第30話 最終決戦

「っ……アリア、悪い!」


「ひゃっ、ダルク……!?」


 強大な魔法が頭上を掠め、部屋の壁を突き破って大穴を開けたのを確認すると、ダルクはアリアを抱き締め空へ飛んだ。


 スペクターとの戦いでは出来なかったが、今はアリアがいるので《飛行フライ》程度の魔法なら下準備もなしで連発出来る。


 二人で密着しながらという、不便な戦闘にはなるが──こうでもしないと、コーネリアの魔法からは逃れられない。


「ふふ、鬼ごっこかしら? 受けて立つわよ」


 コーネリアの周囲に漂う水晶の一つが輝きを放ち、彼女の体を空へと舞い上げる。


 学園長達を魔力の供給先として利用する以上、彼らが戦闘に巻き込まれたら困るのはコーネリアも同じ。


 僅かな利害の一致により、戦場を校舎から大空へと移したところで、コーネリアは次々と魔法を放った。


「《七色散弾エレメンタルショット》」


「くっ……!!」


 炎、水、雷、風──

 様々な属性を帯びた弾丸が雨霰と放たれ、空を七色に染め上げる。


 対するダルクは、右へ左へ、上へ下へと三次元の軌道を描いてそれらを躱し、無理なものは魔法で防ぐ。


 しかし、あまりにも濃密な弾幕を前に、近付くことさえ出来なかった。


「くそっ、一体どうやって、そんなに大量の魔器の制御を……!?」


 魔器は、所有者の魔力を封印する代わりに他者の魔力を授けるアイテムだ。そうしなければ、魔力同士の反発によって体が内部崩壊を起こしてしまう。


 それは、複数の魔器を同時に使った場合でも同じことだ。他者の魔力を二つ以上受け入れれば、より激しい反発によって命を落としかねない。


 それなのになぜ、と叫ぶダルクに、コーネリアは手を掲げてみせた。


「簡単な話よ。一つの体で二つ以上の魔力を扱えないなら、二つ以上の体を持てばいい。……他人の指、皮膚、骨……そうしたものを少しずつ移植して、その一つ一つに別の魔力を宿すことでね」


「なっ……!?」


 コーネリアの手には、目立たない場所に縫い目のような痕が刻まれていた。


 他者の魔力で己を強化するために、自分の体さえ作り替える。

 狂気的なその所業に畏れを抱くダルクに対し、コーネリアは笑った。


「理解出来ないって顔してるわね? でも、これが私の覚悟よ。全てを捨ててでも、私はこの世界に復讐する。この腐った世界を変えるために!! あなたのように、理想を語るばかりの子供には出来ないでしょうけどね!!」


「っ……バカ野郎……!!」


 ダルクに医療知識はほとんどない。しかし、そんな無理な人体改造が何のリスクもなく出来るわけがないということくらいは分かる。


 自らの命も人生も、全て投げ打つかのような暴挙。

 そこまでして、本気で世界を変えようとしている。


 そんなコーネリアに気圧されるダルクを、胸の内からアリアが叱咤した。


「大丈夫、ダルクは間違ってなんかない」


「アリア?」


「ダルクがくれた魔法の力は、私を変えてくれたから。自分も、周りも、全部壊して傷付けるあの人より、私はダルクの力を信じてる」


 だから、と、アリアは真っ直ぐダルクを見つめる。


 全幅の信頼と、それ以上の想いを込めて。


「私の全部、ダルクにあげる。二人で、あの人に教えてあげよう。力は、奪うものじゃなくて……合わせるものだって」


「……ああ。俺達二人で、コーネリア先生を止めるんだ」


 ダルクがより強く抱き締めるのに合わせ、アリアの魔力が限界まで活性化されていく。


 一人では、すぐにでも暴走し始めるその力は、ダルクの体を介して魔道具へと注ぎ込まれ、安定していく。


「やるぞ、アリア。移動と防御は俺がやるから、攻撃は頼む」


「ん!」


 これまで以上の速度で、二人が飛翔する。


 それを、コーネリアは憎々しげな眼差しで睨み付けた。


「私を止める……? たった二人で、現役魔導士七人分の力を得た私を? ふふっ……舐めるんじゃないわよ!!」


 コーネリアの叫びに呼応して、水晶から次々と放たれる魔法が空中を塗り潰す。


 紅蓮の炎が大気を焦がし、極寒の伊吹が嵐となって吹き荒れ、無数の水弾の合間を雷鳴が駆け抜けていく。


 そんな多種多様な攻撃を、ダルクは次々と結界魔法を構築しながら防ぎ、あるいは飛行魔法によって潜り抜けていく。


 アリアからもたらされる膨大な魔力によって、今のダルクには魔器以上に魔法の制限がない。魔力の残量さえ気にせず構築される鉄壁の守りは、コーネリアさえ突破出来なかった。


「くっ……!! 来るな、来るな!!」


 そんなダルクを前に、コーネリアの目に初めて恐怖の色が灯る。

 何とか近付かせまいと力を振り絞るが……無理な人体改造によってもたらされた力は、強力ではあっても安定性に欠け、何より反動も大きい。


 やがて、度重なる無理によって僅かな隙が生まれてしまった。


「ぐぅ……!?」


 全身を走る、身を引き裂くような激痛。

 一瞬だけ意識が遠退き、攻撃の手が緩んだその瞬間、ダルクは一気に接近を果たした。


「アリア、今だ!!」


「ん……!!」


 ダルクが守っている間、ずっと意識を集中させていたアリアの魔法。


 絶大な魔力に裏打ちされた高威力のそれを前にして、コーネリアは叫んだ。


「私を倒したこと、必ず後悔することになるわよ!! あなた達は、この世界で生きるにはどちらも異端……!! 満足に魔法も使えない人間は、決して認められない!!」


「そうかもしれませんね。俺達はまだ子供で、世界のことなんてほとんど知らない。でも……」


 アリアが杖を構えた手に、ダルクが己の手を重ね合わせる。


 迸る魔力が閃光となり、全てを滅する光の柱となって顕現する。


「何も知らないからこそ、俺達は信じたいんだ。この世界は、先生が思っているよりもずっと良い世界だって。……俺達の手で、良い世界に変えていけるんだって。だから、俺達はあなたを倒す。倒して、先に進みます」


「《光閃滅波ライトレイバスター》」


 ダルクの力で制御されたアリアの魔法が、コーネリアを呑み込んでいく。


 制御されていた魔器の水晶が全て砕け、地上に墜ちていく彼女を、ダルクが魔法で受け止めて──


 こうして、魔法学園を襲った未曾有のテロ事件は、二人の生徒の力で無事終息の時を迎えるのだった。

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