
俺の頭の上を飛び回る。
「妖……精……」
初めて、エミリアが口を開いた。驚いたように、小さな妖精を見つめている。
「この
「エミリアだよ」
「エミリアかあ……」
エミリアの手の上に、ルナが舞い降りた。というか飛んできたルナにつられて手を出したところに着地したわけだが。
「ボクはルナ。ご主人様を助ける妖精だよ。よろしくね、エミリア」
「よ……よろしく」
「へえ……」
飛び上がったルナは、エミリアの肩に立った。じっと瞳を覗き込む。
「エミリアは、ただのエルフじゃないね。なんだろ……なにか感じるよ」
「なんでも……ない」
「そう……」
まだ見つめている。
「ならまあ、それでいいか」
ぶーんと飛んでくると、テーブルの上であぐらを組む。
「ねえゲーマ、ボクも食べる。お肉とか野菜、小さく切ってよ」
「わかったわかった」
やかましい妖精にせかされて、細切れにしてやった。手づかみにすると、ルナはがつがつと食べ始める。
「うん……おいしい。いいね、これ。この香草の味付けが」
「その……エルフのお……村で……教わって……」
「エルフってば森の子だもんね。野草や木の子をおいしく食べる天才だよね。エミリアの故郷の村って、どんなとこだったの」
「もう……ない」
「そう。それよりさあ……」
重そうな話題なのに掘り下げもせず、ルナはころっと話題を変えた。多分こいつ、なんも考えてないな、これ。
「それよりエミリアも一緒に食べようよ。ゲーマみたいなおっさんとふたりっきりだと寂しいし」
余計なお世話だぞ、ルナ。俺だってこんなミシュランキャラクターみたいな体型の悪党に転生したくなかったわ。
「えっ……」
怯えたように、ルナが俺を見た。
「わ……私は……いい。後で……食べる」
「いいからさ」
飛び上がるとエミリアの手を掴み、引っ張ってくる。
「ねえいいよね、ゲーマ」
「もちろん」
やかましい妖精に煽られながらのおっさん独り飯より、無口でもかわいいエルフと一緒飯のがいいに決まってるわ。今生の俺の人生目標は、「楽で儲かって女付きの人生」だ。あのクソ女神の死亡フラグ折りクエストがあるにしてもな。
「えっ……」
驚いたように、エミリアが目を見開いた。
「でも……その……ゲーマ様……」
「いいから座れ。お前だって洗い物は一度のが楽だろ」
「あ、ありがとう……ございます。……では」
お辞儀をして姿を消すと、もうひとつカートを押して戻ってきた。なにか、雑炊のような木の鉢がひとつだけだ。遠慮がちにテーブルの一番下座に着くと、木の匙で掬い始める。
「……」
ルナに見つめられた。わかってるって。
「こっち来いよ、エミリア。俺の隣で食え」
「わ……私は奴隷です」
おどおどしている。俺になにかされるんじゃないかと怯えているようだ。
「いいからいいから。ゲーマがなにかしたら、ボクが魔法で黒焦げにしてやるから」
「ルナもこう言ってるだろ。来いよ。命令だ」
「ご命令なら……」
奴隷として、ずっと虐げられていたんだな。だから「命令」という形にしてやれば、むしろほっとしてくれるわけか。よし、俺もひとつ学んだわ。
下を向いたまま、エミリアは粥だか雑炊だかを食べている。近くで見ると、木の子の石づきだの野菜の芯や皮なんかが入っているようだ。あと多分……雑穀と。
「うまそうだな。俺ももらうよ」
「いけませんゲーマ様。これは下々の――」
拒絶される前に、匙を突っ込んだ。
「うん。うまいじゃん」
お世辞ではない。素材は粗末でも、丁寧に味着けしてあるし。ルナが言ってたように、さすがエルフの技だな。俺の社畜時代の半額弁当晩飯より、よっぽどマシだわ。疲れ切った深夜にボロアパートで食べてた奴な。
「エミリアは料理がうまいんだな」
「その……」
どう答えていいか、迷っているようだった。
「ありがとうございます」
「こっちも食えよ」
ステーキの皿を押し出した。
「い……いけません。それはゲーマ様の……」
「いいんだって。俺、こんなに大食じゃないぞ。三人前くらいあるじゃん。フードファイターでもあるまいし」
実際そうだ。おそらくゲーマはこんだけ食ってたんだろうさ。太ってるし。でも今は中身が別。俺の習慣が上書きされてるらしく、食べ切れる気がしない。ルナに分けるっつっても、体長三十センチの妖精だからな。
「フード……なんですか?」
「なんでもだよ。ほら」
エミリアの分のカトラリーを、皿の前に並べてやる。
「あの……」
上目遣いで、俺を見る。
「命令だ」
「はい……」
ナイフとフォークを、やっと手に取ってくれた。
「ねえねえエミリア、この野草って、どこで手に入れたの。ねえねえ」
「ルナ……様。それは……」
「ルナでいいよ。ゲーマを助ける、同じ仲間じゃん」
「その……ルナ……」
エミリアは、なぜか真っ赤になってしまった。
「その……前庭の手入れのときに、雑草に交ざっていて……。それに裏庭は放置されているので、そちらにはたくさん……あって……」
「へえーっ。今度ボクも探してみようかな。教えてくれる、エミリア」
「はい……」
「ボクねえ、ゲーマって、痩せたほうがいいと思うんだ。だから野草攻めにしようよ。ねっ、エミリア」
「それは……その……」
ちらと俺を見る。
「私からはなんとも……」
「そこは『はい』って言うんだよ。そうだよね、ゲーマ」
「野草だけじゃ泣けるから、せめて肉と魚も食わせてくれ」
「あの……はい……」
こんな感じ。だいたいルナが起点になって会話が始まる。居てくれてよかったわ、ルナ。どうやらエミリアは奴隷として暗い過去がありそうだし、ゲーマの元でもどんな扱いを受けていたかわかりゃしない。なんだかすごくびくびくしてるしな。
だから無口……というか必要以外の口は利きたくないようだ。言葉尻を捕らえられて怒鳴られたりしてきたんだろ、多分。もしかしたら叩かれたり。ルナ抜きだと多分、「……」攻撃で俺のメンタルが崩壊してたと思うわ。
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