第50話 もどかしさ

 まるで収容所のような無機質な廊下にオレンジ色の光が差し込んでいる。


 何も飾り気のない廊下だからこそ余計静寂を強く感じる。もう時がゆったりと流れるような感覚。


 なんだかあっけなく拍子抜けだ。本当にあっけない。CAREを取り外すことはこんな簡単なことだったのか……と。一人になって気分が随分と落ち着いて不意に思った。


 こんな簡単に崩せる世界に僕らはずっといて、これからも一生縛られ続ける。そう考えると不思議で複雑でやるせない気持ちになった。


 だが、そんな悠長にそんな考えに耽る時間もない。


『よし、行こう』


 僕は心の中で強く念じ、教室のドアを開けた。


 静かな空間だ。そんな中を僕はツカツカと歩いていく。


 探す手間など必要ない。


 教室で一人、黒板じゃなく窓の外を見ていて、なおかつ薄ら笑いを浮かべず、表情につまらなさがつつみ隠さず現れている黒髪の女の子。


 沙織だって僕と同じじゃないか……。


 頬が緩んだ。


 沙織が見ている方向に視線を向ける。


 そこにはお世辞とも綺麗と言えない建物が並んでいる。だが、どれもがオレンジに染まっていた。とても懐かしい感じ。


 初めて現実世界を見たときとは違った感慨がこみ上げてきた。


 そういえば昔、夕日に照らされた景色は綺麗って言われていたっけ……。


 シンプルな街並みだからこそオレンジ色が映える。黒色とオレンジとのコントラストが現実的且つ幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「久しぶりだね」


 僕はそう言って振り返った。目の当たりにしたその懐かしい姿。胸が鳴って、肌の表面を心地よい痺れが走る。同時に頭の中に一気に沙織との記憶が巡り始める。


 何気なしに沙織から見て窓側に移動した。すると、まるでお互い見合わせているような構図になる。こうなると、ひょいっと沙織が視線を僕の顔に向けて笑ってくれるような気すらしてきて……。


 そんなことを考えてる自分が馬鹿らしくて、僕は顔が崩れていく。おそらく悲しげな笑顔を浮かべていたんだろう……。


「…ごめん」


 気づくとその言葉が出ていた。無効に聞こえるわけもない。でも、胸のつかえが緩くなった気がした。


 沙織の顔をじっと見つめる。これが最後になると思うと胸が痛む。


 もっと沙織のこと知りたかった……。散々迷惑かけて……助けられて……ようやく向き合う決意が出来たところだったのに……沙織に何もできていない……。


「本当にごめん」


 何度もその言葉が口から出ていく。


 でも、沙織には届いてないようでつまらなそうな顔はそのままでこちらを見ていて。


 謝りたい。面と向かって謝って話して、知りたい。


 そして、好きだから……。対面して今ある気持ちがどんどん強くなっていく。


 何も知らないのに何言ってるんだって話だけど……。


 それに今からすることも所詮は自己満足でしかない。自分が進むために……。果たして沙織のためになるのかが分からない。


 僕は机の上に無造作に置かれているタッチペンを握った。そして書き終えると僕は沙織から目を背けた。そして、一歩踏み出す。しかし、もう一方の足は簡単に出てこなかった。


 僕の中にもう一度じっくりと目に焼き付けたいという思いが込み上げてくる。でも、それを抑えた。


 駄目だ…………。


 でも……………。


 ここで振り返ってしまうと動けなくなる気がする。


 でも、ここでこんな短い時間で、離れたくない……。


 だめなのに………。

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