第2話 ミラジェーンの提案

 ここ、カステード王国において、どの貴族も管轄していない深き森。通称、“魔女の森”と呼ばれるその場所の奥地に、小さな小屋がある。


 そこが、大魔導士ミラジェーンの住処であり……ダルクが連れ込まれ、約五年の歳月を過ごしたもう一つの実家である。


「師匠ー、朝飯出来ましたよー」


 フライパンで作った目玉焼きとベーコンを皿に移しながら、ダルクは己の師となったミラへ呼び掛ける。


 一応、形としてはミラの実験台という立場になっているのだが、もはや彼にとっては親も同然であり、生きる道を示してくれた師匠なのだ。


 さて、そんな師匠はと言えば、ダルクの呼び掛けにも答えることなく、部屋で無言を貫いている。


「師匠ー?」


 一体どうしたのかと見に行けば、半ば予想通りの光景がそこに広がっていた。


「師匠……また部屋を散らけっぱなしで寝て……」


 はあ、と、ダルクは頭を抱える。


 ミラの部屋は、彼女の魔法によって空間拡張がなされ、小屋のサイズよりもかなり広い間取りとなっている。


 そんな広い部屋が、足の踏み場もないほどに様々な機材や書類、魔法触媒などで埋め尽くされ……そのど真ん中で、ミラは着替えもせず魔導士としてのローブ姿のままぐっすり寝ていた。


「ほら師匠、早く起きてください。朝飯冷めますよ」


「んあ~? いいじゃろ別に、後一時間くらい……」


「ダメですよ。起きないと明日から野菜増やしますからね」


「げげぇ」


 寝惚け眼で盛大に顔をしかめるミラに、ダルクは思わず笑ってしまう。


 魔導士としては紛れもなく世界最強の名に相応しい実力を持ち、今やダルクよりも小さな体には既に百年以上の月日を生きた深い知識が詰まっているミラだが……その実、性格はかなり子供っぽく我が儘だ。


 最初のうちはかなり戸惑うことも多かった師の姿に安心感すら覚えながらも、ダルクは心を鬼にしてミラを食卓へ連行する。


 なお、食べ始めれば目も覚めるのか、散々嫌がっていたことなどすっかり忘れて食事に夢中になるのもまた、いつものことだ。


「んん~、ダルクの作る飯は旨いの~、ここに来たばかりの頃は火を一つ起こすにも苦労していたというのに、成長したもんじゃ」


「それはまあ、師匠のお陰で俺も少しは魔法が使えるようになりましたからね」


 この世界ではあらゆる物事に魔法が利用されている。

 それは料理に関しても同様であり、火を起こしたり水を出したりといった工程で魔法を用いるのが基本のため、魔法が使えないダルクは他の人の何倍も苦労せねばならなかった。


 だが、今の彼は違う。

 魔力がないのは相変わらずだが、ミラと二人で重ねた実験の成果物として、“魔道具”を開発している。


 小さな杖の形状をしたこの道具を用いることで、ダルクは大気中に漂う魔力を利用し、簡単な魔法であればほぼ無制限で使用することが出来るようになったのだ。


 魔力が全くない、ダルクのために作られた道具。それを軽く振るいながら苦笑する彼に、ミラは「謙遜するな」と肩を叩く。


「その魔道具とて、ダルクがいなければ完成しなかった代物じゃ。胸を張れ」


「そんな……俺は体を貸しただけで、設計も理論も師匠が組み上げたものじゃないですか。それに完成と言っても、これ単体じゃまだ生活魔法と初級魔法の一部が使えるだけですしね」


 生活魔法は、火を着けたり水を出したり、物を持ち上げたりといったごく一般的な魔法。初級魔法は、身体能力を少し引き上げたり、炎の塊を放ったりといった初歩の攻撃魔法のことだ。


 それ以上の強力な魔法は、大気中の魔力が足りないため“基本的には”発動出来ない。


 そんな現状の問題点を挙げるダルクに、ミラはニヤリとほくそ笑む。


「そうじゃな、まだまだ課題はある。そこで、お前に一つ頼みがあるんじゃ」


「はい、なんでしょうか?」


 この五年間、ミラからの頼みという名の実験に、幾度となく協力してきた。


 それなりに危険なこともやって来たが、ミラの頼みであればなんでもやり遂げてみせると、ダルクは耳を傾け──


「王立魔法学園に、お前さんの入学願書を出しておいた。そこで魔法について学んでくるといい」


「はい、分かりまし……は?」


 自分の聞き間違いかと、ダルクは今一度ミラに目を向ける。


 だが、彼女はそんなダルクの反応を見て、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべるばかりだ。


「いや、あの、王立魔法学園って、貴族も通ってるこの国最高峰の魔法学校じゃないですか!! そこに、魔法も使えない俺が行けるわけないでしょう!?」


「魔道具があるじゃろ、魔道具が。別に、必ずしも自分の力で魔法が使えることを入学条件にしとらんのじゃから、大丈夫じゃろ」


 王立魔法学園は、魔法について学ぶ学校だが……特に、魔法の軍事利用。“魔導士”の育成を目的とした場所だ。


 強力な魔法を使えないダルクには、やはり厳しいだろう。


「そもそも師匠がいれば、今更魔法学園になんて行かなくても……」


「わしも知識には自信があるが、それだけではどうしても偏りが出る。多くの物に触れ、多くの者から学ぶのは大事じゃぞ」


「いや、そうかもしれませんけど……」


「大丈夫大丈夫、お前さんならなんとかなる。期待しとるぞ、ダルク」


「…………」


 ごくごく軽い口調で簡単に言ってのけるミラに、ダルクは頭を抱える。


 そんな彼に、ミラは「それに」と言葉を重ねた。


「魔道具を本当の意味で完成させたいのなら、魔法学園で得られる知識は必ずやお前さんの糧となるじゃろう。いつかは通らなければならない道じゃよ」


「……そうかもしれないですね」


 はあ、と溜め息を溢しながらも、ダルクは最終的に納得した。


 今ダルクが抱いている夢を叶えるためには、学園での学びはやはり必要だ。


「分かりました、やってみます。ただ……」


「ただ……なんじゃ?」


「俺がいない間、師匠は一人でちゃんと生活出来ますか? 特に、料理と掃除」


「…………で、出来るわい、そのくらい」


 なんとも不安の残る返答に、ダルクは苦笑を浮かべつつ。


 こうしてダルクは、五年ぶりに人の町へ──貴族社会へと舞い戻ることになった。

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