第20話 百合じゃないお姉ちゃん

「えっ。ちょっとこの問題はわかんないね」


 一応、紗月はクラスで一番をとることもあるくらい賢いのに、それでも分からないらしい。でもひまりはその紗月ですらわからない問題を、少し唸っただけで完璧に回答していた。


「えっ。ひまりさん賢すぎない……?」


「だって、私、天才だから」


 ひまりは私に目配せをしてくる。


 私はひまりに微笑んで、ひまりを後ろから抱きしめた。


「私の自慢の妹です」


「くっ。見せつけてきやがる……」


 紗月はどこからか取り出した白いハンカチを噛んでいた。


「私の妹と本当に交換して欲しいですよ。ひまりさん、私の妹になってくれませんか?」


「ごめんなさい。私、お姉ちゃんの妹なので」


「ぐはっ」


 紗月はオーバーリアクションで床に倒れてしまう。それを私とひまりは微笑みながら見下ろしていた。


 そんなじゃれ合いを繰り広げながらも、ひまりは勉強に集中していた。解き終わった問題を私が採点すると、ほとんど正解でもう、なにも手伝う必要がないくらい完璧だった。


 夕方になって、紗月は「そろそろ帰らせてもらいます」と口にした。


「ばいばい。紗月さん」


「じゃあね。紗月」


「またくるねー。楽しみにしてますね! ひまりさんの次の作品!」


 そうして紗月は帰っていった。二人きりになったリビングでひまりが口を開く。


「あ、そうだお姉ちゃん。今度作るアプリはその……」


 ひまりは顔を伏せてなにかを言い淀んでいるようだった。


 私は迷わず問いかける。


「どうしたの?」


 私はずっとひまりが私にお姉ちゃんを求めていないものだと勘違いしていた。その理由はしっかりひまりとコミュニケーションを取らなかったから。勝手な私の思い込みで全てを判断していたから。


 だからこれからはちゃんとひまりが何を思っているのか、問いかけようと思う。


「……その、次に作るアプリ、姉妹百合ものにしようかと思うんだけど、どうかな? 受験が終わってからになると思うんだけど……」


 姉妹百合か。ひまりの作るアプリは百合ばかりだ。理由は知らないけれど、それももしかするとお父さんの趣味だったのかもしれない。でも今となっては百合こそがひまりの持ち味となっている。


 歴戦の百合好き(紗月)ですら舌を巻くほどの名作をひまりは量産しているのだ。


「いいと思うよ? 姉妹百合」


「本当? ……お姉ちゃんも協力してくれる?」


 ひまりはとても不安そうな顔をしている。だから私は笑顔で頷いた。


「私にできることがあれば協力するから、なんでも言ってよ」


 そう告げると、ひまりは嬉しそうに微笑んでから、うつむいた。


「……ありがとう。そういえばお姉ちゃんも小説書いてるって言ってたよね?」


「うん。姉妹の絆の話を書こうかと思ってる」


「お姉ちゃんのそれも、百合?」


「たぶん違うかな……」


「……そっか」


 ひまりは残念そうにした。ひまりの部屋にはたくさん女の子同士の漫画や小説が並んでいた。きっとひまりは姉妹愛では満足できないほどの百合ジャンキーなのだろう。


 でも私は百合に関して無知だし、そもそも想像力が貧弱すぎる。


「私はひまりみたいに想像力がないから、やっぱり自分が経験したことしか書けないみたい。だからひまりと過ごしていく毎日を、小説にできたらなって思ってる。たくさん思い出を作って、九月に別れても寂しくならないようにしたいんだ」


「……そうだね。お別れしないとだもんね」


 もちろん私はひまりに留学なんて、正直してほしくない。離れ離れになりたくなんてない。でもひまりには才能がある。それに意欲もある。私みたいな、なにもない凡人が引き留めていい人ではない。


「お姉ちゃんと同じ高校に通えるように、私、頑張るね! 一緒の思い出たくさん作れるように」


「頑張って。ひまり」


「うん!」


 ひまりは自分の部屋に戻って勉強を始めた。私も今日あったことを小説にしたためた。これでは小説というよりは日記かもしれないけど、まぁいっか。

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