第19話 デート前日


 河野に何故かデートに誘われた。

 別にそのことは恋人関係なら普通の出来事だろう……偽の恋人だけど。


「んー…………んー…………」


 しかし、俺は学校への道すがら頭を悩ませていた。


 デートに誘われたのはいいが、行先は誘った本人が決めるのか、それとも男が決めるのか。


 俺はこれまで誰かとお付き合いしたことがない。

 そのため、デートのセオリーとか良く分かっていないのだった。


「んー…………」


「そんなに唸ってどうしたんだ、高宮?」


 唸りながら歩いている俺を見かねてか、あまり聞きなれない声が後方から聞こえてきた。


「……おはよう、早川はやかわ


 振り返ると、そこには心配そうな表情を浮かべたクラス一位、学年二位のイケメンがそこにいた。


「おはよ、高宮……それで、何か悩み事か?」


 早川はそう言って俺のことを心配してくれる。

 そんな心優しい彼に心配をかけないように、俺は気丈に振る舞う。


「まぁ、そんな大したことではないんだけどな」


「そっか……でも、何か困ったら言ってくれよ、同じクラスのよしみで相談くらいには乗るからさ」


 …………待てよ。

 デートのセオリーとか誰にも相談できないと思っていた。

 智也に話せばニヤニヤ面白がられるだろうし、北条に話せば向こう三か月はこのことでいじられるだろう。

 

 だけど、早川だけは違うのでは。

 こんなクラスで目立たない俺のことを認知していて、あまつさえ相談に乗ってくれるという。

 そして、イケメンで女性慣れもしているに違いない。


 もしかして、早川に相談するのが、最善の策ではないのだろうか。


「じゃあ、僕は先に――」


「――早川、早速だが相談に乗ってほしい」


「…………僕が高宮の力になれるなら」


 急な俺の申し出に面食らっていた様子の早川だったが、すぐにいつもの優しい表情ともに、なんとも格好いい言葉を告げる。


「あのさ、実は今デートに誘われてて……」


 俺がそう切り出すと、早川は意外という気持ちをおくびも隠さない表情を浮かべる。


「高宮、彼女いたのか?」


「いや、彼女ってわけではなくて、普通に女子の友達的な人になんだけど」


「へぇー、モテるんだな高宮は」


 ニヤリとした笑みを浮かべながら俺をからかってくる早川。

 こういうほぼ初対面でも距離を縮められるところとか、すごくモテそうだと感じる。


「早川に言われると嫌味でしかないよ……まぁ話を戻すけど、女子からデートに誘われたときって、どう振る舞うのが正解なんだ?」


「どう振る舞うって、どういうこと?」


「いやさ、デートの中身って男が決めるべきか誘った人が決めてくれるか、とか……」


「あー……」


 俺の回りくどい説明に一度は首をかしげていた早川だが、俺が再度説明すると俺の相談したいことを汲み取ってくれた様子だった。


「どうなんだ、そこのところ」


「うーん、まぁ一回相手に話を聞いてみないと分からないけど、念のためにこちらもプランを考えておいた方が良いんじゃない?」


「ふむふむ……」


「どこで何時集合とか決まってる?」


 早川の的確なアドバイスに頷いていると、そんな基本的な質問が飛んでくる。


「……………………いえ、決まってないです」


 俺が目を逸らしながら言うと、早川はどこか愉快そうに笑う。


「はははっ、ならまずはそこから確認しないとな」


「…………了解」


「明日デート、楽しんできなよ」


「おう、ありがと」


 そう言って、早川は俺の横を通り過ぎて先を歩く。

 流石、学年屈指のイケメン、去り際までイケメンだ。


 そんな彼の行動に感心していると、右肩を軽く叩かれる。


 ――グニュッ


 そんな擬音が聞こえてきそうなくらい、俺の頬に指が食い込んでくる。


「あはは、引っかかった~」


「…………北条、なんか用か?」


「べっつに~……てか、優斗こそ早川くんと仲良かったっけ?」


 先ほどまで俺たちの様子を見ていたのか、朝から楽し気な北条は、そんなことを聞いてくる。


「……これから仲良くなれそうな気がしてる」


「ふーん……それよりさ、今日の古典の予習やってきた?」


「まぁやってきたけど……」


「あとで見せて!」


「はいはい、どうせ俺に拒否権はないんだろ……」


「良く分かってるね~」


 俺と北条はそんな学生にありふれた会話をしながら、学校へ向かった。


 この日の授業は、いつも以上に早く終わった気がした。

 

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