第35話 好きな理由

 ある日の放課後、僕は桃谷と二人で話していた。



 偶然にも教室には僕ら二人しかいない。このタイミングしかない。



 僕は意を決して桃谷に尋ねる。



「そういえば……桃谷は、どうして三浦を好きになったの?」



「えっ、急にどうしたの?」



「いや……気になってさ。桃谷はどうして三浦を好きになったのかなって……」



 まずは自分が沙織に抱いているものについて分からないことだらけで、少しでも理解したかった。だから、三浦たちの中で一番話しやすい桃谷に聞こうと考えたのだ。



 桃谷は少し考えて、



「え~。理由は一杯あるけどさ」



「思いつく限り教えて欲しいんだけど……」



「それは恥ずかしすぎるでしょ」



 そう言って桃谷は笑う。



「た、確かに……そうだね。できるだけ……」



 そう僕は妥協案のつもりで行ったが、桃谷は迷ったように首を傾げ、



「う~ん、出来るだけか~。難しいな……。うんとね、最初はね……明るかったし、おしゃれだし、作る顔のセンスもいいしね。いい人だなとは思ってたんだよ。……で、そこから友達になってよく話すようになって……。話してもいい人だったんだ。物知りだし、ノリもいいし、面白いし。優しいし……」



 最初は訥々と語っていた桃谷だったが、だんだん声が羽虫程度に小さくなり、



「やっぱりめちゃ恥ずかしい」



 と頬を手で覆った。なんだか、複雑な気分になった。



 桃谷が上げたのはどれもが、CAREによって作られているものだ。桃谷は一体……。



「でもね~。なんだかどれも違う気がする」



 不意に放った桃谷の一言。



「どういうこと?」



「なんだか全部、後付けな気がするんだよね~。それもそうなんだけど……」



 その口ぶりから、桃谷の次の発言からなにか掴めるかもしれないという期待を受けた。



「それっ!教えてほしい!」



 しかし、なかなかうまい言葉が見つからないようで、桃谷はどこか頭の中で適した言葉を探そうと視線を上に向ける。



 少しして諦めたように首を傾げると、



「なんかね〜言葉に出来ないなぁー」



「え〜、なんとか、感じだけでもいいから教えてくれない」



 僕はどうしても気になって粘った。



 桃谷はもう一度、顎に手を置いて、唸ると、



「なんだろうな。なんだか好きなんだよ。言葉にできるものも勿論理由だけどさ……。色んなものが積み上がって、どれとも違うまた別の好きな理由が生まれてる……みたいな感じ?」



 桃谷は頭をかしげたままそう言った。



 なんだか分かったような、分からないような……。



「むりだ〜。これ以上は説明できないよ〜」



 そう机に上半身だけ倒れ込む桃谷。これ以上聞いてもなかなか難しそうだ。



 僕はこの話を締め、最も気になっていたことを訪ねた。



「もう一つ聞きたいことあってさ、さっき、好きな理由あったじゃん。でも、それって……嘘だったら?」



 多分、聞き方として間違えてるんだろうな。なんだか、出鼻をくじくような質問の仕方になってしまったが、いい質問の仕方が思いつかなかった。



「ん、どういうこと?」



「そのさ……もしかしたらさ、好きなところってさCAREが作ったものかもしれない…じゃん……」



 言いながら、この言い方だとCAREを嫌ってるように聞こえるかもしれないと思って、少し口ごもってしまう。



 嫌っているとバレたら、変な人と思われるかもしれない。



 すると桃谷はじっと僕の顔を眺めてくる。



 ドキッ、



 胸が締まる。しまったやはり言いすぎたか……? 



 しかし、心配したのはつかの間、桃谷はハハッと笑って、



「そんなの当たり前じゃん。そんなこと気にしてるの? 修一はまじめだな~」



 そうバンバンと僕の腕をたたく。



 意外と当たり前だというような反応で少し戸惑った。



「今はそういう世界だよ? いちいち気にしてたらなんもできないし、頭もおかしくなっちゃうよ。そんなもんは付き合ってからとか知っていけばいいじゃん」



 当然とばかりにいう桃谷。僕はそのテンションについていけず、つい真面目な口調になって、



「で、でもさ、それで思ってた人と違ったら……イメージと全く違ったらどうするの……?」



 僕は自分で声が震えてるのが分かった。脳裏に沙織の顔がちらりと現れた。



「その時はその時じゃん。仕方ないよ」



 あっさりと答える桃谷。



「でも、それって怖くない? もし全然分かってなかったら?」



 僕は言葉には熱が入っていた。



「う〜ん? そうかな。変に全部知ってるよりもそっちの方がよくない? もっと好きになるかもしれるかもしれないじゃん」



 僕ははっとした顔をしたと思う。



 たしかに、それはそうだな……。



 その可能性だってあるはずだ。そんな考え方、頭になかった。



 桃谷は熱が入ったように語りだす。



「でもさ、そういうのもいいよね。私だけが知ってる好きな人の一面みたいなさ……」



 そう熱く語りだす桃谷に、僕は心の底から桃谷に感服した。



「……桃谷はすごいな。……そういう風に考えたこともなかった」



 すると、桃谷は不思議そうな顔をして、



「そう? というか突然どうしたの? 急にそんなこと聞いてきて、なんか沙織ちゃんとあったの?」



「あっ……うん。…………僕って何も知らないのに、本当に好きなのかなって思って……」



 正直に答えた。



「あー、偶にそういうの気にする人いるよね。でもさ好きになったところっていっぱいあって言葉に出来ないところあってさ……。変に理由を考えても答えでない気がするしさ……」



 不意に思い出したような顔をして



「でも、修一ずっと一緒にいたじゃん。何も知らないことはないでしょ?」



「知ってることあるかな……?」



「そりゃあ、あるでしょ。全てが嘘の人なんていないよ。どこかに本当の部分はあるって」



 不意に僕の頭に蘇った。目を爛爛と輝かせながら話す沙織の眩しい姿を……。



「……そう言えば、夢を教えてもらったな」



 不意に僕は沙織と京都観光に行った日のことが頭の中で再生された。



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