(5) ガールズトーク

「でだ。結局、女子会って具体的になにすんだ」


 残念ながら開催に至る前に解散してしまったあの日の翌日、わたしたち六人は懲りもせず、再び放課後の教室にたむろしていた。今度は施錠もばっちりだ。


「それをこれから決めるんじゃん。馬鹿だね悠斗は」

「あのなあ……」


 呆れられてしまった。


「あの、柚花ちゃん。提案なんだけど」


 このみちゃんがパーカーの袖口から指先だけを伸ばして、控えめな挙手をする。出す前からアイデアが枯渇してしまったわたしは、藁どころかこのみちゃんにも縋る思いで発言を促した。


「はい、このみちゃん!」

「えっと、ガールズトーク……なんて、どう?」

「おお! かなり女子会っぽい!」


 すごい、さすがはこのみちゃんだ。藁より下に見てごめん。


「採用採用っと! じゃあさっそく始めよ――」

「待った」


 またかよ、悠斗め……。


「俺らは男だから、ここはガールズトークじゃなくてボーイズ――」

「ガールズトークかボーイズトーク、どっちにするか勝負する!?」


 今度は鳴亜梨ちゃんが悠斗を遮った。生き生きした様子で身を乗り出して、興奮気味にまくし立てる。


「もうその流れはいいから」


 わたしがたしなめると、鳴亜梨ちゃんは途端にしゅんと表情を翳らせた。


「そっか……また進化したかったなあ」


 昨日のアレがよほど癖になったのか、今日の鳴亜梨ちゃんはいつにも増して奇行が目立った。授業中だろうとお構いなしに、夢遊病のように突然立ちあがって服を脱ぎだしたり……。帰りの会のころにはすっかり『変質者』というあだ名が定着してしまっていた。


「まあいい。で、そのガールズトークとやらはどんなことをトークすればいいんだ? なにか決まりでもあるのか?」

「いや、わたしに訊かれましても」


 どうなんだろ?


「そこんとこどうなの、鳴亜梨ちゃん?」


 ここはあえて鳴亜梨ちゃんに振ってみる。


「進化進化進化……え? ごめん聞いてなかった。進化がどうかしたの?」


 完全に進化の虜だった。


「誰もそんな話してないよ。ガールズトークってどんなこと話せばいいのかなって」

「う〜ん……別になんでもいいんじゃない? 人類の進化の歴史についてとかでも」


 そっけなく返事して、また譫言うわごとのように『進化』を連呼しだす。もう進化のこと以外興味が持てない身体なのだろう。


「なんでもいいってのがいちばん困るんだよなー」


 毎日の献立に頭を悩ませる主婦のように悠斗がぼやく。


 と、それまでじっと沈黙し、事態の行く末を静かに見守っていたメガネが、神妙な面持ちで口を開いた。


「なんでもっていうと、うんこの話とかでもいいのか?」

「なんでもいいんだから、いいんじゃない?」


 うんこの話だけだめだったら、そんなのうんこ差別だ。


「あ。じゃあさ、最初にトークテーマを決めておいて、それに沿った話をする……っていうのは、どうかなっ?」


 なるほど。真緒くんにしては上出来な提案だ。


「あの、それなら。みんながそれぞれ話したいテーマを一つずつ紙に書いて、くじ引きみたいに決めるのはどう……かな?」


 また顔の高さまでの控えめな挙手をしながら、このみちゃんが優等生っぽい発案をする。藁よりも頼りになる女、それがこのみちゃんだ。


 みんなの賛同を受けて、このみちゃんはランドセルから可愛らしいピンクの自由帳を取り出した。ページを一枚切り離し、さらに丁寧な折り目をつけて六等分に切り取る。この手際の良さ、将来はいいお嫁さんになりそうだ。


「僕からもひとつ。追加ルール、『脱線システム』を提案しよう」


 メガネの急な提案に、一同の視線が集まる。


「『脱線システム』?」

「そうです。もちろん、テーマはテーマとして決めるんですが、それはそれとして、たとえ話が脱線してテーマが変わったとしても、話はそのまま続行できる。さらには、わざと脱線を狙って話を逸らそうとするのもまた一興。それがこの、『脱線システム』です」


 すごい、さすがメガネ、天才だ。明らかに百人に一人の逸材だ。わたしは感動に打ち震えた。


「なんだそれ、面白そうじゃねえか! さすがだぜ!」


 さすがの悠斗も感動を隠せない様子だ。


「え? それってテーマを決める意味、あるのかな……?」


 真緒くんが首を捻っている。あはは、メガネの芸術的センスを感じ取るには、真緒くんにはまだ少し早かったかな。


「はい、柚花ちゃんもどうぞ」

「どもども」


 このみちゃんから紙切れと鉛筆を受け取る。

 わたしは鉛筆を握ると、迷わず『梅こぶ茶』と記入した。みんなも書き終えたようだ。


「じゃあリーダー、代表して引いてくれ」


 四つ折りにされた紙が次々とわたしの机に置かれていく。この六枚の中から、記念すべき最初のトークテーマが決まるのだ。


 このうち、半分は中身が予想できる。自分のぶんと、あと二枚は『進化』と『うんこ』で決まりだろう。この二つだけはなんとしても回避したい。特にうんこについてなんて絶対に語りたくない。だってうんこなんて汚いし臭いし肌の色も茶色だし。


 わたしはぎゅっと目を瞑り、適当に手を伸ばして紙を掴む。


「痛! 痛いぃ柚花痛い〜」

「あ、ごめん」


 間違えて鳴亜梨ちゃんのを引っ張ってしまった。失敗。気を取り直して掴む。

 わたしは目をあけて、紙を開いた――


【おかし】


 中にはそう書かれていた。


「えへへ……」


 真緒くんがどこか照れくさそうに頬を掻いた。犯人はおまえか。


「では、改めてルールを確認しよう。たしか、脱線しても気にせず続行していいのがガールズトークの鉄の掟だったな?」


 自分で提唱しておいてなぜか微妙にとぼけながら、メガネが念押ししてくる。よっぽど別の話がしたいのだろう。


 教室全体が妙な緊張感に包まれる。誰かの唾を飲みこむ音が聞こえた気がした。

 わたしは開幕の合図を出す。


「――始め!」


 かくして。ガールズトークの幕は切って落とされた。

 真っ先に口を開いたのは、意外にもこのみちゃんだった。


「みんなは、お貸ししたものが返ってこなかったら……どうする?」


 いきなり脱線した。

 たしかにひらがなで『おかし』と書いてあったから、『お菓子』とは限らない。


「お貸しした、ってことは、目上の人に貸したってことだよね? だったら、あたしなら諦めるかなぁ。下手に返却を迫ってうざがられて、関係がこじれたら面倒だし」

「たしかに、それが職場とかだったら、今後の仕事に支障をきたす恐れもあるしな」


 意気揚々と続いた鳴亜梨ちゃんの意見に、悠斗が一定の理解を示す。

 まずい。このままでは、諦める方向で決着がついてしまう。わたしは慌てて反論を試みる。


「で、でもでも、いくら上司だからって催促の一つもせずに諦めちゃうのは、やっぱりよくないと思うな。このグローバル社会を生き抜くには日本人だってノーと言わなきゃ!」

「そっ、そうだよ!」


 おっと、意外なところから援護射撃が。真緒くんが身を乗り出してわたしに加勢してくれる。


「酒本さんたちの言うように、それでもし関係がこじれちゃったら、そのときはお詫びの品を持っていこうよ。た、たとえばそうだなあ、お、お菓子の詰め合わせ、とか!?」


 激しくどもりながらも強引に本来のテーマへ軌道修正を図る真緒くん。これこそが、『脱線システム』の醍醐味なのかもしれなかった。


 だがそんな真緒くんを、鳴亜梨ちゃんは一笑に付した。


「あはは、真緒っちはお馬鹿さんだねえ。そんなことしたら火に油を注ぐ結果になるのは目に見えてるよ。だって絶対性格悪そうじゃん、顔真っ赤にして逆上してくるのがオチだって。あー、だんだんムカついてきた。あのハゲじじい」


 鳴亜梨ちゃんは想像上の上司に向かって悪態をつき始めた。

 そしてついに、満を持してメガネが口を開いた。


「そこまで反感を買うということは、こちら側にも問題があるのかもしれません。もしかして、なにかやらかしたのでしょうか? うんこでも投げつけたのでしょうか?」


 あれだけ『脱線システム』について念を押していたわりには、あまりにもお粗末な誘導だった。さすがのわたしもこれには苦笑い。

 仕方ない、ここはわたしが一肌脱ぐしかないだろう。わたしは話を戻した。


「でも、お貸ししたものにもよるかもね。ほら、なにか返せない特別な事情があったりするのかも」

「そうそう! お菓子を借りたはいいんだけど、間違って食べちゃったとか!」


 真緒くん、必死すぎる。そんなにお菓子の話がしたかったのかな。


「お菓子といえば、みんなは何味が好き?」


 真緒くんのあまりの必死さを見かねたのか、このみちゃんが乗っかった。根は真面目で優しいこのみちゃんのことだから、いきなり脱線させてしまった責任を感じているのかもしれない。


「わたしは柑橘系の味かな」


 言いだしっぺにわたしたちも続く。


「わたし抹茶味」

「じゃあ俺はコンソメで」

「うんこ味」

「じゃあ、ぼくは……って、質問がアバウトすぎて答えられないよ! まずは甘い系か、それともしょっぱい系かで分類してから攻めていくのが筋なんじゃないかなっ! 甘い系なら和か洋かでさらに分類してみたりする感じで! あ、最近じゃチョコでコーティングしたポテトチップなんかもメジャーになってきて、一概に甘いかしょっぱいかだけで分類するのが難しくなってきたかもね。そもそも――」


 真緒くんの語りは終わる気配がない。自分の好きなことを話している真緒くんの姿は、生き生きとしていてとても眩しい。真緒くんは今、普段見せるどんなときよりも輝いていた。


 わたしも、輝きたい。こうなったら、わたしも『脱線システム』を有効に活用させてもらうことにする。自分の好きな話をしてやろう。


「お菓子といえば和菓子。和菓子といえば、和菓子と切っても切り離せないパートナー……お忘れではありませんか。そう、お茶です。中でも和菓子と最も相性が良いとまことしやかに囁かれているのが……そうです! 梅こぶ茶なんです!」


 やばい、テンションあがってきた!


「梅こぶ茶といえば和菓子によく合うよな。和菓子といえばお菓子。そういやおかしといえば、お貸ししたものは実は返ってきているけど、それに気づいてないだけかもしれない」


 あがったテンションが悠斗によって沈静化されてしまう。こいつ……。別に悠斗はお貸ししたものに興味ないだろうし、わたしを妨害するためだけにわざとやっているな。そんなにわたしのことが嫌いだというのか。おのれ。


「マジムカつく! 許せない、あんのハゲ、逆ギレしやがって……」


 一方、鳴亜梨ちゃんはまだ架空の上司の陰口を叩いていた。とことんまで根に持つタイプだ。


「――であるからして、バレンタインはお菓子メーカーの策略であり陰謀なんだけど、チョコをもらえるのなら感謝こそすれ恨むことはないわけで……」


 真緒くんはまだしゃべってるし。


「これからのうんこの話をしよう。やがてお菓子はうんこ味が主流になってくる。そしてそれは、お煎餅も例外ではない」


 メガネも好き放題に語っている。わたしも負けてられない。がんばって脱線させなきゃ!


「やっぱりお煎餅にはお茶がよく合うよね。特に、梅こぶ茶」

「もうっ、いい加減にしてよ! ハゲ! バーコードハゲ!」

「だから毎月二十二日はショートケーキの日、なんだよね。ははは、ぼくはカレンダーを改竄して毎日をショートケーキの日にしたいくらいだよ」

「いつだってそうだ。統計的に、結局はうんこ味のカレーに軍配があがる。カレー味のうんこではなく、うんこ味のカレーに、だ!」

「うんこ味のカレーにはお茶がよく合うよね。特に、梅こぶ茶」

「ハゲろハゲ!」


「おい、おまえらいい加減に……」

「そうだね。なんか、おかしなことになってきちゃったね……。なんちゃって」

「……小森、今なんて言った?」

「え? わたし、おかしなこと言った? なにか過ちをおかしちゃったかな? なんちゃって」

「小森だけはまだまともだと信じていたのに……」

「え? どういうこと? ふふ、おかしな広見くん。なんちゃって」

「なんちゃって言いたいだけだろ」


 こうして、第一回ガールズトークはぐだぐだのまま幕を閉じたのだった……。

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