ずっと妹の夢をみていた

壊滅的な扇子

第一章 お姉ちゃんがお姉ちゃんにならないと決心するまで

第1話 妹の夢をみるお姉ちゃん

 私はよく夢をみる。真っ白な空間で、名前も知らない女の子に「お姉ちゃん。お姉ちゃん!」と慕われている夢だ。私が逃げると必死で追いかけてきてくれて、立ち止まると抱き着いてくる。そんな可愛い可愛い妹の夢だ。


 中学生くらいの女の子だろうか。私よりも背が低くて表情にも幼さが残っている。髪の毛は長くて、動くたびにさらさらと揺れている。真っ白な肌も、大きな瞳も、ちっさな唇も、全てが可愛らしくて、この子こそがきっと理想の妹なのだろうと確信するほど。


 私が見惚れていると、女の子はまるでハグをねだるみたいに私に両腕を向けて、笑顔を浮かべる。私は笑って、女の子を抱きしめる。すると耳元で女の子は悲しそうな声でささやくのだ。


「お姉ちゃん。また明日会おうね」


 その瞬間に、世界が暗くなっていく。私は名残惜しさを感じながらもお別れのあいさつを女の子に伝えた。やがて女の子はいなくなって、私一人、真っ暗闇の中に立ちすくむ。そしてこれが夢であるということを改めて実感する。


 耳障りな音が周期的に鳴り響いている。私ははっと目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む日差しがまぶしい。ベッドの上で小さくため息をついてから、目覚ましを切った。


 私には妹なんていない。小さなころからずっと「妹が欲しい」って両親に伝えていたけれど、それどころじゃないみたいだった。二人は私が物心ついたときから喧嘩ばかり。私は自分の部屋、ベッドの中で小さくうずくまって、怒鳴り声に怯える毎日を過ごしていた。だから妹の夢は救いだった。


 もっとも両刃の剣ではあった。夢はあくまで夢なのだ。目覚めるたびに失わなければならない。現実を生きていくうちに少しずつ夢の輪郭は失われてゆき、夢の中の妹がどんな顔をしていたかもあまり思い出せなくなっていく。それはとても悲しいことだった。


 現実に妹がいればこんな思いをしなくても良くなるのに、とは思うものの、現実的ではない。


 なにしろ私はもう高校一年生、十六歳だ。一年前に両親は離婚していて、今はお母さんと二人暮らし。妹はできないだろうし、仮に妹ができたとしても、私の願う姉妹像とは全く違う関係性になってしまうだろう。


 私は目をこすりながらリビングに向かう。するとそこにはいつになく真剣な表情をしたお母さんが座っていた。どうしたのだろう。私はあくびをしながら椅子に座って、朝ごはんを食べる。


「凛。話があるの」


「なに?」


 私が玉子焼きを食べていると、お母さんは衝撃的なことを告げた。


「私、再婚することにしたわ」


「へー。そうなんだ。……え?」


 私は玉子焼きを口にぶら下げたまま、じっとお母さんをみつめる。お母さんは相変わらず真剣な表情で、冗談をいっている風ではなかった。


「本気?」


「えぇ。本気よ」


 ぼとりと音を立てて玉子焼きがお皿に落ちた。再婚かぁ。確かにお母さんはいい年だ。まだまだ若々しいけれど、年を取るにつれて孤独が怖くなるというのは聞いたことがある。私も大学生にでもなれば家を出ていくだろうし、合理的かもしれないけれど……。

  

 うーん、と私は唸った。夫婦というものに対して、いい印象がないのだ。お母さんとお父さんはいつも怒鳴り合いの喧嘩ばかりしていた。離婚寸前ともなると冷たい空気が流れるだけになったけど、それはそれで辛かった。

 

 顔をしかめる私をみてどう思ったのか、お母さんは笑顔でつげた。


「妹が欲しいって、凛、言ってたでしょ?」


「……そうだけど、それがどうしたの?」


 私は首をかしげる。確かに欲しいけど、でも今さら感はある。だって私は今、十六歳だ。十六歳差の妹なんて、妹って感じはしない。


 でもお母さんはずいずいと私に顔を寄せてくる。きっと相手の人のことがとても好きなのだろう。必死な表情でこんなことをつげた。


「宮下さん、私の再婚相手の苗字なんだけど、娘さんが中学三年生の女の子なのよ! ね、いいでしょ? 再婚してもいいわよね?」


「……え? 中学生?」


 聞き間違えかと思って、私は問い返す。だってあまりにも都合が良すぎるから。夢の中に現れる女の子も中学生くらいの女の子で。まさしく私の理想そのものなのだから。


「そうよ。中学生の女の子! どう? 凛。お姉ちゃんになってみたくない?」


 お母さんが誰かと再婚するのは怖い。また相手の人と怒鳴り合いの喧嘩が起こってしまうかもしれないから。でもそれ以上に、妹ができるというのはとても魅力的だった。


「……なりたい。 私、お姉ちゃんになりたい!」


 私は狂喜乱舞したくなるのを抑え込みながら満面の笑みを浮かべた。

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