第26話 魔法への想い

 アリアと別れたダルクは、《対魔法領域アンチマジックフィールド》を無力化すべく動き始めた。


 この魔法は、発動やその維持に多くの魔力が必要となるため、使用する場合は可能な限り影響範囲を小さく抑えるのがセオリーだ。


 発動地点から円柱状に領域が広がる特性を考慮すれば、その場所は自ずと限られてくる。


「まあ……その分、相手もしっかり守ってるわけだけどさ」


 廊下の曲がり角で息を殺しながら、向かう先に二名のテロリストが巡回しているのを確認した。


 ダルクが医務室で暴れたことは既に把握されているのか、その足取りには焦りのようなものが見える。


「医務室の方が騒がしいから見てこいって話だが……何かあったのか?」


「運良く拘束から免れたヤツが暴れてるのかもしれん。魔法が使えなきゃよっぽど問題ないとは思うが……」


 交戦は避けられないと悟ったダルクは、小さく杖を降って魔法を発動する。


 《静寂サイレンス》──一定領域内の音を外部に漏らさず隔離する、一般的な初級魔法だ。


「なんだ?」


「魔法……? 誰だ!」


 異変を感じ取ったのか、テロリスト達は動揺しながら周囲を見渡す。


 そんな彼らの頭上から、ダルクは強襲した。


「はあっ!!」


「ぐはっ!?」


 脳天に突き刺さる肘鉄によって、一人が昏倒する。


 すぐにもう一人が杖を向けて魔法を発動しようとするのだが……ダルクが壁を蹴って天井へ跳ね上がると、驚きのあまり動きが止まってしまう。


「隙だらけだぞ」


「がはっ……!?」


 落下の勢いを乗せた踵落としが二人目を打ち倒したところで、ダルクは大きく息を吐いて魔法を解く。


 ダルクが使った魔法は、《静寂サイレンス》の他にもう一つ、《壁走ウォールラン》という魔法だ。


 短時間、壁に足を固定して張り付くことが出来るという、高所作業者が好んで使う初級魔法なのだが……狭い場所なら戦闘にも使える。


 もっとも、彼らはそれを知らなかったようだが。


「知識不足だな。本当に、ただ強い魔法を持っただけの一般人って感じだ」


 強力な魔法を独占する貴族に対し、平民の不満が溜まっていることは知っている。


 だが、それにしても──自分達でも使える初級魔法すら十分な知識を得ないまま、中級以上の殺傷力が高い魔法を振りかざすなど、ただただ危険極まりない。


 早く制圧しないと、大変なことになる。

 そんな危機感から、ダルクの足は自然と早まっていく。


「ここかな……」


 そうして、幾人かのテロリストを打ち倒しながら辿り着いたのは、学園校舎内に設置された実験室の一つだった。


 魔法の実験を行うため、広い間取りで作られたその部屋には、魔法陣を囲んで杖を構え、魔力を注ぐ数人のテロリスト達と──そんな彼らを守るように立つ、一人の紳士風の男がいた。


「おやおや、最初にここに辿り着いたのが、教師でも魔導士でもなくただの生徒とは……これは面白い」


 他のテロリストが持つものよりも一際長い杖で床を突きながら、男はダルクに目を向ける。


 その立ち振舞いを見ただけで、ダルクは察した。


 ──こいつは、これまでみたいな素人じゃないな。


「初めまして。私の名はスペクター、反魔法組織│《デトランデ》の一人でございます。以後、お見知りおきを」


「……ダルク・マリクサーだ。スペクターね、一応聞くけど、テロなんて止めて大人しく降伏してくれない?」


 会話に応じながら、ダルクはスペクターの隙を伺う。


 しかし、ただ立っているだけだというのに、なかなか付け入る隙が見出だせなかった。


「ふふふ、これはおかしなことを仰る。この学園は、既に我々の手の内です、魔法を使える者はおらず、救援の見通しも立たない。私達に逆らえるのは、“魔道具”を持つあなたただ一人……はて、降伏する理由がどこに?」


「…………」


 どうやら、相手は既にダルクのことも把握しているらしい。

 最初からあまり期待していなかったのだが、やはり戦うしかないかとダルクは杖を構える。


「むしろ……あなたも、私達に協力する気はありませんか?」


「は……?」


 思わぬ誘いに、ダルクは目を丸くする。


 そこへ、スペクターは慈愛に満ちた表情で言葉を重ねていく。


「知っていますよ。あなたは、魔力がないという理由だけでカーディナル家を追い出されたそうですね? しかも、その親は早々に自分の後釜を養子に迎え、実の息子よりも大切に育てている。ただ、魔法の才能があるというだけで」


 ダルクが、小さく唇を噛み締める。

 それを見て、スペクターは益々笑みを深めた。


「私達は、この世界から魔法による差別を根絶するために戦っています。魔法を独占する貴族達から力を奪い、民に分配してこそ正しい未来が開かれる。同じ理想を追い求める者同士、手を取り合おうではありませんか」


 スペクターが手を差し伸べると、ダルクは構えていた杖を下ろす。


 にこり、と嬉しそうに微笑む男に向け──ダルクは、素早く魔法を放った。


「《炎球ファイアボール》!!」


 魔晶石を砕き威力が引き上げられた、初級攻撃魔法。


 その爆炎が、スペクター諸共背後のテロリスト達を薙ぎ払ったかに見えたが……ギリギリのところで、その攻撃はスペクターの魔法によって防がれていた。


「なぜですか? あなたには、この世界の歪みがよく分かっているはずだ」


「確かに、ふざけた世界だと思うよ。けど……あんたらのやり方は間違ってる」


 ダルクは、魔道具を完成させることで、魔法を上手く使えない人でも魔法を使える世界にしたいと願っている。


 だが、スペクター達は違う。ことで、その力を自分達の物にしようとしているのだ。


 今彼らが使っている魔道具モドキが、代償魔法による魔力の簒奪によって成り立っていることが、何よりの証だろう。


 そんなものは、ただの逆差別だ。何も変わらない。


「俺はただ、誰もが魔法を使えるように、誰も魔法に絶望しなくて済む世界にしたくてこの学園に来たんだ。他人を恨んで、傷付けて、そんな自分達を正しいと信じて疑わないあんたらに……協力なんて出来るかよ」


「……交渉決裂ですね」


 ダルクの言葉を聞いて、スペクターは溜め息を溢す。


 自らが手にした長杖を改めて構え、静かな殺意が籠った眼差しでダルクを睨む。


「良いでしょう、ならばお望み通り、あなたにも消えて貰います。あなたの“魔道具”と私達の武器──“魔器まぎ”のどちらが上なのか、勝負と行こうじゃありませんか」

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