第42話 安堵するお姉ちゃん

 綺麗な青空が広がる中、私たちはショッピングモールの近くの噴水の前で待ち合わせをした。少し早めにひまりと二人で家を出たのだけれど、先に着いていたようで、水の吹き出す噴水の脇のベンチに、莉愛ちゃんが日傘をさして座っていた。


 私たちも流石に日差しが強いからということで、日傘をさしていた。もちろん、相合傘だ。


「お待たせ。莉愛ちゃん。待たせちゃってごめんね」


「……いえ。でも私、来ないほうが良かったんじゃないかしら?」


 私とひまりは傘の柄を二人で、手を重ねて掴んでいる。


「いやいや。そんなことないよ。今日は莉愛ちゃんに話したい事もあったしね」


「話したい事?」


「でもとりあえず、ここは暑いからショッピングモール入らない?」


「……分かったわ」


 私たち三人はショッピングモールに入った。その中で、莉愛ちゃんはさっきからずっと真剣な表情で考え込んでいる。かと思えば、突然、とんでもないことをぼそりとつぶやいた。

 

「……あ、もしかしてひまりと凜が結婚するとか?」


「「えっ!?」」


 ひまりは顔を真っ赤にしている。私だって、顔がすごく熱い。


「そ、そんなことないよ。まだ結婚は早いというか、ね? お姉ちゃん」


「う、うん。年齢的にまだ結婚は……、ね?」


 莉愛ちゃんは照れあう私たちをとても気まずそうにみていた。


「だったら何なのよ? 私に話したいことって」


 私とひまりは顔を見合わせて、頷き合う。


「単刀直入に言うと、莉愛ちゃんに告白してもらいたいんだ」


「えっ? 誰に?」


「もちろん紗月にだよ」


「は!? な、なんで私がお姉ちゃんに告白しないといけないのよ!? あんな、鈍感女に!」


 莉愛ちゃんも顔を真っ赤にしていた。


「そもそも私、お姉ちゃんのことなんて好きじゃないのよ? あんな、百合百合した作品を楽しんで鼻の下伸ばしてる人」


「でもいざという時はかっこいいんだよね」


 私が付け足すと、莉愛ちゃんはうんうんと頷いていた。


「そうね。不良に絡まれた時は颯爽と現れて助けてくれたし。って、そうじゃないのよ! 私はお姉ちゃんなんて、好きでもなんでもないわよ!」


 頑なに否定しようとする莉愛ちゃん。


 私たちは仕方なく頷き合って、恐怖でもって矯正することにした。


「紗月ってクール系の美人だから、結構な人が恋愛感情抱いてるんだよね。同じ学校じゃない莉愛ちゃんは分からないかもだけど、実はモテモテなんだよ?」


 そう告げた瞬間、莉愛ちゃんはとても不安そうに眉をひそめる。


「……えっ?」


「もしかすると、すぐにでも誰かと付き合い始めちゃうかもねぇ」


 ひまりも私に同調して、追撃してくれた。莉愛ちゃんは絶望の表情をしていた。


「……そんな。お姉ちゃんのこと好きでいられるのなんて、私くらいだって思ってたのに」


「やっぱり好きなんだ」


「……そうよ。好きよ。……でも、きっと私なんかが告白してもお姉ちゃんは」


 莉愛ちゃんはうつむいてしまった。私は莉愛ちゃんの背中を撫でてあげる。ひまりは心配そうに問いかけていた。


「どうしてそう思うの?」


「だって、私、お姉ちゃんにずっときつくあたってたから。この間も、歯ブラシ、私の使われて「キモイ」って言っちゃったし。……本当は嬉しかったんだけど」


「「えっ?」」


「な、何でもないわよ!」


 莉愛ちゃんはツンデレだもんね……。遠巻きに見る分には微笑ましいけど、でも本人からすると、素直に好意を伝えられないというのは、苦しいことのはずだ。


「私が思うに、紗月は莉愛ちゃんのこと好きだと思うんだけどねぇ」


「……根拠はあるの?」


「うん。この間も、莉愛ちゃんと手が触れあっただけでドキドキする言ってたし」


 その瞬間、莉愛ちゃんはニヤニヤした。私たちが微笑ましい視線を送ると、すぐに「なによ!」といつもの不満そうな表情に戻ってしまったけど、少なくとも希望は戻ってきたみたいだった。


「……私が告白したら、受け入れてくれるのかな?」


「きっと受け入れてくれるよ」


「でもどうして、私の恋をそんなに二人は応援してくれるの? 分からないわ。だって姉妹の恋よ? 二人は義理の姉妹だから結婚とかできるけど、私は……」


 女性同士の結婚が可能になったとはいえ、紗月と莉愛ちゃんは血がつながっているから、結婚はできない。でもそれでも、戸籍としてのつながり以上に、お互いの気持ちを繋ぎ合わせるのは大切なことだと思うから。


「だからって、気持ちを伝えないのは間違ってるよ。報われないわけじゃない。みんなが認めてくれなかったとしても、お互いがお互いを愛している。それを確かめ合うことが一番大事だと私は思うよ?」


 すると心を動かされたのか、莉愛ちゃんは、こくりと頷いた。


「……そうね。私、頑張って告白してみるわ。私もお姉ちゃん、他の人になんて取られたくないしね」


 それから私たちはショッピングを楽しんだり、カラオケで歌を歌ったり、ボウリングをしたり、たくさん楽しんだ。別れる頃になると、空は夕焼け色になっている。


 別れ際、莉愛ちゃんは真剣な表情でなにか考え込んでいた。だけどすぐに意を決したような表情で、私たちにお辞儀をしてきた。


 きっと莉愛ちゃんは今日告白するのだろう。


 私はひまりと見つめ合って、莉愛ちゃんの告白が上手く行くことを祈った。


 その翌朝、月曜日、教室で紗月はニコニコしていた。私は微笑みながら問いかける。


「どうしたの? 紗月」


「それがね。莉愛に告白されたんだよ。好きだって」


「良かったじゃん」


「うん。まさか、私のこと、本当に好きだったとは」


「大切にするんだよ?」


「うん。絶対に大切にするよ」


 10年後も、20年後も、もっと先も。


 そうささやく紗月に、私は自分の未来を重ね合わせた。


 私も絶対にひまりを大切にする。幸せな人生を送れるように頑張るのだ。ひまりの幸せこそが、きっと私の幸せにもつながってると思うからね。


 こうして私の青春の一幕は、終わりを迎えたのであった。


 もちろんそれからの高校の2年間も、大学の4年間も楽しかったよ? だけど密度で言えば、1年の冬から2年の春には及ばない。あの時期は激動の季節だった。そして私の人生で一番大切な時間だった。


 そう、10年経った今でも心から思う。

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