第39話 三浦の覚悟

「う~ん」



 桃谷は少し迷った様子を見せる。それが心配を煽る。まさか、桃谷は三浦を嫌いなのか……。



「まっ、いっか……」



 と一人で頷くと、桃谷はCAREを操作し二人しか聞こえないようにして、周りには絶対に聞こえないはずなのに小声で言った。



「私さ……三浦のことが好きなんだ……」



「えっ」



 初めは構えていた方向から真逆からの言葉をかけられたことによる、肩透かしを食らった感覚だった。思わずその場にとどまった。



 だが、徐々にその言葉の持つ意味を理解しだして……。



「…………はっ?」



 呆然として呟いた。



「そんな驚くことある?」



 そう笑いかけてくる桃谷。



「……い、いや」



 何とかそう答えて歩き出すものの、胃が全方位から押さえつけられる圧迫感を覚えて……。



 体の奥からせり上がってくるような焦りと後悔、罪の意識。



 俺は、本気で周りから負の感情を抱かれないことばかりを気を付けて失念していた。自分のことだけしか見えてなかった。俺がついた嘘を誰かが好いてしまうかもしれないかもしれないなんて気づかなかった。



「……でさ、明日三浦の誕生日じゃん。この機会に告白しようと思って……手伝ってくれない?」



 そう恥ずかし気に言う桃谷、せり上がってきていた物が一気に喉元まで達して、『駄目だ』そう叫んでしまいたかった。でも喉がぎゅうっと絞られているように声が出せなくて……。



「うん」



 代わりにこの言葉はすんなりと出る。未だ自分の保身を強く意識しているのだ。ほとんど無意識に声を出していて……。



「やったー。ありがと~」



 そう笑みを強くする桃谷。罪の意識がグンと胸を突く。しかし、もう一度わざわざ話して戻して断れるわけも止められる訳もなく、焦りだけが強くなっていく。



 そこから桃谷はせき止めていたものが壊れたように、拡張現実だけの偽りで作られた三浦へどう告白すればいいだろうとほとんど自問自答を繰り返している。



 駄目だ。止めないと……。



「三浦のどこが好きなの?」



 それは上手くそこから話をずらそうとしたわけじゃなかった。ただ話を告白から遠ざけようと必死で、その後に最悪の質問だと気づいた。



 どうしよう……。どうしよう……。どうすれば……。



「修一と同じこと聞くね」



 桃谷は笑いながらそう言った。



 修一もこの話を知ってるのか……。



 緊張の糸が幾分かほぐれた。俺の中に一縷の望みが生まれる。俺からより修一から言った方が上手く止めれる。俺が動かなくても済むかもしれない。



 その時点で俺は考えることを辞めた。自分ひとりで解決しようと思わなかった。自分なんかが解決出来ると思わなかった。修一に頼ろう。俺よりも上手くやってくれる。



 すぐにでも桃谷から離れて修一のもとに行きたかった。焦りと罪悪感と虚しさが押し寄せてくるから………。



「なんだろう。すごく話していると思いきや、話し引き出すの上手い所かな。それに服とか顔とはおしゃれだしね~」



 その間も、桃谷から投げられる悪意のない刃が胸に深く刺さって……。



 話し方も『しゃべるん』に任せて……。服も顔も誰かの真似をしてるだけだよ……。



 その後も恥ずかしいなと言いながらぽつりぽつりと三浦を褒める桃谷。その度に胸の奥がズキっと痛む……。



 何よりも恥ずかしくて一緒に帰れなかったという言葉が時間が経てば経つほど胸にくさびを打ち付ける。



 そういう純粋で、いじらしくて、無邪気であればあるほど……純粋に恋する少女だと分かれば分かるほど痛みが増して……。胸に罪悪感が膿む……。



 歩いているだけなのに、額と背中には冷たい汗がびっしりと張り付いていた。ニ十分足らずのはずなのに、この日ほど駅まで遠く感じた日はなかった。



「なんかすっきりしたよ」



 駅につくと、桃谷はスッキリした様子で。俺はそれに曖昧にうなずいた。



「なんだか駅まで一瞬だった。じゃあね~ばいばい」



 そう笑いかけながら手を振る桃谷から出来るだけ早く離れたくて俺は足を速く出した。



 その足で警察署に向かう。受付の人に聞くとやはり八木と修一は話しているようで、俺はどこで話しているか聞いてその部屋に向かった。



 少しでも早く、少しでも。ノックもせずに俺はドアを開け部屋に入った。すぐに、空気が異常なほどよどんでいることは肌で分かった。顔は悲壮な表情をしているのになぜか期待の目で俺を見た修一、すぐに目は表情と馴染んで悲壮の色を帯びた。



 それをどこか申し訳なさげに悔し気な表情をして見ている八木。



 でも、その情報を脳が何かあったと理解できるほどの脳の余裕はなかった。



「お前、桃谷のことを知ってるよな」



 修一は何も疑問を抱かない様子で俺を見ている。恐らく知っているのだろう。



 なら早くリアクションをとればいいのに、何も反応をしない。ただじっと俺を見ていて……。



 俺はじれったくなって、声を荒げて聞いていた。



「桃谷が三浦のことが気になってるって話だよ」



 ここで自分の名前を呼ぶのはおかしいが俺とは言うには資格がない気がして……。



「…………あぁ」



 修一のリアクションも遅く、それにどこか上の空で……。俺は焦っていることもあって苛立ちが声に顕著に表れてしまった。



「何とかしないと、もう告白するって言ってるんだぞ」



 途端に目の色が変わった修一。眉間にしわを寄せ、俺を睨みつけてきた。



「……どうしてその問題の中に僕がいるのが当たり前みたいに言うんだよ」



 修一は低く唸るような声で……。



「…………はっ?」



 確かに言いすぎてしまったのかもとは思った。でも、こんな急に切れたような態度をとられて、驚いてしまった。



「お前の問題だろ? お前で解決しろよ!」



 容赦なく怒鳴ってくる修一。



 桃谷が関わってるんだぞ……。なんだよ。その全く興味のないことを押し付けられたような態度は……。



 ただでさえ焦っているのに怒鳴られた俺はカチンときた。が、何とかそれを留める。



 頼む方はこちら側なのだ。



「一人じゃ難しいんだよ。頼む手伝ってくれないか?」



「知らないよ。お前が招いた種だろ? お前が解決しろよ」



 即答だった。少しも迷わないで断る修一。聞く耳すら持ってもらえなかった。



「前に言ったことを根に持ってるのか。俺のことが嫌いだから……。俺も頑張る。でも、頼むよ。一人じゃ……。このままじゃ桃谷が……」



 俺は登ってくる怒りを抑えて必死に懇願しようとしたが、途中に割り込まれて……。



「うるさいんだよ! これ以上お前がついた嘘で被害を被りたくないんだよ!」



 その言葉をかけられた途端、今までの苛立ちと相まって怒りの限界を迎えた。



「被害を被るって何だよ……。現実を見てたお前が悪いんだろ……」



 思わず棘のある言葉が出た。その言葉で修一の表情が一変して乱暴に立ち上がり、もう俺に飛びかかってきそうになって……。俺もそれに乗ろうとしたその瞬間、八木が割り込んできた。



「おい、二人とも落ち着け……」



 腕で押し返される俺と修一。八木の力は圧倒的で簡単に押し返された。



 諦めたのか修一は舌打ちと共に顔を逸らし、荷物をもって部屋を出て行こうとする。



「おっ、、、、」



 その背中に何か言ってやろうとした。



 だが、それを八木が顔を横に振って静止して、



「すまん。あいつにも理由があるんだ。今だけは耐えてくれ……」



 そう苦悶の表情を浮かべて囁くものだから、毒気が抜けて……。その間に修一は部屋を出て行った。



 コンマ遅れて空気が緩んだ会議室。一気に熱した頭が落ち着いてくると不意に俺は気付いた。



「修一に俺関係で何かあった……?」



 そう八木の方を向くと、



「それに関してはお前が気に病む必要はないぞ。でも、今は少し待ってやってくれ……。相談なら俺が乗る。桃谷の話だったよな」



 俺が気に病むことではないのは分かっている。でも、胸いっぱいに後味の悪いものが広がって……。



 俺は首を横に振った。



「……いや、いい……。修一の言っていることは正しい。すべて俺が悪いんだ。あいつだって自分の身で責任をとってるのに。俺は自分のことしか考えられてなかった」



 そうは言うもののやはり胸が締め付けられるものがあって……。そんな自分を言い聞かすために……。



「どの道、桃谷は明日告白するって言ってる。止めてもいつかは告白する。もやが残るだけで……。答えはもう出てる。桃谷のために断るしかない」



「…………そうか」



 八木はそう深くため息をつくように言って。



 変にここで止まるとビビって言えなくなる。それが分かっていた俺は一度言った勢いのまま俺は八木に頼んだ。



「最後に一回だけ三浦に戻してください。絶対に俺がちゃんと自分で伝えないといけない。桃谷に失礼だ」



 もうこんな思いしたくない。三浦を捨てきれたわけじゃないけど………。でも、このまま三浦を使うことも罪悪感で出来ない……。



 そうは思ってるんだけど、俺はよりこの先のことに関して分からなくなって。



 もう、どうすればいいんだよ……………。



「分かった申請しておくよ……」



 そう優しく言う八木。それにどこか甘えたくて……。



「分かってるんだよ。自業自得って……」



 自分の対しての愚痴を言った。もう過去に自分のぶつけたい怒りをどこにぶつければいいか分からなくて……。



「俺って最低だ……」



 とぼんやりとぼやいた。



「俺は立ち向かう覚悟をしただけでもすごいと思うよ。俺なんて何十年もかかった……」



 そう言う八木の声は深みがあって、なんだか切ない気分になって……。



「くそっ、くそっ、くそっ」



 自分にも聞こえるか分からないほどの大きさだった。

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