第二三話 東京侵攻

 1942年6月5日。


「いつまで続くんだろうな、この睨み合い」

「さあな、でも、少なくともお偉いさん方が話し合ってる間は、同僚同士で殺し合わなくて済むんだ、良いことだろう?」


 大日本帝国に所属する二人の兵士が、新潟県の海岸沿いを巡回しながら、そんなことを言い合っていた。


「そんなこと言ってもよ、いつまでも日本が二分化されてるのもどうかと思うぜ」

「まあ、俺らは正直流されてこちらの陣営についちまったからなぁ。正直、正面からやり合ったら、日本国軍には勝てないよな」


 この頃になると、大日本帝国軍の兵たちも内戦疲れが発生しており、とりあえずいち早い統合をと、皆口々に言うようになっていた。


「あー、早く地元の大阪に帰って、美味いお好み焼きが食いてえなぁ」


 そう一人の兵士がぼやいた時だった。


「ん……? あそこ、何か見えないか?」

「んん? ありゃ軍艦と輸送船じゃねえか?」


 二人は数秒間沈黙して、艦隊を見つめていたが、ある重大なことを思い出した。


「なあおい、大日本陣営は駆逐艦数隻しか持ってないって話だったよな?」


 二人の視線の先には、明らかに数十隻の駆逐艦に、戦艦級の大型艦も見える。


「そう言えばよ、俺たち内戦が始まる前、支那と戦争やってたよな」

「ああそうだな……」


 艦隊に掲げられる旗は旭日ではなく。


「それって、まだ終戦も停戦もしてなかったよな」

「ああ……そう、だな」


 白日旗中華民国旗だった。


 この日、大日本と戦争状態が解決していなかった中華民国が、新造艦と輸送船を新潟岩船港周辺に浮かべ、強襲上陸を仕掛けて来た。

 その数約11個師団、弱った大日本を蹂躙するには十分すぎる数だった。


 これまで大陸で受けて来た戦争行為の憂さ晴らしをするがごとく、中華民国軍は北陸一帯へ進軍、瞬く間に青森から福島を占領した。この時、躊躇なく日本の歴史ある建物や民間住居地を攻撃する動きを見て、ブランドは危機感を募らせていた。




6月22日、栃木県日光東照宮防衛ライン。


「敵歩兵群来ます!」

「擲弾用意! 撃て!」


 山を越え、まさに波のように突撃してくる歩兵の群れ目掛けて、東照宮防衛隊の面々は、『八二式重擲弾筒』を叩きこんでいく。


「第二射撃用意! 撃て!」


 日光東照宮は、関東圏を守護する最初の重要防衛拠点であり、ここに展開するは約2000人の2個大隊、対して、攻めて来る中華民国軍およそ3個師団。戦力差は明らかであった。


「小銃隊構え!」


 しかし、大日本軍の兵士たちは、さらさら負ける気など無かった。


「撃て!」


 迫ってくる人肉の群れに小銃弾が一斉に叩き込まれる。俺たちの東照宮は渡さないという気迫をそのまま相手にぶつけているような、まさに鬼気迫る連撃だった。

 だが中華民国軍の突撃は止まらない、数にもの言わせ、突っ込んでくる。


「各員着剣!」


 それを見て、守備隊隊長は大声でそう命令する。すると、一同は息の揃った動きで、腰より銃剣を抜き、各々の装備の先端へと装着する。


「行くぞお前ら! 俺たち地元民の手で、この遺産を、日本を守るんだ!」

「「「「応!」」」」


 気合十分な雄叫びを聞くと、隊長は腰より軍刀を抜刀し、剣先を人肉の群れに向ける。


「全員、突撃!」

「「「「「天皇陛下! 日光東照宮! バンザぁぁぁぁぁぁぁぁあイ!」」」」」


 隊長が走り出すと同時に、銃を構えていた兵士たちが突撃を開始する。これこそ、後に万歳アタックと世界中で語り継がれるようになる、捨て身の攻撃であった。

 関東圏の重要文化財を拠点として存在した防衛隊は、主にその地元出身の者達で構成されていた。そのため、その防衛隊の士気は凄まじいものであり、自身らが愛してやまない地元の誇れる遺産たちを守るため、まさに一所懸命に戦った。


 しかし、その努力も永遠には続かず、じりじりと北陸より戦線は南下していった。 

 栃木県が制圧されると、平地の多い関東平野へと中華民国は進出、英、独、仏、ソからの輸入品や日本の鹵獲戦車などで構成された機甲師団が、日本軍歩兵に猛威を振るった。


 6月29日、日本国軍参謀本部。


「本日、我が国の大統領から、即刻攻撃を開始し、東京、特に皇居を手中に収めろ。という内容の電報が送られてまいりました」


 栗林中将や今村中将を始めとした、日本国軍の将階級の者たちが集まるここで、ウェインライト少将は、ブランドからの電報の内容を伝えた。


「そこで私は、皆さま方の承諾なしに7月2日にはエンペラーガードマン皇帝守護兵作戦を実行、攻撃を開始します。……恨み言は無しですよ、現在の中華民国に皇居を渡してしまえば、何が起こるか一目瞭然です」


 その言葉に、栗林中将は思いっきり机を叩き、叫びをあげる。


「あああああああああっ! クソ、クソぉ! ああああああああああああ!」


 栗林の動作に、一同は驚愕の表情を浮かべる。栗林は温厚な性格であり、常に冷静沈着で優秀な指揮官として皆認知していたため、ぐしゃぐしゃの表情でこんな叫び声をあげるとは思っていなかったのだ。


「今村中将」

「はい」


 大きく息を乱しながらも、栗林中将は冷静な声で命令した。


「すぐさま師団を整理し、少将殿と同時に攻撃を開始せよ。下士官たちの説得は、今村中将に任せる。私は片山殿たちにこの話を通してくる」


 そこからの日本国軍の行動は早かった。今村中将率いる第一軍団18個師団と牛島中将が率いる第二軍団5個師団、計23個師団が7月1日に戦闘配置へとついた。

 片山臨時総理が大日本帝国代表の東条英機に対して、会議の打ち切りを通達すると、翌日の7月2日午前1時00分、アメリカ軍と同じタイミングで、一斉に攻撃を開始した。


 ある程度状況を察していた大日本軍の武田神社守備隊、諏訪神社守備隊は、神社の入口までは徹底抗戦を行った。しかし神社内に日本国軍が侵入すると、神社の安全を確保する代わりに、自ら降伏を申し出た。

 日本国軍が進軍する先々の守備陣地、三峰神社や小田原城、鶴岡八幡宮などで同じ行動が見られた。



 7月6日、鶴岡八幡宮。


 小銃を持った歩兵たちが、舞殿のある広場へと入り込んでいく。すると、小銃のストックを地面に立てながら持ち、一列に並ぶ鶴岡八幡宮守備隊の面々が居た。列を作る兵たちの中には、包帯を巻いたり松葉杖をついたりと、満身創痍の者も多かった。

 入り込んでいた日本国軍は、銃口をその列に向け、じりじりと距離を詰める。


「各員、横帯陣を引け! 周囲の警戒を怠るな!」


 突入隊を率いていた中隊長がそう号令を掛けると、一同は銃口を下ろさぬまま、守備隊と向かい合うように横帯陣を組む。

 組み終わると、中隊長が銃口を下ろし、横帯陣の前へ立つ。


「私は、第一軍団第145師団所属、第28中隊中隊長、佐々木恭一郎である! 守備隊の諸君らはよく戦った、しかしすでに決着は目に見えている、潔く投降せよ! 我らは諸君らが自害することを望まない。諸君らは、全てが終わった後、再び日本国へと尽くす義務があるからである! よって、決して早まらず、小銃をその場に置きたまえ!」


 隊長の一声に、守備隊の中から一人の年老いた男が出て来る。


「私は、鶴岡八幡宮守備隊隊長、大村智晴宮司である! 我が方はこの神社の破壊を望まぬ、また、血で汚れることも望まぬ。よって、我らは武装解除し投降する。そのため、まずはその銃口を下ろしてもらいたい」


 宮司と名乗った男は、持っていた小銃をその場に置き、そのように言った。


「……承知した。各員、銃を下ろせ」


 その号令で、中隊の面々はゆっくりと銃口を下ろし、それを見た守備隊の兵たちは、持っていた銃火器を地面へと置く。


「我ら鶴岡八幡宮守備隊は、降伏する」


 もう一度、宮司がそう言うと、中隊長は小銃を肩に掛け、掠れた声で言葉を零す。


「戦闘……終了……」


 涙を流しながら、続ける。


「各員、負傷者の手当てを、それから……なき戦友の弔いを」


 そう号令をかけると、並んでいた兵たちも小銃を肩にかけ、一斉に守備隊の面々へ走り出していく。


「すまねえ、すまねえ」

「ごめんなぁ……ごめんなぁ」

「謝るな、お前たちは悪くない、悪くないんだ」


 走り出した日本国軍の兵たちは、守備隊の兵たちと互いに抱きしめ合い、謝り続ける。負傷者たちは、日本国軍の持ってきた医療用具で治療され、死者たちを弔う石碑が大銀杏の根本に設置される。その石碑には、日本国軍、大日本軍関係なく名前が彫られた。


 誰だって、同じ国の民同士で殺し合いなどしたくない。ひとたび戦闘終了の号令が出れば、もう敵同士ではない、傷を負った同じ大和民族なのだ。

 

 太平洋側の進軍は、そのように進んでいったが、北陸の方へ足を進めていた者たちは、悲惨な光景を目にすることとなった。



 同日、春日山城跡。


「なんだ……これ」


 日本海側から関東を覆うように進軍していた第二軍の兵士たちは、上越へと辿り着いた。そこで見たのは、荒らしつくされた農村と滅茶苦茶にされた歴史的建造物。

 有名な上杉謙信の像も、跡形もなく粉々に砕かれていた。城跡のため天守閣などはないが、春日山神社、お堀などは、見るも無残に砲撃の後が残るだけとなっていた。


「おい、山頂見てみろよ」

「あの旗は……」


 一人の兵が指をさす方向に翻る旗は、


「支那だ……支那の奴らだ!」


 悔し気に小銃を握りしめ、奥歯をギリギリと噛みしめる。

 

「……ここで後悔してもしょうがない、大隊長に状況を報告して、先に進もう。中華の奴より早く進軍するんだ……こうなる土地を少しでも減らすために」


 第二軍は、北陸を進軍する間、一日も進軍を止めることは無かった。目の前に広がる惨状が、止めることを許さなかったのだ。

 遂には、中華民国軍の進軍に追いつき、死に物狂いで抵抗する元同胞たちへと、涙を流しながら銃剣を突き刺し、機関銃の引き金を引いた。そのおかげか、日本国軍は中華民国が落とすよりも早く、守備陣地を攻略していった。


 日本国軍、アメリカ軍の侵攻速度は日に日に増していき、侵攻を再開した7月2日から8日後、7月10日には、東京へと戦線は迫っていた。

 なんとか中華民国の進撃に蓋をするように戦線を引き、中華民国軍が東京へ進軍できない形を取ることができた。その状況に、ブランドを始め、多くの者達が安堵していた。


 そして……。

 7月11日4時40分。日の出とともに日本国軍は侵攻を開始、その動きを見た大日本帝国軍も持ち場に付く。

 第二軍が荒川防衛線へ、第一軍が明治神宮防衛線への攻撃を開始するラッパの音によって、日本内戦最後の戦い、帝都攻防戦の幕が切って落とされるのだった……。

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