第一章 エピソード5 〜さようなら〜

三日目。

私はどうやら、疲れ果てて気を失ってしまったようだ…。気を失う前後の記憶が曖昧でよく思い出せない。だが、この言葉だけは胸の奥に刻まれている…。


…『テル』ーーーー。



ガタン!!


突然の大きな揺れで目を覚ました。車輪が回転する音がする。


ガタン!!

また揺れた。仰向けになった状態で衝撃を受け、俺は尾骨を痛めた。しばらくすると、徐々に意識がはっきりしてきた。


(俺は…昨日…。たしか、川辺でヤケクソになったところまでは覚えてる…。…そして。)


あぁ、そうだ。

俺は昨日、ある事をして気を失った。

魔法を使ったのだ。呪文を唱えた直後に身体の力が全て抜かれてしまったかのように膝から崩れ落ち、そして気を失ってしまったのだ。


だが、それ以降のことは全く覚えていない。


俺は辺りを観察した。

…っつ。

両手首に痛みが走る。そしてすぐに縛られていることを理解した。俺は一畳程の広さの床板に座っており、周りを見渡して初めて気づく鉄の格子。俺はようやく囚われたいる事を理解した。


俺の入ったムシカゴを雑に運んでいたのは木製のリヤカーと一頭の水牛だった。先頭には髭面の老人二人組。古びた鉄の兜と色褪せた皮の鎧を着ている。二人とも手にはナタのような刃物を握っている。背中には弓と矢筒が装備されていた。矢筒には、矢がたっぷりと備わっている。


俺は正直焦った。

力尽きて動けなくなっている俺を縛り上げてどうしようというのか。殺す気なら目覚める前にするだろうし…。もしかしたら人攫ひとさらいか拷問趣味の変態かとも頭をよぎった。しかし事実を確認する術は今の俺にはなく、ただ固唾を呑んで成り行きを見守るしかない。


先頭の老人たちは、異国の言葉を話している。俺が目覚めた事にまだ気がついていないようだ。事を起こすなら今しかない。


ーーーーそうだ、あの魔法を使おう。昨日できたのなら今回だって…。


我ながら単純かつ会心のアイディア。

俺は昨日のやりとりの一部始終を思い出した。


(…たしか、土のギーアを意識、明確なイメージ、そして呪文。)


俺はスッと立ち上がり、揺れるリヤカーで体幹を使いバランスを保つ。そして土のギーアを強くイメージする。俺の周りに、ほんのりオレンジ色の光が集まってきた。次の行動は本能で理解していた。

全身全霊の言霊として目の前の空間に解き放つ、世界の理を完全に歪める為の免罪符めんざいふ


『テルッ!!』


その瞬間!!

老人たちめがけて土の槍が伸び…なかった。

俺の叫び声だけが虚しくくうに響いた。何も起きないこの一秒一秒が何時間にも感じられた。そして腹のそこか溢れる絶望を含んだ羞恥心で顔を隠したくなった。しかしながら、縛られているためそれは不可能であった。今の俺に出来る最大限の抵抗としてうつむくことにした。


ガタン!!

「ンモオオオオオオオ!!」


水牛は急に立ち止まり鳴き声を上げた。その慣性でムシカゴが前に滑り、俺は倒れた。


ゴンッ!!


勢い余って、頭を鉄格子に強くぶつけた。

少し涙目になりながらも、俯いた顔を上げて状況の把握に努める。


「…っ!?」


俺の目に映ったのは、こちらに向かって弓を引いた状態で構えてる二人組の老人だった。その迫力は、老いという生物的な衰えを感じさせないほどのものであった。そして俺を睨み殺そうと向けた鋭い眼はピクリとも動かない。そう、蛇が蛙を喰らおうとしているときの様に。まるで俺が動くのを合図に待っているかの様に、二人はその場にたたずんでいた。


「〒$>0!!仝€3^!!」

「☆2°>5$*☆、♪€%・+>:」


しびれを切らしたのか一方の老人が何かを叫んだ後、もう一方の老人もゆっくり続ける。そして、ほんのりとした緑の光たちが二人の矢のやじり羽根はねに集う


今、対応を間違えたら間違いなく殺されてしまう。


俺は頭を振り絞り、出た答えに従う。

俺がとった行動は単純明快。それは日本人なら誰しもが一度はテレビや漫画で見たことのあるモノであった。実際に行うことは生きているうちには無いと思っていたが、今がその時であると直感した。膝から崩れ、そして頭を腐った板に擦り付ける。生物として敗北を認め、相手を格上と認めたポーズ。

そうだ…。土下座である。


頭を上げようとした瞬間、突然脱力し、ふわっと身体と意識が離れそうになる感じがした。


(くそっ…。…なんだ、これ…。また、かよ…。)


昨晩のような、不思議な感覚に襲われたかと思ったら徐々に意識が遠のいていったーーーー。










ギィィィ、ガシャン!!。


大きな音と衝撃で、再び目覚めた時には集落の中にいた。

…と言っても、ただの憶測に過ぎない。俺はだだっ広い広場の真ん中に立っていた。わかっている事は一つ、首と両手を年季の入った枷木かせきで固定されてるという事だけ。地面から直径十五-三十センチメートルほどの太さの丸太が百二十センチメートルほど伸びて枷木を支えていた。つまり俺は、立った状態で、且つ中腰の状態で拘束されている。


「おい!誰か!!これは一体どうなってるんだ!」


返事はない。しかし、人の気配を感じる。

周囲を観察すると、なんとも原始的な竪穴式住居や高床式穀物倉庫が幾つも目に入った。


(あの建物は昨日の…)


どうやら俺は昨日チャリ丸に連れてこられた村に居るのは間違いないようだ。なぜなら、昨日襲われた二つのやぐらがここからでも見える。


村の様子を観察していると、近くの家から八十代くらいであろうか、一人の老婆が出てきた。ただ、その手にはナタの様な刃物を持っており、何か言いながら近づいて来る。


「おぉ、ご婦人!お願いだ、助けてくれ。コレは何かの間違いなんだよ。」


老婆は俺を無視し、俺の横に立つと、手の刃物を大きく振りかぶった。


「うああああああああああああ!!!やめろおおおお!!!」


俺は死を覚悟して思わず大声で叫んだ。


しかし老婆は俺を殺傷する意図はなかったらしく、器用に俺の衣服を切り開いていく。あっという間に全裸となってしまった。


(なんなんだ、一体…。しかし、どうやら命は助かったみたいだ。)


俺の声を聞きつけ村中から住人たちが集まってきた。ざっと二十から三十人はいるだろうか、俺を取り囲む。そして、次第に聞き覚えのない異国語でざわつきはじめた。


続いて老婆は俺の頭の少し上に手をかざす。すると頭上から突如、冷水が注がれた。

本当に冷たい。体温を下げまいと身体中の毛が一本一本逆立つ。


老婆はこなれた手つきで、持ってきていた海綿かいめんを濡らす。俺の腋窩えきかを始め腹部、背部、陰部に至るまで清拭する。確かに三日ほど風呂に入ってはいないが、なにも公衆の面前でこんな羞恥プレイをしなくても…。と、バカな事も頭をよぎる。


(…ん?待てよ…。……ハッ!)


俺は、とんでもない事に気がついた。可能な限り首を回して村人一人一人を目で捉える。だが、決定的にこの村に足りないモノがある。いや、足りないどころの話ではない。そこには、一人もいなかった。


「…おい!!ご婦人!!この村の女と子供…いや、若いヤツはどうした!?なぜ一人もいない??」


老婆は作業の手を止めることなく、なにやらブツクサ言っていたが全く意味が分からなかった。


しかし不思議だ。今から殺されるかもしれないにも関わらず、殺そうとしている奴らの事を気にしているなんて俺は本当に気が触れたのかもしれない…。

むしろ、気が触れていたほうが気持ちが楽なのだろう…。そんな事を考えると同時に今起きている事を整理し、脳内で即座に仮説を立てる。


一、若年者だけがかかる奇病にて全滅。二、若年者を匿う文化、習慣がある。

そして、三…。現在考えうる最悪の仮説だ。それは…、若年者の家畜化・食人である…。


事実、ブラジル・アマゾンのとある部族では、二十世紀初頭まで食人をしていた記録が残されている。さらに十八世紀には「食人を楽しむ夫婦によって数百人が消された」とそんな新聞記事が世間を賑わせた。

そもそも生物学的に女、子供は食人に適している。肉は男に比べ柔らかく脂肪を蓄えやすい為、食べる部分が比較的に多いという。

以上の事を踏まえると食人の線が濃厚だ…。もしかすると、自分達の集落の食用可能な若者がいなくなってしまったので、異邦人を捕らえて蛮行に及んでいるのか…。


(…見渡す限り老人ばかりだ。)


しかしながら、この食人集落説には致命的な穴がある…。それは村の維持だ。

このレベルの文明の村には本来、若い力は必要不可欠だ。それなのに一体何が起こっているというのだ…。


老婆は俺から少し離れてから両手をかざした。すると四方から突然強風が吹き、身体から水分が弾かれ飛んでいく。次に枷木の隙間から麻布をずりずりと器用に通し、布の間の穴に頭を入れるとスポンと布は首まで下がった。

恐らく、これは彼らの衣服だろうか。何ともシンプルなデザインだ。身体を隠せるほどの幅で、長さ二メートル程の長方形の麻布の真ん中にダイヤの形に切り抜かれている。頭を通したら、腰の位置で腹帯はらおびを縛る。これは、貫頭衣かんとうえだ。もっと簡単に言うと被るタイプの浴衣のようだった。


(身体の脇のライン丸見えじゃねぇか…。せめて何か羽織が欲しいところだ…。)


と言っても俺は何らかの捕虜なわけだし、これから殺されようってヤツに羽織なんて被せることはしないだろう。


老婆は作業を終えるとさっさと退散していき、俺の背後から別の誰かが近寄ってくる音がした。俺の両脇で何やらガサガサしていた。その後その人物は何やら、ウマそうな匂いを纏って俺の見えるところに来た。


「ぉわっ!!」


思わず声に出してしまった。

そう、それは若い女性だった。

年齢は20代前半だろうか、肌の潤いや弾力は触れなくともわかった。そして、初雪のような白い肌に漆黒の髪、瞳。目はやや垂れ目で、鼻筋はずっと通っており唇は小さく結ばれていた。原始的なこの時代なのに、髪の毛には艶があり、気を遣っているのが一目でわかる。とても美しい女性だった。髪は肩にかかるほどの長さで髪飾りをしていた。


先ほどの老婆もだが、後頭部に頭の形に沿った木製の髪留め…、そうだな、後頭部につけたカチューシャのようになっている物を付けていた。さらにその髪留めからはうなじに掛けて純白な布が、ベールのように伸びていた。まるで、艷やかな髪を人目に触れさせぬ様に隠していた。服装は俺が着用しているような貫頭衣で腹帯が大きなリボンのようになっており、右にややズレている。

服の色は麻本来の色ではなく、ほんのり臙脂えんじ色に着色してあった。そして動物の毛皮だろうか、ポンチョのように羽織っていた上着は素材の色そのままで茶色に白い水玉模様であった。

今のところ初めて見る若い女性だ。しかし、本当に美しい…。


女性は俺の口元に何かを運ぶ。俺は仕方なく口を開けると木製のスプーンいっぱいの穀物を口に捻じ込まれる。


(オェ…。パサパサで無味、食えたもんじゃねぇ。口の中の水分全部持っていかれるじゃねぇか。)


その若い女性は、黙々とその作業を続けた。

考えてみればここにきて三日振りの飯だ。俺が食わされているのは恐らくアワの類だろう。しかしながら、本当に不味い…。だが何もないよりかは、いくらかマシだろう。


女性は俺の顎を掴み、そのまま顔をクィっと自分の方に向ける。


「A!」


女性は「あ」と口を開き、俺も同じように「あ」と口を開いた。


「○>☆#」


女性が何やら発言をした、次の瞬間!!


「あばばばばばはぶぁぶぶぶ…けほ!!」


ほんのりと青い光が女性の正面に集まったかと思えば、空中で見る見る水が出現し十五センチほどの水の塊となり、俺の口目掛けて突撃してきた。魔法だ。


「+〆<%?? ……○÷<:。」


あまりにも突然の出来事に、俺はむせこんでしまい正しく呼吸ができない。女性はどこか申し訳なさそうにこちらを気にかけているように感じられた。


すると俺の視界の外から別の人物が出てきた。やたらと身体がデカい。俺の身長は百七十五センチほどあるため決して小さくはないはずだが、その老人は二メートルはあろうか…。少なくとも俺にはそのくらいに見えた。体毛は濃く、髭と髪の毛が繋がっていた。目や鼻立ちなど顔のパーツはどこか、先ほどの女性に似ている。恐らく親か親戚だろう。


何やら女性に声をかけてそして、手を引いて何処かへと連れ去ってしまった。


それから誰も来ることがなく、夜になり、俺は立たされたまま朝を迎えた。


翌日も昨日と全く同じ事が流れで行われた。

次の日も、そのまた次の日も一日一食女性にアワを食べさせてもらい、水を飲ませてもらう。そして老婆が身体の清潔を保持する。排泄は専用の桶で行い次の朝に老婆が運び出す。俺にはプライベートおろか、人権がと呼べるものが無かった。


何度も魔法の呪文を口にするも、ギーア達が集まらず、魔法が発現しなかった。俺の事を励ましてくれた土のギーアにまで見捨てられた様な気がした。


一日中立っているだけで、することも無い。俺はすれ違う村人の一人一人の顔と空模様を眺めながら過ごし、思い出に逃避する事を選んだ。

娘を憂う気持ちと、今も尚亡き妻を愛する気持ちで心を満たした。

時々、生きるている意味を失いかけるも、懐かしき祖国日本を思い出す。そして、絞り出した様な声で出てきたのは、歌だった。


「君が…代…は。…千代…にぃ…八ぁ…千代…にぃ。さぁざぁ…れ…石の、巌…と、…なり…て。…こけの…むすまぁ…で…。」


俺は気力の糸が切れそうになると、いつも歌う様にした。願いを込めて。何度も何度も。



きっと異国語で歌う俺が珍しかったのだろう。一人、俺に興味を持ってくれた老人がいた。俺は暇を持て余してるので積極的に話しかけた。そしたら、少しずつだが返事をしてもらえる様になった。いつしかその老人は、俺の食事と清拭を終える時間に合わせて俺のところへ来ては、話しかけてくれた。


老人は俺の高さに合う椅子を用意してくれた。何日も立ち続けて足腰は、もはや感覚が無くなっていた。椅子とは何ともありがたい。この老人にいくら感謝しても足りないくらいだ。


老人はダルルという将棋に似たボードゲーム教えてくれた。実に奥の深いゲームだ。老人との仲が深まっていくのを感じた。捕えられた日から数えて九日が経とうとしていた頃、俺はある程度彼らの話す言葉を理解し始めていた。


九日目の夜。

空気は温かく、そして湿っていた。老人は何やら見た事のないランプで足元を照らしてやってきて、そして彼は最後に一言「シャロ。」と言い残し、寂しそうな背中で帰って行った。


日本語に訳すとーー。


「さよなら…か。」


十日目の朝。

湿った空をさらに湿らせるかの様に、悲しい雨が降っていた。



           ☻


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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

いかがだったでしょうか?

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よかったら次回も、読んでみてください!

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