第18話 休日の朝

「なんだか、ここ数日は学園の雰囲気がピリピリしてるね」


「……あんなことがあったからな、仕方ないさ」


 中間考査から一週間の時が過ぎた、休日の朝。ダルクは、スフィアと寮の朝食を共にしていた。


 同じルームメイトというのもあって、この時間はいつも二人で一緒だ。テーブルで向かい合い、定食メニューに舌鼓を打っている。


 そんな二人が話しているのは、今学園で問題となっている騒動について。


 ルクスを筆頭に、多数の生徒が代償魔法によるものと思われる不調を訴え、授業を休んでいるのだ。


「素質があった人ほど症状が重いって話だけど、ダルクはどう思う?」


「どうって?」


「犯人だよ、何が目的なのかな?」


 好奇心が疼くのか、スフィアは身を乗り出すようにしてダルクに問い掛ける。


 まるで少女のような外見に、男同士であるが故の気安い距離感。


 最初の内は落ち着かなかったが、最近は慣れて来たな──と、ダルクは何の気なしに思う。


「……普通に考えたら、金だろうな。結構、依存性あるみたいだし」


 スフィアが口にした通り、代償の重さにはどうやら個人差があるようで……その多くは、数日から一週間ほど魔力の減退と、それに伴う無気力、倦怠感に悩まされる程度だ。


 だからなのか、ルクスのように未だ寝たきりになっている生徒もいるというのに、“もう一度あの時のような力を”と代償魔法を求める生徒が後を立たない。


 水晶型の魔法触媒を使った、一時的な魔力増強効果を持つ代償魔法──学園では、便宜的に《ルシフェール》と名付けられたそれの使用を、早々に禁止したにも拘わらず、だ。


「でも、タダで貰ったっていう人も結構いるみたいだよ?」


「それこそ、売人の常套句だよ。最初はタダ同然に売り付けて、相手が依存してきたところで一気に値段を吊り上げるんだ。もう、ソレなしじゃ生きられないって状態だから、どんだけ法外な値段だろうと売れるようになる」


「へー……詳しいんだね、ダルク」


「師匠に習った」


 森の奥で、ほとんど人と関わらない生活を送っていたダルクだが……そんな状態でも、唯一関わりを持たざるを得なかったのが商人だ。魔法の研究には、どうしたって彼らの伝を頼って取り寄せなければならない素材が多々ある。


 故に、時折悪徳商人が現れる度、ミラから「こういうのは気を付けるんだぞ」と何度も教えられていた。


「ただ……それにしても、貴族を相手に仕掛けるのは命知らず過ぎるんだよな」


 そうした違法な代償魔法の触媒や薬物の売買を取り締まるのは、町の衛兵達の仕事だ。それくらいなら、掻い潜る手段もないことはない。


 しかし、貴族の間で下手に問題になろうものなら、衛兵どころか貴族の私兵まで駆り出され、予算も人員も無制限の本格的な売人狩りが行われるだろう。特に、今回はカーディナル家に真正面から喧嘩を売ったような形になるため、捜査は相当厳しくなるはずだ。


 貴族に目を付けられても捕まらないだけの自信があるのか、あるいは──


「金以外に目的があるのか……」


 そこまで考えたところで、ダルクは首を横に振った。


 どちらにせよ、ダルク達学生に出来ることなどたかが知れている。

 自分達に出来るのは、身近な人がそんなものに手を出さないよう、注意を促すくらいだ。


「スフィアも気を付けろよ、上手い話には常に裏があるんだから」


「あはは、平気だよ。そもそもボク、魔導士じゃなくて医師志望だしね。魔法の制御技術ならまだしも、単純な魔力量には興味ないよ」


「そうなのか?」


 初めて聞く話にダルクが問い返すと、スフィアは「えへへ」と照れ臭そうに語る。


「ボクの実家は、貧乏な農家だったんだ。病気になっても医者にかかるお金もなくて、小さい頃に兄妹が何人も亡くなってる。だから、ボクはこの学園でたくさん勉強して、そういう人達を助けられるような人になりたい」


 魔法という超常の力が存在するこの世界では、医療も大きく発達している。


 しかし、どうしても医師個人の技量や素質に左右される面が大きく、優秀な医師の数が限られてしまうため、医療費もバカにならない。


 その結果、貴族達が手厚い医療支援を受けてすくすくと成長する一方で、金のない平民はただの風邪で幼い子供を何人も亡くす──それが、この国の現実だ。


「そうか……立派だな、スフィアは。尊敬するよ」


 恐らくルシフェールの件も、単なる好奇心ではなく、スフィアなりに何かできないか考えている証拠なのだろう。


 自分とはまた違う形で、世界を変えようと頑張っている。そんなスフィアの夢を聞いて、ダルクは心からの賛辞を送った。


「えへへ……そんな風に言われると照れちゃうな」


 赤らんだ顔をそっと逸らしながら、スフィアは指先で頬をかく。


 そんな仕草までいちいち可愛くて、ダルクとしては若干彼の将来が心配になった。


「……医師になる前に、お嫁さんにされないようにな」


「へ?」


「いや、なんでもない」


 男相手に何をバカなこと言ってるんだと、ダルクは思わず頭を抱える。


 そんな彼に、スフィアは益々疑問符を浮かべ……ふと時計を目にした瞬間、慌てて立ち上がった。


「あ、いけない! ボク、これからコーネリア先生のお手伝いに行く予定なんだ」


「ああ、もうこんな時間か。俺もアリアと待ち合わせだから、急がないとな」


「……二人で休日デート?」


「違う、買い物だ」


 アリアの魔道具は、まだ完成していない。あくまで、その核となる魔晶石が出来ただけだ。


 それでも、中間考査を潜り抜けるために多くの試作品を生成しており、流石に素材が底を突いた。


 これ以上の実験のためには、一度買い出しに行かなければならない。

 というわけで、その辺りの知識をアリアに教えるためにも、二人で行くことになったのだとダルクは語る。


「うん、やっぱりデートだね。頑張ってダルク、応援してるよ!」


「だから、違うっての!!」


 無駄にキラキラとした笑顔で応援するスフィアに、ダルクは思わず叫び出す。


 そして、そんな二人を目敏く見付けた寮長に「うるさいぞ!」と怒鳴られ、揃って逃げ出すように寮を後にするのだった。

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