第25話 変わらない日常

ビービービー



 しばらく屋上で横になっていると突然耳元でアラームが大きく鳴りだした。目の前に『授業が始まってます』という赤い文字がポップアップされる。



 いつの間にか授業が始まっていたようだ。



 僕は慌てて立ち上がるということはしなかった。少しの間、動く素振りすら見せない。



 あぁ……授業に行きたくないな……。ずっとここに居座りたい……。



 そんな甘美な考えばかがり頭に浮かぶ。



 ……だけど、このまま居座れば上層部の僕の印象は下がり続け、制限が解除されないだろう。



 でもそれがどうだというのだ。どの道もう現実世界には行けない。このまま嘘に覆われた世界でずっと生きていかなければならない……。制限解除されたところで何が変わるんだよ。



 その時、脳裏に沙織の顔が浮かぶ。僕の評価を下げ続ければ、沙織ともしばらく会えなくなるかもしれない……。



 胸に痛みが走る。それは嫌だな……。



 天秤にかけた結果、沙織の方に傾いた。その理由がよく分からなくて……。



 あんな別れ方をして、どうしてまた会えると思っているのか。僕のせいで沙織は捕まった。沙織は僕を恨んでいる可能性だってあるのに…………。



 そう考えると、急に気分が萎え始めて……。駄目だ、やる気が削がれない内に行こう……。僕は残り少ない力で立ち上がる。また余計なことを考えてしまった。



 教室の前に着くとわざと音を立ててドアを開けてみた。誰もこちらを見てない。単色的な笑顔を浮かべながら黒板を見ている生徒達。



 僕は気持ちが悪くなってすぐに目を逸らし、自分の席に向かう。



 だが、僕の席にも皆と同じ単色的な笑みを浮かべた僕がノートにペンを走らせていた。



 背筋に悪寒が走った。突き上げるような気持ち悪さを覚え、喉の奥が酸っぱい。



「お前は誰だよ」



 僕は吐き捨てるように言うとその席に座った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 学校が始まって一週間過ぎた月曜日の朝のHR時間前。



「三浦。久しぶり~」



「あぁ、久しぶり。桃谷」



 拡張現実でしか存在しない三浦と桃谷が僕の席の前で話している。そこに拡張現実の僕が割り込んでいって話し出す、



 社会復帰システムによって勝手に話されることも随分と慣れてきた。



 もう、一生、社会復帰システムに従順に任せてもいいんじゃないか。そんな考えがぼんやりと浮かぶ。もう何度目だろう。最近の僕は頻繁にそう考えるようになっていた。



 所詮、拡張現実で分かり合えることはない。すべて、CAREの作った嘘の上で成り立った薄っぺらい関係で、見るだけで違和感を感じる。ただ、僕の神経をすり減らすだけだ。



 だから、もう、何もしなくていいんじゃないか……。そんな考えに向かっていくのは必然だ。逆にどうして今までそんなことに気づかなかったんだろう。三浦のあの装着する機械を見つけた時、どうして気づかなかったんだ。



 それが最もいいじゃないか。平穏で。今よりはましな気がする。



 どうせ僕なんて…………。



 そんなことを考えている内に先生が教室に入ってきた。その後ろには僕と同じ年頃の男の子がいた。



「今日からこのクラスの一員になります。じゃあ、自己紹介してもらっていい」



 男の子は一歩前に出ると、



「金城敦です。よろしくお願いします」



 と言って頭を下げた。



 それを見ながら僕はつい先日の八木さんとの会話を思い出した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~



「あぁ、そうだ。言うの忘れていた」



 新しいCAREの装着に関して問題はないかの確認を済ませ、もう帰ろうと思っていた時、八木さんが唐突に話し始めた。



「三浦の件だが、準備が終わったから明日から登校することにした」



「それが、どうしたんですか? 僕には関係ないですよ」



 そう言って鞄を背負い、部屋を出ようとした。



「そんな釣れないこと言うなよ。お前には三浦のいつもいるメンバーに三浦を入れて欲しいんだ」



 その八木さんの日本語の違和感に思わず足を止め、聞き返した。



「どういうことですか?」



「いやな、三浦にはしばらくの間、金城敦として過ごすことにしてもらったんだよ。だから金城敦に気をかけてやって欲しい」



 余計に分からなくなった。



「えっ、どういうことですか?」



「つまり、三浦は金城敦としてわざわざ三浦のクラスに入るっていうことだ」



 意味がわかったが、こんがらがって……。



「三浦自体はどうするんですか?」



「三浦も登校させるよ。もともと三浦の導入した機械は、修一の社会復帰システムと同じだ。それを導入してって感じだな」



 八木さん曰く、警察で捜査のために拡張現実に従って動く人間型の機械があるらしい、人間の肌と殆ど同じ触感の素材で覆われており、万が一触れられても気付かないらしい。



 確かにそれなら実現は可能だと思う。しかし、そこまで説明を聞いて僕は余計に分からなくなった。



「どうしてわざわざそんな面倒なことを? 別の学校に転校させるとかそういう措置だと思ってたんですけど。それに、三浦を転校させて金城として入学させることだって……。わざわざ三浦を残す意味も……」



 何も三浦のことは知らない。でも、わざわざ自殺を選ぶほどの環境に自ら戻ろうとするのは意味が分からない。それに、わざわざ三浦を残す理由も分からない。



「まぁ、いろいろとあるんだよ」



 そう、頭を掻きながら言う八木さん。



「どんな理由ですか?」



 まるで意味が分からなかった。



「それは俺には言えねぇよ。俺が修一に言うと俺のフィルターが入っちまう。本人の情報とまたズレる可能性があるからな。どうしても気になるなら本人から聞いてくれ」



 そう言って、期待混じりの目で見てくる八木さん。



「……じゃあいいですよ。わざわざあいつのために動かないです」



 気になったから聞いたものの、よく考えれば、そこまでして三浦のことを知りたいわけでもない。というかあいつのために動くほど仲もよくない。



 それに、どの道、拡張現実の世界で分かり合えることもない……。勝手にすればいい。



 僕は荷物をまとめるとすぐに部屋を出て行った。

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