(21) えぴろーぐ。

 二人が仲直りしたあの日から、二週間が経過していた。

 わたしたちは今日も今日とて、広見家に上がりこむ。


「お邪魔しまーす」

「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト!」

「お邪魔しますっ!」

「おばんです」

「ただいま」

「お邪魔します」


 ぞろぞろと台所に顔を出すと、エプロン姿の麻由ちゃんが笑顔で出迎えてくれた。


「みなさんおかえりなさい! 今お茶を淹れますねっ」

「期待してるよ」


 ここのところ、わたしは麻由ちゃんにおいしいお茶の淹れ方をレクチャーすることで暇をつぶしていた。最初こそ家事オンチっぷりを遺憾なく発揮してくれた麻由ちゃんだったが、若さゆえか吸収も早く、日を追うごとに上達しているのがわかった。


「あ、ぼくクッキー焼いてきたんだ」


 真緒くんがテーブルに包みを広げる。我々女子を置き去りにして、日々着実に女子力を磨いている真緒くんなのだった。


 お茶とお菓子の用意は二人に任せて、わたしたちはそのまま居間の敷居を跨いだ。


「ねぇ柚花ー、なんか最近この家、妙に広くない?」


 言われて、辺りを見回す。たしかに、部屋の隅でひっくり返っているちゃぶ台を除けば、かなり整理整頓されている印象を受ける。


「うん。片付けが行き届いてる感じだね」

「毎日客人が来るからな。いつまでも散らかったままにはしておけねぇって」


 悠斗はどこか得意げに言った。


「広見くん、それ得意げに言うようなこと?」

「とっ、得意げになんかなってねぇよ!」

「本当かなぁ?」

「本当だって!」


 このみちゃんと悠斗の当たり障りのない会話は、見ていて癒される。


「あれ? 鳴亜梨ちゃんは?」


 ふと気づくと鳴亜梨ちゃんが消えていた。


『なーんだ、カビ模様もなくなっちゃったんだ。つまんないの』


 鳴亜梨ちゃんの反響した声がお風呂場のほうから聞こえてきた。どうやら隅々まで掃除が行き届いているようだ。


「風呂場のほうは麻由がかなり頑張ってくれたからな」


 悠斗はまたしても得意げだ。


「いつまでくっちゃべっている。今日は女子会の前に宿題を終わらせるのだろう?」

「あ、そうだった」

「まったく。呆れたやつだな」


 メガネはすでに床に宿題を広げ、姿勢を低くしている。やる気満々のようだ。

 わたしも隣に腰を下ろすと、ランドセルの中に手をつっこんだ。


「ん?」


 プリントを取り出すつもりが、なにか別の紙を掴んでしまった。


「これって、たしか……」


 それは、いつかのガールズトークで使った、希望するお題が書かれた紙だった。

 ランドセルの底を手で探ってみると、まだあった。ぜんぶで六枚。

 みんながあのとき話したかったお題って、結局なんだったんだろう?

 興味本位で、わたしは広げて床に並べてみた。



【梅こぶ茶】【おかし】【友達】

【ともだち】【好きな人】【うんこ】



 梅こぶ茶はわたしだ。おかしは真緒くん。うんこはメガネだろう。残りは……


 う〜ん、誰がどれなのかイマイチピンとこない。なぜか同じ単語が二つあるし。漢字のほうはやたら達筆で、ひらがなのほうは丸っこい。わたしに筆跡鑑定の才能さえあれば余裕で特定できたのに……。


 無念。わたしはぜんぶまとめてくしゃくしゃに丸めるとそのへんにシュートした。


「せめてゴミ箱に向けて投げてくれ……」


 悠斗が拾ってゴミ箱に捨ててくれる。

 ……ん?

 そういえばさっきのあれ、


「好きな人ってどういう意味?」

「ぶっ!!」


 なぜか、悠斗は漫画みたいに噴き出した。


「ゆ、柚花おまえなんでそれを」

「え、なにが?」

「……いや、気づいてないならいいんだ」

「?????」


 言動が意味不明すぎる。なんなんだこの男は。


「――気づいてないならいい? 本当にいいのかな?」


 お茶とお菓子が載ったお盆を運んできた真緒くんが、悠斗に向かって言った。


「ま、真緒……」

「悠斗くん、ぼくはね、悠斗くんに憧れて女子会に入ったんだ。ぼくも、男らしくてかっこいい悠斗くんみたいになりたくて」


 へー、そうだったのか。


「けどね? そんなぼくは今、悠斗くんに憧れるどころか、少し呆れてるんだ。だって……ねぇ?」

「……」


 悠斗はなにも答えず、ただ俯いている。


「ふっ。椎原のやつ、言うようになったじゃないか」

「言わなくていいのに、もう……」


 メガネとこのみちゃんまで意味不明な会話を始めた。


「……はっ。真緒にそこまで言われちゃ、俺もいよいよ覚悟を決めるしかないな」

「ふふっ。それでこそ、ぼくの憧れる悠斗くんだよ」


 悠斗は顔をあげると――

 なぜか、本当になぜか、まっすぐにわたしを見つめながら近づいてくる。

 鼻と鼻が触れあいそうな距離まで近づいて、ようやく止まった。


「ちょ、悠斗、近い……」

「近くていいんだ。いや、近くがいいんだ」

「なんなの、もう……」


 ほんと、近すぎ……。


「さっき、好きな人がどうとか言ってたな?」

「え? あぁ、うん……それが?」

「教えてやるよ。俺の好きな人を」

「や、別にそんなこと頼んで――」

「おまえだよ、柚花。俺の好きな人はこの世でたった一人、いま俺の目の前にいる、若月柚花だ」

「っ――」


 心臓が止まったかと思った。

 だって、悠斗が、あまりにも予想外のことを言うものだから。


「俺は本気だ。柚花、俺はずっとおまえのことが――」

「わたしも! わたしも、悠斗のことが好き!」


 悠斗の言葉を遮って、わたしは言った。


「もちろん悠斗だけじゃないよ? わたしは女子会のみんなが大好きだから!」

「いや勘違いするな、俺の『好き』は――」

「それにしても、あのひねくれ者の悠斗が、まさか素直にそんなこと言ってくれるようになるなんてね! うれしいよ、わたし!」

「いや、だから――」

「あ、おーい麻由ちゃん鳴亜梨ちゃん! 今の聞こえたーっ? 君たちのこともわたしは大好きなんだからねっ!」


 わたしは台所に向かって駆け出した。


「……ったく。ここまで言っても気づかないのかよ」


 悠斗のぼやきが聞こえてくる。

 わたしは麻由ちゃんたちのところへは向かわず、トイレに駆けこんだ。


「……気づいたに決まってるじゃん」


 閉めた扉に背を預け、わたしは小さくぼやいた。

 けど、じゃあ、どう反応すればよかったの。

 あんなこと言われて。

 あんな……告白なんてされて。


 わたしの脳みそはかつてない緊急事態に直面して、完全に混乱していた。

 今日も今日とて、女子会は平常運転……そのはずだったのに。


 この日、わたしと悠斗の関係にはじめての変化が訪れたことは、言うまでもなかった。

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