第21話 彼女と過ごすと


 軽めではあったが、昼食を食べ終えた俺と河野はフラフラとショッピングモール内を並んで歩く。

 二人の距離は恋人のそれで、お互いの手は恋人繋ぎではないものの、優しく、けど強く結ばれていた。


『ん』


 昼食を取り終えて、これからどこに行こうかと話している最中。

 そんな短い声と共に、再び河野から左手を差し出された俺はその手を取らざる終えなかった。


 そんなことがあり、俺と河野はまるで付き合いたての恋人のように、ウィンドウショッピングをしていたのだった。


「お」


 ふたりで並んで歩いている途中、目を引くものが視界に映り、つい立ち止まってしまう。


「どうしたの?」


「いや、これちょっと良くないか?」


 俺の目を引いたのは、雑貨屋の人を検知すると鳴き出す鳥の置物だった。

 見本を空いている方の手で触る俺に、彼女は呆れたような視線を向けてくる。


「高宮、そういうのは邪魔になるだけだと思う」


「えー……まぁ一個くらいこういうの持ってても良いだろ」


「やめといた方が良いと思う」


「えー……」


 何故か河野に猛反対され、渋々ではあるが見本をもとの位置に戻す。

 そして、俺の右手は彼女に引っ張られ、雑貨屋の中に連れられて行く。


「えっと…………あった……せめて、こういうものにしておいた方が良いと思う」


 そう言って、彼女が指さしたものはなんだか奇抜な形をした時計だった。


「いやいや、これはちょっと……」


「さっきの鳥よりはマシ……最低限、何か役立たないと」


「河野、動物好きだし、ああいうのも好きかと思ったんだけど……」


「私、使い道がないと基本的に買わないから」


「……使い道のないスタンプはいっぱい買ってたのに?」


「っ!? で、でも、最近使ってるから」


 そんな会話をしながら十分少々、雑貨屋の中で軽口を言い合いながらも楽しい時間を過ごした。

 その甲斐あってか、今日最初にあった時のぎこちなさはどこかへ消えて。

 気づけば、いつものテンポ、空気感で彼女と過ごせていた。




「……あ」


「ん、どうした?」


 雑貨屋を出て、再びショッピングモール内を歩いていると、今度は河野が足を止めた。


 そこは決して高くはない、手ごろな価格のアクセサリーショップだった。


「……ヘアピン、無くしたままだったから」


「見てくか?」


「うん」


 俺たちは店内へと足を踏み入れていく。

 店内に入ると、そこにはシルバーアクセサリーもあれば、子供が着けるようなものも幅広いアクセサリーが置いてあった。


 俺たちはヘアピンが陳列してある机を見て回る。


「うーん……」


 何やら真剣に悩んでいる様子の彼女。

 俺からしてみれば、どれも似たようなものに見え、何をそんなに悩んでいるのだろうと思ってしまう。

 だけど、それと同時に彼女も女子高校生なんだなって改めて認識させられる。


 右手から伝わるあたたかさだけではなく、彼女も女性なんだと思うと、また少しだけ緊張してきてしまった。


「――ねぇ」


「は、はいっ」


 そんなことを考えていると、彼女から声を掛けられ、驚きを隠すことができないまま返事をする。


 彼女は「なにそれ」と笑いながら、一度つないでいる手を放して、陳列してあったヘアピンをいくつか手に取り、俺に見せてくる。


「高宮は、どれが良いと思う?」


 俺の前に、緑色、青色、藍色の三つの選択肢が用意される。

 先ほどまで、ヘアピンなんてどれも一緒とか思っていたが、人のを選ぶとなると話は別だ。


 俺は彼女の手からヘアピンを取ると、それを彼女の髪に当てて、あーでもない、こーでもないと悩みだす。


 そうやって、ヘアピンを選んでいるうちに、彼女の前髪を手に取り、軽く持ち上げる。


「あっ……」


 彼女からそんな声が漏れ、俺と目が合う。

 いつもは黒縁眼鏡と、少し長めの前髪でしっかりとは見えない彼女の目。

 今日も眼鏡はかけているが、俺の手が当たったためか、少しずり落ちている。


 吸い込まれそうになる彼女の綺麗な黒い瞳に、俺は視線を逸らせないでいた。


「……………………」

「……………………」


 真剣にヘアピンを選んでいたためか、しばし至近距離でお互い見つめ合う。

 時間にしては、きっと数秒だったと思う。

 しかし、その時間は何倍にも感じられた。


「わ、悪いっ」


「ううん、別に」


 お互い顔ごと逸らして、髪をいじったり頬を掻いたりする。

 そんな間を埋めるかのように、俺は手に持っていたヘアピンを一つ選ぶ。


「うん、これが良いと思う、うん……」


 俺はそう言って、藍色のヘアピンを彼女に差し出す。


「……分かった、それにする」


 彼女は短くそう言って、俺の手からヘアピンを受け取るとレジへと向かう。


「あー……」


 彼女に声が聞こえない距離で、俺の言葉にならない声があふれてしまう。


 眼鏡を外せば、美少女。

 それは分かってる。

 だけどそれを至近距離で見ると、こんなに心が乱されるのか。


 乱れた心を落ち着けるように、河野が戻ってくるまで何度も深呼吸をする。


「すぅーはぁー……すぅーはぁー……」


「お、おまたせ」


 お会計が終わったのか、河野がどこかぎこちなさそうに声をかけてくる。


「お、おう………………ちょっと、トイレ行ってきていい?」


「う、うん……私も行きたかったし」


 お会計の時間だけでは、心を落ち着けるには時間が足りずにトイレへと逃げ込んだ。


 ちなみに、人で賑わっていることもあってか、女子トイレはかなり混んでいる様子で、かなり時間の余裕をもって、俺は心を落ち着けることができた。

 ついでに、個人的な買い物も済ますことができた。



 

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