FLOWERs 〜オレのヒーロー編〜

兼本 実弥

第1話 俺がおまえのヒーローだ!

「えーん……えーん……えーん……

 パパァ……ママァ……

 えーんえーんえーーん」


幼い男の子が空が真っ暗な夜道を泣きながら歩いている。

右も左も、もういまどこを歩いているのかわからない状況で、ただひたすら夜道を親を呼びながら歩いている。


「どした?おい、おまえ迷子か?」


前の方から走ってきた少年に声をかけられた。


 街頭に照らされたその少年は、サラサラな髪でとても精悍な顔をし、首には十字に光る首飾りをしていた。


「パパママがいないの……、おうちがどこにもないの……どこにいったらいいかわかんないの……

 えーんえーん……もうわかんない……

 うわーーん……」


「そうかそっか。よしよし大丈夫だよ。

 もう泣かなくて良いよ、俺がついてる。

 俺が守ってあげるから」


「ほんと?」


「あぁ、今から俺がおまえのヒーローだ!

 だからお前が無事に家に帰れるまで守ってやるよ。

 ずっとそばにいる。だからもう泣くな」


「ほんと?」


「あぁ。俺を信じろ!な?良い子だから。

 じゃ行こうか」


ヒーローは、男の子の手を取り歩き始めた。

 大きな道路を渡り、川にかかった橋を渡りひたすら歩く。

 一体どれくらい歩いたのか、幼い男の子には長い長い時間に感じた。


 でも、どれだけ遠くまで歩いても、途方もない感覚で1人歩くのとは違って、格段に足取りは軽かった。

 ヒーローの手はとてもあたたかく、ヒーローの笑顔は悲しい気持ちをどこかにやってしまうかのように男の子を笑顔にさせた。




「こんばんは」


2人は交番までやってきた。


「はい、どうしました?」


 奥から大柄の警察官が3人出てきた。

 男の子は突然現れた警察官に囲まれ怖くなって再び泣き始めた。

 何も話せなくなった男の子に変わってヒーローが説明をする。


 ヒーローとの話が終わると1人の警察官が肉まんを買ってきてくれた。


「こんな寒い日に大変だったね。

 いまから家族に連絡とってあげるからね。

 さぁ、これでも食べて待ってよう」


 大きな肉まんが2個。

 どうしたらいいのか、食べ方すらわからない男の子がジッと見てると


「俺と半分こにしようか?」


 そういってヒーローは、肉まんを半分に割って片方を男の子に渡した。

 ヒーローが大きく口を開けてガブっと食べてみせる。

 男の子はその様子を見て、真似っこして食べてみる。


「おいしい」

「うん、美味しいな」

「そうかそうか!美味しいか!よかった。たくさん食べていいよ」

「ありがとうございます」


 さっきまで泣いていた男の子が笑顔で言えたお礼に、その場にいる警官たちもニッコリ。


 食べ終わるとヒーローはまた男の子の手を握っててくれた。お腹も満たされ、安堵もし、ここまでの疲れもあってあっという間に男の子はヒーローにもたれかかって眠ってしまった。



 目を覚ますとそこには、男の子の父母が迎えに来ていた。母は涙を流しながら男の子を抱きしめる。

 男の子は、抱きつくということもなく、ポカンと両親を見ていた。

 そして家に帰れるということよりも、ヒーローと離れることの方が悲しかった。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


男の子は、ヒーローにしがみつく。


「大丈夫、また会えるよ。

 俺はお前のヒーローだから、つらい時や悲しいとき、ここぞって時は助けに行くよ。

 だから俺のことを忘れるなよ?

 今度会った時は、いっぱい遊ぼうな、海斗」


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」





 これが、おれ落合海斗4歳と、ヒーローとの最初の出会いだ。

 俺の幼少期最初の記憶だ。

 そしてヒーローに会った最後の記憶でもある。






 11年後の春。


ドン!ドン!

「かいとにーちゃーん!おきてーー」

「かいとにーちゃーん!!」


目覚ましが鳴る前から小さな怪獣が俺の体の上に乗ってきて起こす。


「おぅ……起きたからもう……大丈夫、りゅう、けん、降りてくれ……あっちに行っててくれ」


「ほんとにおきたー?

 かいとにいちゃんとあさごはんいっしょにたべたいからはやくおきてよー」

「おきておきてー」


「あぁすぐ行くよ、だから下で待っててくれ」


 2人の怪獣が去ってから俺は起き上がり準備を始める。

 今日から俺は高校生になった。入学式初日だ。

 真新しい制服に袖を通し、髪をいつもより入念にセットして一階に降りていくと、たくさんの声が聞こえてくる。


 我が家は同敷地内で児童養護施設をやっている。そのため24時間365日休みなしで親たちは活動していた。

 そんな家で唯一の息子が俺、落合海斗。

 親の活動は偉いとは思うが反抗期がまだ抜けきれてない俺は手伝いなどを自分からしようとはしなかった。

 食事は施設のみんなと同じ場所に用意されているので仕方なくご飯を食べるときだけ子供たちと一緒に食べ世話をするのだ。

 施設には4歳から17歳までの利用者が現在12名いる。毎朝戦争状態だ。もちろん親だけでは無理なので数人のスタッフもいる。


「おはよう、かいくん。今日はおめでとう。」

「おめでとう」


みんなから言われる。俺はペコペコとお辞儀をしながら自分の席に座る。



「海斗、放課後のことだけど……」

「わかってるよ、手伝えってことだろ?」

「ごめんね、人手が足りてなくて」


 俺は母の顔を見ずにさっさと朝食を食べる。

 高校受験のために塾代や入学金など、かなりの金額を負担してもらう代わりに、高校生になったら施設の手伝いをすることを約束していたのだ。

 早速今日からその手伝いをすることになる。


「海斗あと入学式のことだけど、今日もごめんね、1人でいかせることになって……」


母親が謝ってきた。


「別に良いよ。いつものことだし」


 普通の家なら入学式くらい親がついてくるのだろうが、我が家は我が子よりも預かってる子たちが優先。さらに、地域の役員もしているからどうしても学校行事となると日程がかぶる。

 俺は、預かっている子供達と同じ学校へは行かない方がいいだろうと思い、1人いつも学区も違う学校に通学していた。なので両親が入学式や卒業式にも来たことはないのだ。

 幼い時はそのことで悲しんだり、施設を恨んだりしたこともあった。

 だがもうそんなことで悲しむような年齢ではない。



 海斗は1人学校へと向かった。





「かいちゃん!こっちこっち」


 さらに、海斗が悲しまなくても済んでいるのには理由がある。

 学校の校門前に祖母が立って待っていた。

 両親に変わって東京住まいの祖母が式典のためにいつもかけつけてくれているのた。施設の他の子の手前、内緒で参加してくれていた。

 

「おばあちゃん、いつもありがとう」

「なーに。私はかいちゃんの成長を見るのが楽しみなんだから。

 かいちゃん、今日は本当におめでとう。おばあちゃん嬉しいわ。

 けどこんな進学校にきて大丈夫?勉強大変になるんじゃない?」


「大丈夫だよ。俺頑張るから」


おれは、祖母と式典を滞りなく終えた。


1年B組。

 今日から1年間通うクラスだ。

 教室に入る。みんな知り合いが少ないのか大人しく席についている。俺も自分の席に座り後ろの席の人に挨拶をした。


「落合海斗です。よろしく……」


その人は伏せっていたが俺の言葉で体を起こし、顔を俺に向けた。

その瞬間、俺は子どものころに助けてもらったヒーローを思い出した。雰囲気がとても似てるのだ!


「えっと俺は……」

「ヒーロー?あのときの!」

思わず叫んでしまった。


「?? ヒーローって?

 ごめん……どこかで会ったっけ?

 てか俺そんなんじゃないです。若林京介っていいます。よろしく」


「あぁ、ごめんなさい。

 子どもの頃に助けてくれたヒーローになんとなく似てたんで……」


「なんかすみません、違う人で」


「あ、いや、俺の勘違いなだけだし。すみません」

お互い可笑しくなってきて笑ってしまった。



 これが、俺と京介の初めての出会いだ。

 高校で初めて話したクラスメイトで、初めての席の後ろの人で、なんとなくヒーローに似てるから勘違いした相手で、高校ではじめて出来た友人。

 それが京介なのだった。

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