別れ

 休日が終わり、私の部屋を出ていく彼にキスをする。

 裸足のまま、玄関の扉に彼を押しやった私の背中に、彼の手が回るのを待ってから、もう一度だけ唇を重ねる。


「……寂しい?」


 恋人としての行為を終え、玄関マットに足裏を擦りつけている私を見て、彼が小さく笑っている。

 馬鹿にしているわけではないのだろうけど、年下の男に笑われている現状には、少なからず腹が立って、玄関横の薄い壁に身体を預けながら、まだ髪が乾ききっていない彼の姿を俯瞰する。

 運命的な出会いではなかった。好みの男性からも少し外れている。学生気分がまだ抜けていないのはいいとしても、それとは別の幼さを感じる。それでも、子供のように甘えてくる姿は見たことがない。大人びている、という表現も当てはまらない。とらえどころのない、損のない性格をしていると思う。私を愛しているかはまだわからない。

 私は少し迷ってから、以前から思っていたことを口にした。


「これが最後かもしれないって思ったら、少し寂しい」


 彼は少し驚いた後、全てを悟ったような笑みを浮かべた。


「そういう悲観的なところも嫌いじゃないよ」


 交際中の男性に悲観的と言われて喜ぶ女がいると思っているのだろうか。不安の代わりに湧いた疑問が私の顔を険しくさせたのか、彼の余計な言葉を招いてしまう。


「椿が考えてる以上に、俺、椿のこと好きだから」

「……」

「うわ、全然信じてない」


 無言のまま半眼で睨みつけていると、彼はおどける様に顔を緩ませる。


「電車乗り遅れるよ」

「引きとめたのは誰なんだか」


 私がつま先を振って追い払う仕草を見せると、彼が渋るように玄関の扉に手を掛ける。


「じゃあ、またね」


 にこやかに手を振りながら玄関の扉を閉めた彼は、階段を独特な歩調で駆け下りていく。

 薄い壁の向こう側で、彼の残した足音がどこまでも無機質に響いていた。

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