ただのおっさんの俺は、毎日電車で隣に座ってくる女子大生が推し配信者だと気がつかない。

AteRa

第1話「出会い」

 俺の唯一の癒やしは、通勤中の電車の中で見る『サオリ』の配信だった。

 コメントもせず、ただボンヤリと眺めているのが好きだった。


 あまり大きなコミュニティーではなく、こじんまりとした配信だ。

 毎日集めているのは100人前後。

 俺が彼女を発見したときは10人もいなかったから、成長しているのだろう。


 生まれてから36年、俺に子供も妻も居ない。

 ただ毎日会社との往復。

 そして上司にどやされて終わる日々。


 そんな日常の癒やしが、『サオリ』だった。


 コメントはしないが、一応サブスクは送っている。

 それで美味しいご飯を食べてくれていると、嬉しいよな。

 毎日、癒やしてくれているお礼も兼ねていた。


 ちなみに俺の朝は早い。

 電車が満員になるよりも早い。


 だからギュウギュウの電車に乗らずに済むのは、まあ唯一のメリットだろう。


 今日は四月で、チラホラ真新しい制服に身を包んだ少年少女が歩いている。

 いつもの見慣れた人たちの中に、新しい人たちが混じっていた。


 こんな早朝に電車に乗る人は限られる。

 だから大抵は顔ぶれが同じになるのだが、今日は少し新鮮だ。


 おそらく部活とか何だろうなとか、これから顔なじみになっていくんだろうなとか考える。


 そんなとき、俺が定位置に座っていると、隣に座ってくる少女がいた。

 女子大生くらいだろう、ふわふわした感じの、とても可愛らしい少女だった。


 俺は加齢臭が匂わないか気になって、少し距離を取る。

 そしていつものように『サオリ』のアーカイブを開いた。


「……なっ!?」


 すると、隣から小さく驚きの声が上がった。

 不思議に思ってそちらを見ると、マジマジとその女子大生がこちらを見ていた。


「ええと……」


 俺は困惑してしまう。

 そんな困っている俺を見て、その少女は慌てたように手を振った。


「あっ、す、すいません! いきなりビックリしましたよね!」

「いいや、別にビックリはしてないけど……どうしたのかなとは思いましたね」


 そう言うと、彼女は考えるように視線を泳がせた後、こう聞いてきた。


「い、いえ、別に大したことではないのですが……その、配信ってよく見られるのですか?」

「え? 配信ですか? いや、別にしょっちゅう見る訳じゃないですが、この子だけは特別はなんです」


 俺が言うと、彼女は何故か頬を赤らめて俯いてしまった。


「そっ、そうですか。……面白いですか? その配信」

「うーん、面白いかは、よく分からないです。でも癒やされるんですよ。まったりしているというか」

「な、なるほど……」


 何故か視線を泳がせる少女。


「だから、感謝してるんです。彼女が配信してくれることに。サオリがいるから俺は仕事を頑張れるんです」


 真剣な俺の言葉に、彼女は顔を赤らめた。

 ……何でだろう?

 不思議そうに首を傾げていると、彼女は俯いていた顔を上げこちらを見てきてこう言った。


「じ、実は私もサオリさんの配信を見てるんですよ」


 それが、俺と女子大生の佐伯さんとの出会いだった。

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