第15話 中間考査開始

 ダルクが学園に入学して、そろそろ二ヶ月。いい加減、新入生達も学園での生活に慣れ、付き合いのある友人も固まってきた頃である。


 しかし、当のダルクが友人と呼べるのは、アリアとスフィアくらいだった。


 というのも、ダルクは“魔道具”という特殊なアイテムで以て学園に入学したため、その立場さえ未だ曖昧だ。貴族からは距離を置かれてしまっている。


 同じクラスの平民にしてみても、彼らは将来貴族に仕える魔導士となるべくこの学園にいるので、下手にダルクと親しくしていると、肝心の貴族達からどんな目を向けられるか分かったものではない。


 露骨に無視されるわけでもないが、親しくもならない。


 そんな状況であるからこそ余計に、これから中間考査の模擬戦に挑むアリアとスフィアの二人には、格別のエールを送った。


「頑張れ、二人とも。勝敗が全てじゃないはずだから、無理しないようにな」


「ん……ありがと、ダルク。頑張る」


 試験会場となっている闘技場の脇にて、アリアは手にした杖を撫でながら応える。


 アリアの魔晶石が完成した後、それを元に作成したアリア専用の魔法杖だ。


 まだまだ実用的とは言い難く、使い捨ての魔晶石を前提とした代物ではあるのだが……アリアはそれで試験に臨むつもりのようだ。


 ダルクの助けがなければ魔晶石も作れないため数はなく、彼のように周囲の魔力も利用出来ない以上勝ち目は薄い。


 それでも、アリアにとっては初めてとなる、“自らの意思で発動する魔法”を使った模擬戦だ。やる気は十分なようである。


「僕らのことはいいけど、ダルクは大丈夫なの? 相手は“あの”ルクス・カーディナルみたいだけど」


「うーん……」


 スフィアの指摘を受けて目を向けた先には、他の生徒達から距離を置くように座り込むルクスの姿があった。


 入学直後は、自信家でありつつも明るく社交的な性格で評判だったルクスだが……時を経るごとに剣呑な雰囲気を纏うようになり、人を遠ざけていった。


 連日、鬼気迫る表情で自主練に励む姿も目撃されており、余裕がないことがありありと伝わってくる。不穏な空気は、これから本物の戦場に赴くかのようだ。


「……はあ」


 彼がそんな状態になった原因は、恐らく入学試験での敗北にあるのだろう。


 それを込みにしても、新入生首席という栄誉を賜ったのだから、気にしすぎではないかというのがダルクの率直な感想ではあるのだが……。


(まあ……“あの”父様が、それで納得するわけないか)


 ルクスが追い込まれている原因は、ダルクにも痛いほど理解出来る。とにかく貴族としての誇りを重視するカーディナル家において、“魔力も持たない平民に負けた”というのは、学年首席の栄誉を以てしても拭いがたい屈辱だったに違いない。


 それを前提に考えれば……ルクスとの再戦は、カーディナル家が手を回した結果なのだろう。ここでまた負けるようなことになれば彼がどうなるか、ダルクにも想像はつく。


「大丈夫、俺は負けないよ」


 それでも、ダルクとて負けられない理由はある。


 レポートの課題は十分こなしたが、ここで無様を晒すようでは“魔道具を世に広める”という夢が遠ざかってしまう。


 今の貴族社会の在り方を変えるために抱いた夢を、今の貴族社会を象徴するかのようなプレッシャーに晒されているルクスに配慮して捨ててしまっては、本末転倒だ。


 必ず勝ってみせると、決意を新たにする。


「ダルク」


「ん?」


 アリアに声をかけられ、振り返る。


 いつものように、親指をぐっと立ててエールを送ってくれる少女の姿に、ダルクは笑みと共に同じジェスチャーを返した。


 ……しかし、今日はそれだけで終わらず、アリアがダルクに体を寄せる。


「ア、アリア?」


「……頑張ってね」


「あ、ああ」


 ポン、と一度胸に顔を押し当た後、見上げるような格好で応援してくれる。


 ここ最近、アリアの魔晶石を作るためにスキンシップが増えていたのは確かだが、それにしてもこの距離感は近すぎた。


 高鳴る心音をどう誤魔化すかと苦心するダルクだったが……その答えが出るより早く、中間考査開始の声が会場に響く。


「……それじゃあ、行くか」


 魔法学園は、王国の威信をかけて建設された学校なこともあってあり得ないほどの敷地面積を誇り、魔法による戦闘を考慮して建てられた闘技場も相応の広さだ。


 それでもなお、誤射による事故を防ぐために一組ずつ呼び出されるその試験において、最初の戦闘に選ばれたのがダルクとルクスの二人だった。


「ルクス様、今日はよろしくお願いします」


「…………」


 向かい合ったところで挨拶をするが、ルクスからの反応はない。


 本当に大丈夫だろうかと流石に心配になるダルクだったが──


 試合開始と同時、暴風のごとく吹き荒れた魔力を見て、背筋が凍った。


「《炎獄飛来メテオストライク》」


「っ……!! 《対炎結界アンチフレアフィールド》!!」


 空中に出現した疑似太陽を相手に叩き付ける、


 紅蓮の炎が地上を舐め、観戦していた生徒達から悲鳴が上がるのを合図に、二人の勝負は幕を開けた。

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