第43話 現実逃避

ドンッ、



 誰かと肩同士がぶつかって俺はようやく我に返った。



 あたりを見渡す。ここはどこだ? 



 くすんで汚れている広い道路に、辺りはなんだか古臭いビルばかりで……。こんな場所見たこともなかった……。



 なのに、周りの人が沢山いる。でも、いつもより服装がラフで、全体に小汚い印象があった。



 まるで自分は全く別の世界に来てしまったのかと思うほど。



 どこだここは……? 



 少なくとも近くにこんな人がいて、こんな町並み見たことがない。



 相当遠い場所まで来てしまっているんじゃ? 



 更に俺の後ろに丸くて白い見たことのない機械が数体いて、俺が歩くとウィーンと音を立て近づいてくる。



 色んな分からないことばかり……。またあふれ出しそうになって、頭を抱える。



 街並みなんてどうでもいい、どこにいてももうどうでもいい。ただ、どこかへ行きたい。誰にも見つからないような場所に。



 すると、見たことのないこの場所は自分にとって良い。そう考えると気分が軽くなる。もっと離れよう。



 もう全部が嫌だから。どこが嫌なのかすら考えたくない。ただ漠然と全てがいやで……。



 ただがむしゃらに進んだ。いつもは上手く躱せるのに、今日は何人にもぶつかった。



 その途中に歩道橋を渡り始める。



 否が応でも頭によぎってしまう。ここから飛び降りれば楽になるのではないか……。全てから解放されて楽になるんじゃないかって……。



 力なく柵の方まで歩いて行って、下を覗きこもうとした。



 途端に前回の記憶が鮮明に蘇って……。金縛りにあったように体中の筋肉が固まり、自分の意識では動かせなかった。上手く息が出来ない。柵を指先が真っ赤になるほど握っていて……。



「はぁ……はぁ……」



 ようやく体が動かせるようになる頃には、全身に細かい汗がびっしりと張り付いていて、息を荒く吐いていた。



 体には見なくとも感覚だけで分かるほど鳥肌が浮き出ていて、服の胸元から熱気が汗特有の酸っぱい匂いと共に上がってくる。



 小刻みに震え出した体を抱きしめるように腕を抱えると、出来る限りの速度で歩道橋の真ん中を渡った。



 一度飛び降りたからその時の恐怖が脳に刻み込まれている……。端の方にいるだけで脳天をつくような恐怖が込み上がってくる。



 歩道橋を降りる頃には肺はマラソン後のように疲れ切っていた。



 だが、そんな体の悲鳴を無視して進み始める。



 自分を誰にも見られたくない一心で、人のいない場所に行きたかった。



 そこから二十分ほどか、息も落ち着いてきた頃、俺は人通りもない狭い道を歩いていた。角を曲がった先に小さな公園があるのが見える。



 疲れ切っている体で歩いていたこともあって、吸い込まれるように足を向けた。



 その公園は一軒家程度の敷地で、小学生になれば物足りなくなるだろうなというくらいの広さで、周りは家やマンションや駐車場に囲まれている。



 遊具は地面に埋められている低い椅子程度の動物の像が二体、その向かい側に木製の小さい滑り台があった。



 公園には人はいない。丁度いい。体を休めよう。



 座れる場所と目を付けたのは滑り台だった。



 滑り台の頂上には危険防止のために柵要因として周りをある程度の高さまで木の板で覆われている。俺が屈めば見えなくなる。



 誰にも見られたくないし、丁度良かった。



 俺は滑り台の階段を上り、頂上で三角座りをして顔を腕の中に埋めた。まだついてきていた白い丸い機械は滑り台の周りを囲んでいる。



 気にはなるが、何かそれに対してアクションを起こすほどの元気はない。



 ウィーンウィーンという駆動音と俺の呼吸音だけしか聞こえない時間が続く。



 一体俺はここで何をしてるんだろう。



 そんな中、不意にそう思った。目を背けきれなかった罪悪感が体に覆いかぶさってきて……。



 こんな所にいて……。桃谷……。



 もう……。もう嫌だ。



 俺は機械に頼って自分では何も解決できない……。こんな俺なんて……。もう誰も関わりたくない……。もう一人で居たいのに……。



 でも、一人で生きている姿は実感が湧かなくて……。一人で生きていける気がしない。かといって他の人のように生きていける気もしない。もうどんな人生を歩んでも俺は幸せになれない……。なにもないんじゃ……。



 それに、俺ってダサいな……。自分で耐えれないからCAREの責任転嫁して最低だ……。



 もう自分を卑下する言葉が頭を占めて、もう虚無感が漂うのに胸が黒いものでパンパンで……。胃の中は空っぽなのに吐き気がする。



 そんな時だった。キキッと車が止まる音が聞こえた。そして、二人走る足音。



 その足音は二つともこっちに真っすぐ向かってくる。



「ハァハァ、探したよ」



 振り返るとそこにいたのは、顔の色を赤黒く変えた八木だった。額には太い血管がくっきりと浮かび上がっており、肩で息をして、痰が絡まったような咳をする。



 その後ろには修一が頬を赤くして荒く息をしている。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る