第25話 出迎え魔女

 フレスタの教会に戻る頃には、すっかり日が暮れていた。


「おお! モニクさんたちっす! お疲れさまっす!」

「無事そうでよかったです」


 教会へと帰る俺達を迎えてくれたのは、アギとラギの二人だった。


 俺達は本当に疲れきっていた。モニクさんは必死の形相でどうにか談話室まで辿りつくと、床の上でガチャンと横になった。流行病に久々の実戦、あと金属製の装甲と大剣が重かったのが実はかなり堪えたらしい。


 そしてリリカは、俺の肩に顔を乗っけてすうすう寝息を立てている。

 疲れ果てたリリカをおんぶし続けた俺の外套の肩部分はリリカの唾液まみれだ。洗うのが勿体ない。いや聖水的な意味でな。寝かせたままべりっと剥がし、モニクさんの横に寝かせた。


「ささ、クズちんも座って休んでるっすよ。すぐにお茶を入れてくるっす」


 たたたーとアギが小走りで水場に向かっていく。相変わらずフットワークが軽い。というか、この子も流行病のはずなんだけどな。


 まあいいか。

 ここは言葉に甘えて、休ませてもらうとしよう。

 テーブルに座って一息つく俺。


「…………」

「うわぉ!?」


 気がつけばラギが俺の隣の椅子に座っていた。

 ゴブリン人形に顔を埋め、俺のことをじとっと見上げている。なんというか、やけに距離も近い。なんで正面じゃなくて隣に座る。


 いまいちつかみどころのない子だけど、そういえば今日の朝は俺達のことを気にして見送りに来てくれたんだよな。色んな餞別付きで。

 無事に帰ってこれた今だからこそ、改めて礼を言っておく。


「今日は色々ありがとうな」

「うちはなにもしてないです。お礼ならゲーニッツ君に言うです」


 ラギが両手で控えめに持ち上げたのは、ゴブリン人形のゲーニッツ君。

 でもゲーニッツ君が何かしてくれたわけじゃないしなあ。


「ゴブリン図鑑も意外と役に立ったぞ。というか面白いな、これ」

「見せるです」

「まだ五種類くらいしか集まってないけど」

「『ビラムの森』だと五種類がいいとこです……おお、『つぼゴブリン』に出会えたですか。結構レアな奴です。出会えた幸運に感謝するです」


 リリカは壺に入れて連れ去られかけるという不運な目に遭ってたけども。


 ラギが登録されたゴブリンを順番に確認していく。俺も『ビラムの森』探索を振り返りがてらそれを横から覗き見る。一通り確かめ終えると、ラギはどこか満足したようにゴブリン人形をぎゅっと抱いた。


「このゴブリン図鑑はアストラルドに存在するゴブリン百五十一種が全て網羅されてるです。図鑑はこのままクズたんにあげるですから、全種類制覇を目指すです」

「えっ。いいのか? やった」


 しかしゴブリンが全て網羅、か。

 じゃああの黒いゴブリンは――


「くふふふ。どうしたですか。驚いて声も出ないですか」

「ああ、いや……なんか百五十一の喜びと夢がありそうだと思ってな」

「百五十一の思い出めざしてがんばるです」


 元ネタ知ってんの?


 ほどなくして、アギがお茶を持ってきてくれた。

 フレスタ教会お馴染みの小麦茶。

 香ばしい匂いとほどよい甘味が、心と体を芯から温めてくれるようだ。


 まだゴブリン図鑑を熟読するラギを横目で見ながら、テーブルの対面で小麦茶をすするアギに声をかける。


「ゴブリン好きなんだな、ラギは」

「うひひひ。そうっすね。ゴブリンになるのがラギちんの夢っすから」

「へえ、そうなのか……って、え? 今なんて?」


 聞き間違いだろうか。

 なにが誰の夢だって?


「あ、クズちんには言ってなかったっすね。うちら双子、元々は魔女なんすよ」

「は?」


 俺に謎の疑問を残したまま、また新たな謎が浮上する。

 このアギとラギがなにで、元々はなんだって?

 落ち着いて一つずつ確認する。


「双子? お前ら二人、双子だったのか」


 言われてみれば、性格とか素の表情は違えど、顔つきはどことなく似ている。

 身長とかは全く同じ感じだし、なんというか名前のノリも一緒だよな。


「それに魔女って。もしかして、あの『エンデリベウの魔女』か?」

「うひひひ。まさにその通りっす」


 魔女というのは、ようするに非公式に分類される魔術師。

 精霊との契約を前提とする公的に体系化された魔術を扱うのではなく、怪しいクスリを調合したり悪魔との交渉をしたりと、むしろ一般的には禁忌とされる研究を独自におこなっているとされる集団だ。

 西の大陸の奥深く、エンデリベウという地域に、今でもその末裔がひっそりと暮らしているのだという。


「だから色んな素材を混ぜ合わせて新しいモノを作ったりするのは、実はうちらの本業みたいなものなんすよね。『聖翼サンド』のソースも魔女時代の研究の賜物っす」

「おい、変なもの入れてないだろうな」

「で、ラギちんの方は聖翼教の薬学に興味を持ったんす。同じクスリでも魔女とは思考も領域も全然違うくて、何をやっても魔女っぽいものが出来上がってしまうらしいっすけど」


 大丈夫かこの双子。

 悪い子たちではなさそうだけど、ナチュラルに危ない気配がするぞ。


「特にラギちんが興味を持ったのが『ゴブリン化の薬』っす」

「……ゴブリン化の薬?」


 さらに不穏な響きの言葉が耳に入ってきた。


「魔女だった頃にちょっとした噂を耳にしたんすよ。なんでも、聖翼教では秘密裏に『ゴブリン化の薬』の研究がおこなわれてるって」

「ゴブリン化……人がゴブリンになるってことか?」

「みたいっす。そんなの聞いたらラギちん、黙ってられないすよね」

「そういやラギはゴブリンになりたいの? なんで?」

「だから同じく外の世界に興味を持っていたうちも一緒に故郷の村を出て、聖翼教を訪ねたというわけっす」


 つまり魔女である二人が聖翼教の使徒になった切欠がそれというわけか。

 聖翼教の教義に対する共感ではなく、あくまで根源にあるのは魔女としての探求心。

 この二人、聖翼教の使徒としてはかなり異質なんじゃないだろうか。


「……ん?」


 横から視線を感じたので見てみると、またラギが俺をじっと見上げていた。

 そして――ひしっと。

 俺の腰に手を回して抱きついた。


「お、おい! いきなりなんだよ!」


 落ちそうになったゴブリン人形を、俺が咄嗟に拾い上げる。

 しかしラギは何も言わず、俺の体に顔を近付けてすんすんと匂いを嗅いでいた。

 意味がわからないでいると、アギの方がなにやら解説してくれる。


「ラギちん、クズちんのことが気に入ったようっすね」

「いや、だからなんでなんだよ……」


 そういえば『ビラムの森』に行く前もこんな反応されていたな。

 確か、いい匂いがするとかなんとか……そんなに匂うかな、俺。


「知ってるっすか? 人は罪を重ねたまま懺悔をしないでいるとゴブリンになるらしいんすよ」

「ああ、聞いたよ。聖翼教の教えなんだってな。それが?」

「うひひひ。で、ラギちんは罪の匂いを感じることができるらしいんすよね」

「罪の匂いぃ?」

「つまりラギちんからしたら、クズちんはゴブリンに近い匂いがするってことっす。ラギちんが気にいるわけっすよね~」

「はあ~~?」


 ラギがコバンザメみたいに俺の腰にしがみ付く。

 顔を俺の腰に深く埋めて、すーはー息を吸ったり吐いたりしていた。


「くふふふ。早くゴブリンになるです。ゴブリンになるです」

「だから怖いって! おいラギ、くっつくな! いいから離れろ!」


 叫びながらラギを引き離そうとする。

 しかしラギはびくともしない。い、意外に力あるぞこの子。


 ああ、もういいや。なんでも。


 そもそも疲れ果てていたことを思い出した俺は、ラギのことを早々に諦めて椅子の背もたれに体を預けた。

 力を抜いて浅い呼吸を繰り返しているうちに、強烈な睡魔に襲われる。



 罪を重ねながらも、決して懺悔することなく。

 やがて罪を重ねるだけの存在へと堕ちたもの。

 

 それがゴブリン、か。



 ――まさに今の俺じゃねえか。



 朦朧とした意識の中、そんな考えが頭をよぎりながらも。

 俺はいつしか眠りに落ちていた。






 薬はベリウスの手によりすぐに完成、瞬く間に町の人たちの手に行き渡った。

 それから一週間もしない間に、流行病は落ち着きを見せていく。

 こうして町を悩ませていた流行病、そしてフレスタ教会が抱えていた最も大きな問題がひとまずの解決を迎えたことになる。


 司祭の事故による不在以降はかなり怪しくなっていた教会の運営も、これで少しは軌道に乗り始めるのではないか。そんな前向きな気持ちも、使徒達の間に少しは生まれていたことだろう。


 しかし前の世界で読んでいた本の影響か、俺だけが不穏な空気を感じ取っていた。


 ――あ、これフラグじゃね?


 つまり、こういう前向きな時にこそ新たな波乱が起こるのではないかと。



「な……なんですって。もう一度、言っていただけませんか?」

「ふむ。大事なことだからね。改めて説明させてもらおうか」


 とある日の朝。

 談話室にて、フレスタ教会の使徒達がいつものように朝食を囲っている時のこと。

 同席していた一級使徒ベリウスの一言が衝撃をもたらした。


「僕がこの教会を訪れた本当の理由は、フレスタにおける状況の視察と判断及び後処理。君達を騙すつもりは無かったのだがね。立場上、事実を明かすことで混乱を招くわけにはいかなかったのだ。そこはどうか、理解してほしい。ベロベロベロ」


 呆気にとられるフレスタ教会の使徒達。

 テーブルにはパンやスープなどの朝食が並ぶが、誰もが手を止めている。

 ベリウスだけが落ち着いた様子で、皿に残ったソースをベロリと舐めあげた。


「ベロベロベロベロ……さて、その上で判断したところ……教会を訪れる者の数は決して多くなく、その必要性は低いと判断。施設の老朽化も激しく、一番の課題であった流行病も終息しつつある。そろそろ頃合いだろうと考えたのだ。つまり」


 そして、告げられる。

 フレスタ教会の運命をどん底に突き落とすかのような、決定的な一言が。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る