第6話 血の因縁

「ダルク、大丈夫……?」


 時は流れ、ついに模擬戦の時。

 会場へ向かおうとするダルクに、アリアが声をかけた。


 心配そうなその声に、ダルクは出来る限りの明るい調子で応える。


「大丈夫です、この模擬戦では向こうから遠慮なしに全力で来いって言われてますから。魔道具の力、見せてやりますよ。……だから、さっきの話、考えておいてください」


 さっきの話というのは、一緒に魔道具を完成させる手伝いをして欲しいというものだろう。

 すぐに察したアリアは、困ったように眉根を寄せる。


「でも……私、学園に入学出来るか分からないし……」


「確かに、魔力は全く制御出来ていませんでしたけど……素質という意味なら、受験生の中でもダントツですよ、絶対に大丈夫ですって」


 ダルクがそう言って励ますと、少しは自信もついたのか、アリアが顔を上げる。


 そうこうしているうちに、試験会場からダルクの名前が呼び出された。


「それじゃあ、また後で……」


「ダルク」


 歩き出そうとしたダルクの裾を掴んで、アリアが引き留める。


 どうしたのかと振り返った彼に、アリアは控えめな声で口を開いた。


「……二人で合格出来たら、手伝うから。だから、勝ってね。それと……私のことは、“アリア”って呼んで。話し方も……さっきみたいので、いいから」


 さっき、というのは、アリアを助けた時のことだろう。ダルク自身、焦って少し乱暴というか、素の口調が出てしまった自覚があっただけに気にしていたのだが、アリアとしてはあのほうが良いらしい。


「……分かった。心配するな、絶対勝つから待っててくれ、アリア」


「……んっ」


 ぐっと親指を立ててエールを送るアリアに、ダルクもまた同じように親指を立てて返す。


 そうして会場に入ったダルクは、ルクスと対峙した。

 相変わらず黄色い声援の飛ぶルクスに対し、ダルクには誰一人として声をかける者はいないが……アリアが味方でいてくれている。


 なら十分だと、自らを鼓舞した。


「ふん、よほどカーディナル家が恋しいと見えるな」


「恋しい……?」


「自分の婚約者になるはずだったスパロー家の令嬢を抱き込むのに必死なようだが……彼女との繋がりを得たくらいで、父上がお前を認めると思うなよ」


 ルクスの言葉を聞いてようやく、ダルクは彼がなぜそこまで自分に執着しているのかを理解した。


 理解したからこそ余計に、その的外れな思い込みにげんなりする。


「悪いですけど……カーディナル家のことはもう、心底どうでもいいので。放っておいて貰えません?」


 何が悲しくて、自分を人気のない森の中に捨てた家に、また戻ろうとしなければならないのか。


 頼まれてもごめんだと、そう言外に告げるダルクだったが、それは却って彼の反感を買ってしまったらしい。


 ルクスは怒りに顔を歪ませ、歯を食い縛る。


「この手で叩きのめして、二度と王都の土を踏めなくしてくれる!!」


「それでは、試合開始!!」


 合図と同時に、まず動いたのはルクスだった。

 素早く距離を取りながら、魔法を発動する。


「《炎焔光線フレイムブラスター》!!」


 煌々と燃える炎の閃光が、一直線にダルクへと迫る。

 それに対し、ダルクは懐から取り出した結晶を砕き、対抗魔法を構築する。


「《対炎結界アンチフレアフィールド》」


 ダルクの周囲に展開された結界が炎を弾き、後方へ流れていく。


 だが、自分の魔法を防がれても、ルクスは慌てなかった。


「ははは、そんな一時凌ぎがいつまで続くかな!? 《螺旋氷柱スパイラルアイス》!!」


「《大地城塞ガイアウォール》」


 炎の次は氷だとばかりに放たれた氷の柱を、ダルクは再び結晶を砕いて発動した土の壁で受け止める。


 防御に徹するダルクへと、ルクスはなおも言葉を重ねた。


「分かっているぞ、魔力がないお前は、魔力を結晶化させた触媒を消費することで、強力な魔法を使うための魔力を確保しているのだろう? だが、その触媒も無限ではない、恐らくは後三つ……多くても四つほどしか手元にない。違うか!?」


「へえ……」


 ルクスの考察と魔法的な感覚の鋭さに、ダルクは舌を巻いた。


 確かに、ダルクが魔法を使うために消費している奥の手──“魔晶石”は、残り三つしかない。


 この僅かな間にそれを感じ取り、怒涛の攻めで使いきらせようという作戦なのだろう。


 流石は、名門カーディナル家が後継者に選ぶだけはあると、素直に称賛する。


「その程度の持久力では、実戦ではまるで役に立たないということを証明してやる!!」


 魔導士達の戦いは、基本的にお互い距離を取り、魔法攻撃とそれに対する防御魔法を連発し、相手の息切れを狙うか純粋な火力差で押しきるかの勝負になることが多い。


 その意味では、強力な魔法に致命的な回数制限がつくダルクの魔道具は、実戦で役に立たないという評価も強ち間違ってはいなかった。


 事実、ダルクはルクスから放たれる強力な魔法を防ぐばかりで、反撃の一つも出来ていない。


「借り物の力だけで戦うお前に、魔導士を名乗る資格はないんだよ!!」


 ルクスから放たれた魔法によって、ついに最後の魔晶石を消費させられたダルク。


 後はなぶり殺すだけだと、ルクスが渾身の力を込めた魔法を放とうとして──


「ルクス様。確かに、あなたの見立ては概ね間違ってない。持久力不足は、今の魔道具の最たる課題だ。でも……」


 ダルクはその隙を突くように、前へと踏み出した。


「あなたに勝つには、これで十分過ぎる」


「ッ……!? 《炎弾雨フレアレイン》!!」


 無防備に走り出したダルク目掛け、ルクスが放ったのは炎の雨。

 逃げ場なく会場全域を焼き付くすような魔法に対し、ダルクは迷いなく空へ飛び上がる。


「《飛行フライ》!!」


 ごく短距離を移動するために用いられる、空を飛ぶための魔法。

 ほとんど直線的にしか動けないはずのその魔法で、ダルクは縦横無尽に空を駆け、炎の雨を次々と回避してみせた。


「バカな……その魔法で、どうやって……!?」


「魔道具は、一定以上の強力な魔法を使うのに、触媒がいる。でも……逆に言えば、一定以下の魔法に関しては、条件さえ整えば“無限に”発動出来る強みがあります」


 人が魔法を使うのであれば、普通は自身の体内にある魔力を消費する。だからこそ、どんな魔法を使うにしてもいつかは必ず息切れが起きる。


 だが、魔道具であれば……大気中に、その魔法を使うのに足る魔力があれば、何度連発しようと息切れを起こすことはない。


 序盤の魔法合戦で大量の魔力が撒き散らされたこの会場であれば、《飛行フライ》程度の魔法はほぼ無制限で使いまくれるのだ。


「たとえ直線にしか動けない《飛行フライ》でも、秒間十回も使って方向転換し続ければ、ほぼ自由自在に動けます」


「はあ……!?」


 理屈では、確かにそうなるだろう。

 だが、そんなことはあり得ないとルクスは絶句する。


 たとえ魔道具の力で、《飛行フライ》が無限に使えるのだとしても……秒間十回ものペースで、ひたすら魔法を並列構築し続けるなど、一体どれだけの魔力制御能力が必要なのか。


 そんな並外れたことは、ルクスでも不可能だ。

 出来るとしたらそれこそ、大魔導士と呼ばれたミラジェーンくらいのはずで──


「それから……借り物の力だけで戦うやつに、魔導士になる資格はない、でしたっけ?」


「っ……!?」


 気付けば、ダルクは魔法を掻い潜り、ルクスの背後に立っていた。

 ポン、と肩に手を置かれた瞬間、全身を謎の悪寒が駆け抜ける。


「なら、最後は純粋に俺の力で終わらせます。覚悟してください」


「くっ……舐めるなぁぁぁ!!」


 密着されると魔法を使いづらいのは確かだが、自爆覚悟ならやりようはある。

 むしろ、この至近距離であれば、先ほどのように《飛行フライ》で回避されることもないはずだと、ルクスは魔力を振り絞った。


「《大爆破エクスプロード》ぉーー!!」


 自分ごと吹き飛ばしてやると、ルクスは渾身の魔法を放つ。


 だが……確かに構築したはずの魔法はその効果を発揮せず、不発に終わる。


「な……なぜ……」


 ダルクは自分の魔力がないが故に、自分以外の魔力を操り魔法を使うことが出来る。


 つまり──ダルクは魔道具に頼らずとも、他人の魔力に干渉して、その魔法を封じることが出来るのだ。


 防げるのは、あくまで発動前の魔法だけ。それも、こうしてゼロ距離で相手に触れていなければならないという制限付き。


 だが、“魔法が使えない”という未知の現象を前にしたルクスは、持ち前の洞察力を発揮する余裕もないほどに動揺し、致命的な隙を晒す。


 そこへ、ダルクの渾身の右ストレートが叩き込まれた。


「はあぁぁぁ!!」


「ぐはぁぁぁ!?」


 魔導士は魔法を使って戦うが故に、こんな近距離で殴り合うような経験などない。


 完全に予想外の一撃を貰ったルクスは無様に吹き飛び、一撃で白目を剥いてしまう。


「次は魔法ばっかりじゃなくて、体も鍛えておくんですね。ルクス様」


 そんなダルクの言葉を最後に、審判役の試験官から彼の勝利が宣言され。


 開始時とは逆に、すっかり静まり返った会場の中で、ダルクの入学試験は終了するのだった。

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