第15話 雨降る日


「外、雨降りそうだな……」


「んっく……確かにちょっと怪しいな」


 五月の下旬にそろそろ差し掛かろうとした時期。

 俺と智也は昼飯を食べながら、窓の外に目をやる。

 朝は太陽の光がまだ少しは届いていたのだが、今は辺りが薄暗くなってしまった。

 空を覆う雲も黒っぽく、雨を降らせる準備をしているだろう、


「バスケ部なら、外が雨とかあんまり気にしないかと思ってた」


「馬鹿お前、雨だと湿気が多くてバッシュ滑りまくったりする時があるんだよ」


「ほー……」


「てか、帰るとき雨降ってたら誰だって嫌だろ」


「それは確かに」


 なんて、適当な会話をしながら昼食を食べ進める。

 大して盛り上がらない、だけど退屈ではないいつもと変わらない昼休みの会話。


 そのはずだった。


「そうえばさ」


「ん?」


「――優斗、彼女できた?」


「んぐっ!? ――――ゴホッ……ゴホッ……」


 智也の突然の問いに、口に含んでいたお茶を思いっ切り機関に流し込んでしまった。

 そんな俺の様子を見て、心配など一切せずに、ニヤニヤした顔を浮かべる智也。


「ほーん、やっぱりあれは彼女さんでしたか」


「ごほっ――……あいつは別にそういうのじゃなくてな」


「いやいや、隠さなくていいって……な?」


「……いやまぁ、彼女であることに間違いはないんだけど、色々事情があって」


 俺の必死の弁解は智也には届くことなく、目の前でニヤニヤし続けるだけだった。

 最近似たようなことがあったな、なんて思いつつ、俺はため息を吐いてしまう。


「安心しろ、ギャル女には言ってないから」


「いや、なんで北条が出てくるんだよ……」


「なんでって…………まぁいいか」


 俺の態度に、智也は呆れた様子になる。

 呆れたいのはこっちなのだが、と思うと、自然と眉間にしわが寄ってしまう。


「それより、優斗はああいう子が好みなのか……」


「別に俺の好みなんてどうでもいいだろ……てか、彼女じゃないって――」


「いやいや、これでも俺は心配してたんだぜ? そう言う話しても全く乗ってこないし、枯れてるかと思ってたし」


「それこそ余計なお世話だって……てか、彼女じゃ――」


「いやー、てかどっちが告ったの? もしかして、優斗?」


「だから、かの――」


「いや、それはないか……だったら、ゴールデンウィーク前には彼女いただろうし……それに――」


 どうやら、今の智也に俺の言葉は一切届かないみたいだ。

 そして、俺を放ってぶつぶつと何かを呟く智也の様子を見て、俺は河野について話すのを諦めた。

 俺に彼女がいるからって、智也がどうこうするってことはないだろうし、智也なら河野に個人的に関わることもしないだろう。

 河野に関わらなければ、きっとストーカーに目を付けられることもないだろうし。


「言っとくけど、あんま関わるなよ?」


「分かってる、今が一番楽しい時期だろうしな……でも、落ち着いたらWデートとかしような?」


 ……勝手に河野に話しかけたりしないよな?

 智也の返事は、そんな不安が加速するものだった。


***


 気づけば、あっという間に放課後になる。

 実際は『あっという間』ではなく、きちんと授業を受けて放課後を迎えたのだが、最近は放課後までの時間が短く感じる。


 そんな俺の体感時間はさておき、俺の耳に教室内の喧騒とざーっという雨音が聞こえてくる。


「やっぱり、降ったな」


 自分の席で、誰に聞こえるでもなく呟く。

 しかし、そんな声を聴いていた人物がいた。


「ぷっ……なに、やっぱりって」


「……北条、あまり人の独り言に割り込まない方がいいと思うんだけど」


「ええ~……別にいいじゃん」


 そう言って、自身の亜麻色の髪先をいじりながら、くすくす笑う隣の席の美少女。

 いつもと変わらない髪型、そう思っていたが湿気の影響かどうやら毛先が気になる様子だった。


「髪、気になるのか?」


「ん? あー、雨の日はちょっとね……」


「ふーん……大変だな、美少女も」


「なっ!? 急にやめてよそういうの!」


 いつものように、ちょっと小突くと北条は過剰に反応する。

 今だって、北条の顔はどこか赤みを帯びている様子だ。

 しかし、この掛け合いがなんだか俺たちのつながりのように感じて、ついやってしまうのは俺の悪い所なのかもしれない。


「それよりさ……神崎くんとの問題、解決したの?」


「…………いいや?」


「後回しにするの良くないよ、優斗」


「いやいや、俺何もしてないから! 神崎と話したのだって、この間職員室でぶつかりそうになった時が初めてだし……そのときには既に睨まれてたし」


 俺だって何がどうして学年一のイケメンに嫌われているのか分からない。

 というか、そんな人物に違うクラスの目立たないやつが認知されていることの方が変だと思う。


「噓ではなさそう……………はぁ、じゃあ何だろうね」


 俺の様子から、神崎とほぼ話したことがないことは北条に理解してもらえた。

 しかし、そうなるとお互いに神崎を怒らせている理由に心当たりがなくなってしまう。


「まぁ、そのうち何かあれば相手からリアクションあるでしょ」


「……それ、手遅れってことにならない?」


 北条のありがたい心配をよそに、俺は帰り支度を済ませた鞄を手に取り席を立つ。


「……そうならないことを願ってます」


「帰る? なら、私も――」


「――風香ふうか、帰ろ~!」


「雨だし、カラオケ行きたいかもー」


 俺が帰ろうとしたところで、北条は友達何人かに声を掛けられる。

 そのため、俺は彼女の邪魔にならないように「また明日」と小さく声をかけ、教室を出ていく。


「――……雨だしって何ー? いつもカラオケ行きたいって言ってない?」


 教室を出ていくとき、北条のそんな楽し気なツッコミが聞こえてきた。



 教室を出て昇降口に向かうと、今日も今日とて彼女の姿はそこにあった。

 雨だっていうのに、綺麗で癖のない長い黒髪。

 少し長めの前髪と黒縁メガネで隠されてる顔立ち。


 雨とその下の彼女。


 それは、見る人によっては心打たれる光景だっただろう。


「あ、やっときた」


 俺の足音で、視線が交わる。

 すると、彼女はいつものように自然な表情で俺に近寄る。


「悪いな、ちょっと教室で人に捕まってて」


「別にこれくらいならいいよ」


「そうか……まぁでも遅いと思ったら一人で帰っても良いからな?」


 それかメッセージ飛ばしてくれれば、と告げると、何か言いたげな表情を浮かべる河野。

 俺はゆっくりと彼女の言葉を待つ。


「……今日は無理だったかも」


「なんで?」


「傘、持っていかれちゃった」

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