異世界に行きたい俺を馬鹿にしてくる元友達の幼馴染〜いや、お前らが俺と縁を切ったんだろ? いなくなる俺は忘れてくれ――

うさこ

友達


 俺、滝沢文哉たきざわふみやは極力目立たないよう生活するように心がけている。

 高校の教室でも必要が無い限り誰とも喋らない。なぜなら俺はいつか『異世界に行ける』と信じてやまない男だからだ。

 目立たない方がかっこいい。ギャップがかっこよさを有無と信じているからだ。


『文哉君、いつまで子供じみた夢みてるの』

『滝沢はこっち来ないでよ! 気持ち悪いっしょ』

『話通じないわね。あんた、ガキの頃から成長してないじゃん』


 子供の頃は良かった。俺の夢に共感してくれる友達がいた。そんな彼女らは今はもう……いない。




 昼休みの教室。騒がしさは気にしない。ラノベと異世界ノートを開いて異世界の勉強をしなくてはならない。


 物心ついた時からずっと異世界に恋い焦がれていた。異世界に行った時のための努力は苦にもならなかった。


 なによりも、クラスで目立たない生徒が異世界で活躍する、という話が俺は大好きであった。なら、この教室で目立つ必要がない。

 高校二年の春、俺にはまともな友達は誰もいなかった……。べ、別に寂しくなんて無いぞ。


「ね、ねえ滝沢君、今日は新しいクラスのみんなでファミレスに行くんだけど……、滝沢君の予定は大丈夫かな?」


 初めは空耳かと思った。俺に話しかけてくる生徒は極一部の人間だけだ。

 顔を上げるとそこにはクラス委員長が困った顔で立っていた。


「ひぇ、キモ……。た、滝沢君……、む、無理そうならいいよ」


 突然話しかけられて心臓の鼓動が早くなる。しかも女子からだ。女子と話すと緊張してしまう。キモいと言われたような気がするが聞かなかったことにしよう。


 今日は誰とも喋っていなかったから口がうまく動かない。

 クラスメイトとカラオケ。ほんの少しだけ興味がある。もしかしたら友達ができるかもしれない。……いや、俺は異世界に行く準備をしなくてはならない。


「あ、い、いや、俺は……」


 異世界に行くための修行があるから行けない。そう口に出そうとしたが――


「ぷははっ! 委員長、こいつは駄目よ。だって異世界に行くから学校の奴らとは友達になりたくないって言うのよ」


「へっ? い、異世界?」


 委員長の後ろには俺の幼馴染で……元友達の京橋可憐きょうばしかれんが嫌な笑みを浮かべながら立っていた。

 京橋可憐、小学校からずっと一緒のクラスで、この高校二年も同じクラスになって記録を更新した。

 元々、可憐はゲームや漫画が大好きで、俺と一緒に異世界にいきたいと話していた……元友達だ。


「うるさいぞ、可憐。今年こそは異世界に行く予定だ。あとで羨ましがっても知らねえぞ」

「はぁ、あんたいつまで子供なのよ。ねえ、委員長知ってる? こいつのノート見てよ」

「あ、こら、やめろよ」


 可憐は俺に机の上にあったノートを奪い取った。抵抗するのは簡単だが、いくら可憐だといっても女性の身体に触るのは恥ずかしい。


「あっ、私が見た時よりも内容増えてるじゃん。……あんた絵うまいよね。これって委員長じゃない? ぷっ、委員長がヒロインであんたが勇者なの? マジ笑えるじゃん」


 クラスメイトが騒ぎを聞きつけて集まってくる。可憐は顔だけは可愛いからクラスで人気者だ。俺と違って友達も多い。


「なになに、可憐どうしたの? うわ、何このノート」

「やばくね? 子供の妄想じゃん」

「これって異世界小説の設定とか? ドン引きするわ」


 まただ。こんなことは俺にとって日常茶飯事だ。可憐は度々俺に絡んできて笑いものにする。

 可憐は俺の異世界ノートを笑いながら読み上げる。

 あれは人に見せるようなものではない。俺が異世界に行く。それは決して曲げられない信念ではあるが……。

 流石に、羞恥心と悲しさと寂しさが込み上げてくる。

 俺は机の傷を数えながらこの状況が収まるまで待つしかなかった。


「お、可憐なにやってんだ」

「あ、流星君! えへへ、別になんでもないよ。滝沢が面白い『小説』のネタ書いてたから」


 烏森流星からすまりゅうせい。この学校で一番のイケメンと言ったら彼だろう。誰もが口を揃えて言う。異世界に行ったら確実に勇者だ。顔も良ければ性格も良い。……別に俺は勇者になりたいわけじゃない。勇者の座は彼に譲ろう。


「ふーん、てか、滝沢すげえな! 俺こんな風に考えられねえからよ。あれか、クリエイターってやつ?」

「でもこれ見てよ。このヒロインって委員長そっくりじゃない?」

「あーー、これは流石にまずいな。好きならちゃんと告白しなきゃ駄目だぞ、滝沢」

「ナイスカップルじゃない?

「こら、可憐。茶化すのはよくないよ」


 なんだこれは? 俺のノートをネタに俺以外の人間が笑っている。俺は全く笑えない。大丈夫、今までもそうだった。だから、これからもきっとそうだ。それに俺に異世界にいくんだから。



 ふと、気がつくと委員長が半泣きになっていた。


「わ、わたし……、滝沢君の事、全然好きでもなんでもないもん! 大学生の彼氏いるし! 気持ち悪いからやめてよ!」


 なんと、驚愕の事実であった。俺は委員長の事をほんの少しだけ好意を抱いていた。ほんの少しだ。

 消しゴムを貸してくれた優しい女の子だと思っていた……。

 何も始まる前から失恋をするとは……。いや、別に好きじゃないぞ。


 嫌な気持ちが心の奥底に広がる。こんなものはいつこの事だ。学校は俺にとって精神を鍛える場所だ。だから耐えるんだ。


「おい、可憐やり過ぎだぞ。中庭にいこうぜ」

「別に大丈夫よ。だって私とあいつは幼馴染だもん。昔わたしに惚れてたんだよね」

「もうやめてあげろよ」


 この場から去る足音だけが聞こえる。俺はただ机をじっと見つめていた。そうすれば心が痛くならないからだ。


 ***


 ……いつの間にか寝ていた。机には涙と鼻水の後がある……。

 起き上がると、教室には誰もいなかった。気がついたら放課後になっていた。

 確か今日はクラスの親睦会でファミレスに行くって言う話だ。

 結局俺は誘われていない。行く必要もない。

 精神修行は難しい。心を無にしようとしても雑念が入る。


「あれ? ノートがない……」


 もしかして可憐が持っていったのか? 親睦会で話のネタにするのか。

 ……あれは大事なノートだ。あとで返してもらおう。

 俺はカバンを取って家に帰ることにした。





「おーい、勇者様〜! ぷははっ、マジあんた寝てんじゃん」


 校門で可憐と出くわした。


「……」

「何よ、あんた私の事無視するの? このノート返してほしくないの?」

「あっ、やっぱり可憐が持ってたのかよ。くそ、返せよ」

「返してほしかったら親睦会来なよ」

「はっ? 俺は誘われてないだろ。それにただでさえ笑いものにされてんのにわざわざそんな場所に行けるかよ」

「あははっ、あんたがどうせ来ないって知ってるから」

「なら冗談でも言うんじゃねえよ」


 可憐はなぜか俺の隣を歩く。

 教室にいる時と雰囲気が違う。少し大人びた感じだ。


「あんたさ、もう子供っぽい事はやめた方がいいよ」


 可憐は真面目な口調でそう言ってきた。


「異世界の事言ってんのか? だから、俺は本当に異世界に行くって――」

「だから! それ、もうやめてよ! あんたバカなの? もう高校二年生なのよ! いい加減おとなになってよ! じゃなきゃ、私……」


 可憐の言葉が胸に突き刺さる。

 そんなに異世界に行きたいと願うのは駄目なのか?

 子供だから、大人だからって関係あるのか? 

 夢を追いかけて努力するのは駄目なのか?


 口がうまく回らない。なんて答えていいかわからない。


「い、いいからノート返せよ」

「……はぁ〜〜〜〜」


 可憐の大きなため息が俺に嫌なプレッシャーを与える。相手を見下すためだけのため息。すごく嫌な気持ちになる。


 可憐がノートを取り出した。

 そして、


「あんた、私とこのノートどっちが大切なの? あんた私の事好きだったでしょ? わ、私の方が大切だったら……つ、付き合ってあげても、いいのよ」


 冗談も大概にしてほしい。

 可憐は中学に上がる頃にはオシャレに目覚めた。同じクラスながら俺とは疎遠になり、高校にあがるまで一切話すことはなかった。

『可憐の幼馴染君って超ダサいじゃん。付き合ってたの?』

『マジ勘弁してよ。私はイケメンが好きなの。あんなオタクは勘弁してよ。友達でも幼馴染で無いわよ』


 あの時の言葉は忘れられない。淡い恋心は消えてなくなり、友達でもないと悟った。


 俺は異世界に行くために努力をした。それこそ血が吹き出るような努力だ。

 可憐はその努力を鼻で笑った。


「……冗談はいいからノート返せよ」

「……あっそ。あんたマジ最悪……トラックに轢かれて異世界行ってくればいいじゃん」

「あっ――」


 可憐は俺のノートを空高く投げつけた。

 ノートは突風によって流されていく。


 あのノートは幼い頃の大切な思い出が詰まっているんだ。あのノートがあったから俺は異世界に行けると信じていたんだ。可憐と一緒に森で拾った奇妙なノート。

 俺にとって唯一の異世界への手がかり――


 俺は飛ばされたノートを追った。


「ちょ、あんた危ないわよ!! マジでトラック来てるわよ!! 冗談だから、冗談だからやめてぇ!!!!」


 可憐の言葉が耳に入らない。

 俺はノートに手を伸ばしキャッチする。

 ブレーキ音が耳にこびりつく――


「いや、いや、やめて!!! 止まって!! 文哉!! 文哉ぁぁ!!!!」


 振り向くと大きなトラックが俺の目の前に存在していた。

 全てがスローモーションに感じる。

 なんてことはない、トラックに轢かれても異世界に行けないんだ。もう五回は試したから知ってる。


 後ろから可憐の悲鳴だけが良く聞こえる。

 お前は俺の事が頭がおかしい馬鹿な奴だと思ってるんだろ? 

 俺が死んでも悲しむ必要はないだろ?

 流星に告白されたんだろ? 昨日楽しそうに俺に自慢してきたじゃねえか。


 でもな、冗談でも轢かれろなんて言うんじゃねえよ。



 ――俺はとっさにかがんでトラックの隙間に入り込むのであった。













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