第五話 僕と推しがいい感じになるわけがない

「ひとまず、は~たんは空き教室のロッカーかどこかに隠して、ゆーりぃを探そうと思う」


 そう言って、気絶したは~たんをロッカーにおさめると、こにゃたんは怪訝そうな顔をする。


「あの、その……一応、縛っておいたりしなくていいの?」


「大丈夫だよ。いくら僕が定期的には~たんの安全を確認に来るとはいっても、完全に身動きできないとトイレに行けなかったり、沽券に関わるだろうしね。気絶させるくらいにしておこう。それには~たん、今日はあまり体調が良くないはずだから。そこまで警戒しなくていいと思う」


 自身とまったく同じ見た目の変態男子にそう説かれ、こにゃたんはしぶしぶ頷いた。


「でも……ハレルちゃんが体調よくないってどうしてわかるの?」


「別に。推しの生理周期くらい把握してて当たり前だろ?」


「えっ。えっ……?」


「当たり前なのさ。ごめん、こにゃたん。僕はそういう生き物だと思って、適当に納得しておいて」


「んえ……? じゃあ、ひょっとして私のも知って……?」


「はは!」


「「…………」」


 お互い、それ以上は何も言わない。

 やんわりと笑みを浮かべたら、こにゃたんは黙った。


 しかし、ふと――


「守くんはさ、どうして私のこと、そこまで好きなの?」


「え?」


「私はさ、アイドルとしては可愛さも歌も踊りも中くらい……あんまり上手じゃないと思うの。不器用だし、ドジだし、テストも運動神経も良くないし……」


 もじもじと自信さなげにスカートの裾を弄り、上目遣いでなけなしの勇気を振り絞る。

 僕の口から紡がれるであろう返答――

 「それでも好きだよ」を心のどこかで期待して、他者からの肯定で自らの自尊心を保とうとしている。


 自身の価値を他者に見出されないと、生きていけない。


 彼女のそういう内気で自己肯定感の低いところは、実はアイドルに向いていると僕は思っているんだ。


 無論、自信満々に自らの意思で輝ける人間にとってもアイドルは天職みたいなものだろう。

 彼らが太陽ならば、こにゃたん――彼女は、他者からの評価で自己を守り輝かせる、月に似たアイドルなのだ。


 だから、僕は……


「僕は、こにゃたんが好きだよ」


「!」


「内気で、自分に自信がなくて。それでもがんばって、仲間との思い出を守るために『いろは坂十三番隊』に残り続けた。いつか抜けていったメンバーたちが戻ってきてくれるんじゃないかって、そのとき必要になる居場所を守り続けたんだ。そういう君の、がんばり屋で、強くて優しいところが……好き」


 推しのアイドルに面と向かって好きな理由を明かすのは、正直恥ずかしい。


 でも、死ぬ前に一度でいいからこの想いを伝えられて、それが少しでもこにゃたんの心の支えになってくれたらいいなって、一丁前に夢を見たりもするものだから。つい、言ってしまった。


 だって僕は、きっとこの学園から生きて帰れることはないだろうから。

 心残りみれんは、少しでも減らしておかないとだよね。


「さぁ、まずはひと気のない場所に活動拠点セーフルームを用意して、ゆーりぃを探しに行こう。発信機からの信号は――」


「うわぁぁぁぁぁぁぁんん……!」


(!?)


 端末を確認していると、隣にいたこにゃたんは急に膝から崩れ落ちて泣き出す。

 僕は、目の前が真っ暗になった。


(推しを、泣かせてしまった……!?)


「ご、ごめん、こにゃたん! 僕、何か失礼なことを――」


「ちがうの、ちがうのぉ!」


 うぐっ、ひぐっ……と嗚咽を漏らしながら、こにゃたんは一生懸命言葉を紡ぐ。


「ちゃんと見ていてくれる人がいるんだなぁって……私のこれまでが救われたみたいで、こんな、デスゲームなんてわけのわからない状況なのに嬉しくなっちゃって……危ないこととか怖いこととか色々吹き飛んじゃって、安心しちゃって……ごめんなさい」


「へ!? なんでこにゃたんが謝るの!?」


 えへへ、と涙を拭ってはにかむ姿は、連写してフレームにおさめたいほど可愛いが……!


 安堵のせいか、床にぺたんと座り込んでいたこにゃたんは立ち上がり、スカートの埃をはらう。そうして、僕にぺこりと頭を下げた。


「ヤバい変態だなんて思って、すみませんでした」


「え。あ、いや……」


 それは事実ですけれども。


「私、守くんのことなんにもわかってなかった。ファンのこと、勘違いをしてた。好きでいてくれるのは嬉しいけどしつこく付きまとってくるのは嫌だなぁとか、変な目で見られるのは嫌だなぁとか思っていたけど……私はアイドルなんだもん。ファンの皆がいないと生きていけないし、ファンに生かしてもらっているんだって、大事なことを忘れるところだった」


「いや。その気持ちは正しいから。付きまといストーカーとかは速攻警察に突き出してね? ……あ。ダメだ。そしたら僕が盗撮容疑で突き出され――」


 あたふたとしていると、こにゃたんは何を思ったか、鈴を鳴らすように笑った。


「ふふっ。守くんって変な人……! ふふふっ、あははは!」


「へ――?」


「あはは、ダメだ! 笑っちゃダメなのに、私さっきまでハレルちゃんに殺されかけてたのに! なんか、おっかしい……! 自分そっくりな恰好の人が、目の前ではわはわしてる! あはははは!」


 ツボった、らしい。

 華奢な身体を自身で抱き締めるように、お腹を抱えて笑い転げるこにゃたん。

 その小さな肩が震えるたびに、柔らかい薄桃の髪がふわりと揺れて……


「可愛い……」


 思わず呟くと、こにゃたんは「あ。」と顔を赤くする。


 は~たん襲撃による緊迫した空気はもはやどこ吹く風。

 夕暮れの教室で、僕らははたと見つめ合う。


 こにゃたんとこにゃたん(コスプレ)が、頬を染めて見つめ合っていた。


「……う。う、あ……」


 ここは女子校だから。こにゃたんは、ファン以外の男性――いわゆる、同世代の男子とこういう風に話すのには慣れていないのだろう。

 僕はアンチガチ恋なドルヲタだけど、一般的な男子高校生の感性も一応持ち合わせてはいるから、目の前の女子が自分のことを意識してそわそわしているのを見ると、つられてそわそわしてしまう。


 髪の毛先を弄って、意識しているのを妙に誤魔化そうとするところがガチっぽいなぁ……なんて。


「あ、あの……守くん。お礼、まだだった。さっきは助けてくれてありがとう……」


 甘い声で、半歩詰めるこにゃたん。

 やばい。こにゃたん、案外チョロインだったのか?

 『お礼』って、何をするつもり?


 あれやこれや、あ~んなことや、こ~んなことを……

 なんてバカみたいな妄想が、現実になりかけそうな異常性と甘ったるい空気が、この場にはある。


(ダメだ、ダメだ……!)


 ピンクのハートに染まりかけたその瞳に、僕はNOを突きつけた。


「待って、こにゃたん。それ以上はダメだ」


 やめてくれ。


 僕は、君とどうこうなりたいわけじゃない。

 そのために君を助けただなんて思われるのは大きな勘違いなんだ。


 僕はただファンとして、君の姿を、活躍をこの目に焼きつけたいだけ。

 ここでいい感じになって、僕なんかとくんずほぐれつしてしまったら、それこそ君が汚れてしまう! やめてくれ!


「そっ……それ以上近づかないで! こにゃたん!!」


 悲鳴に近い声をあげると、こにゃたんは、目に見えない猫耳をしょんぼりとさげて俯いた。


「うああ……ごめんね。でもダメなんだ、それ以上は。ファンとして、僕は僕が許せなくなる。僕は君のことが好きだよ。それは紛うことのない本心だ。でも、それはあくまでアイドルとしてであって、ひとりの女子として君を見てしまったら、僕は僕でなくなってしまう……」


「い、言っている意味がわからないよ……?」


「僕も、なにが何だか……」


 額に温い汗が伝う。

 ばくばくと互いの心臓が高鳴って、呼吸だけで意思の疎通ができてしまいそうだ。


 バカなオタクの妄想――思い違いなんかじゃない。

 こにゃたんの瞳は、まっすぐに俺の唇をとらえていた。

 お礼に、キスをしてくれようとしたのだ。


 殺されかけて、救われた――その異常なまでの安堵が、彼女に好意を錯覚させているのだろう。

 ただ、それだけ。


 でも。それだけで彼女の恋を享受するほどの度胸は僕にはないし、そんなの虚しいじゃないか。こにゃたんにも申し訳ない。

 きっとこの事件が解決したら、こにゃたんは今この瞬間の『過ち黒歴史』を思い返して、羞恥と絶望に身悶えることになるだろう。


 そんなのは、嫌だ。


「と、とにかく! お礼なんていらないから。僕は、僕が生きる為に『推し』――きみを助けて、生かす。全部僕のためなんだよ。さぁて、そろそろ理科室に捕まっているゆーりぃを助けにいかないと……だよね?」


 理科室から動くことのない信号を確認し、僕はあたふたと出る準備をした。


 ゆーりぃのことも心配だけど……

 この事件の首謀者は、一体誰なんだろう?



※あとがき

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