第34話 延長戦-アクシデント-①
時を同じくして、人形エリアにいるミナトとノワールは、多くの執着のテンシに囲まれていた。
ゲーム終了のアナウンスが流れた後、突如として執着のテンシが上空から複数体、現れた。けれども、救出ゲーム後は毎回こうであるため、ミナトとノワールは予告なしの襲撃にすっかり慣れてしまっている。
なぜ、このような事態になっているのか。それは、草原エリアの生徒達はアクシデントの対処があるのに、人形エリアでは特に何もしなくて良いのは不平等だからだ。……と言うのは表向きの理由で、実際はミナトとノワールに対する単なる嫌がらせである。
表向きの理由を受け入れているミナトは「やっぱり今回もあるよなぁ、延長戦」と言いながら、呑気に伸びをした。一方、悪意を感じ取っているノワールは「いい加減、この嫌がらせをやめろオォォ!」と叫び、触手をジタバタ動かす。
最初こそ、こんな風にミナトとノワールは比較的、余裕のある態度だった。だが、自分達を取り囲むテンシの数がどんどん増えていくにつれ、“今回はいつもよりヤバイかもしれない”と思い始める。
三メートル四方の
「わー……いつもより多いなー」
ミナトは呑気な声でそう言いつつも、緊張した面持ちでテンシを見据える。そんな彼にノワールはこっそり触手を伸ばしながら、イソギンチャクのような体を真っ二つに開く。けれども、ノワールが自身の体内で自分を匿おうとしている事を察したミナトに触手を優しく掴まれ、動きを止める。
「ノワにぃと一緒に戦うよ、オレも」
揺るぎない真っ直ぐな瞳でミナトに見つめられ、ノワールは「むぅ……」と唸った。
数秒間、ミナトとノワールは睨み合う。その結果、ノワールの方が渋々折れ、体を元に戻した。
「はァー……せめて私から絶対に離れないと約束してくれェ」
「うん、分かった~。オレの背中は任せたよ、ノワにぃ」
「うむ! 任せてくれェ」
ミナトとノワールはそう言葉を交わしながら、背中合わせになって構える。その瞬間、彼らのやり取りを律儀に待っていた執着のテンシ達が数体ずつ、順番に動き出した。
その頃、
人形エリアは西側の、草原エリアは東側の一番端にある。その上、島の中心部にある休息エリアとそこを取り囲むように設置されている中高大エリアは、カミ族が結界を張っていて通れない。今回のゲームには呼び出されず、待機となった生徒達が巻き込まれないようにするためだ。それゆえ、迂回しなければならず、余計に時間がかかっている。
「遠い! 思ってた以上に遠い!」
第一ゲームの会場だった建物エリア内の道を走りながら、旋は思わずそう叫んでしまう。
ゲームの終わりを知らせるアナウンスの内容から、アクシデントが発生している事は明白だった。そのため旋は早く目的地に辿り着きたいが、スピードを出し過ぎると体がついていかない事から、今以上に早く走るのは不可能だ。
そんな相棒に合わせて走っているレイは、旋を一瞥すると声をかけた。
「旋、我なら迅速に貴様を
「それって……ジブンを担いで、草原エリアまで行ってくれるってことか?」
「あぁ、旋が……嫌でなければ、だが……」
レイは以前、
ゆえに、旋にも拒否されるだろうと思いつつも、彼が急ぎたいのであれば協力したいとも考え、恐る恐る提案した。しかし、旋は驚いた顔で「え……全然、イヤではないけど」と言い、その返答にレイも驚愕する。
「……鬱陶しくはないのか?」
「へ……? うん。てか、むしろ有難いけど……ホントにいいのか?」
「勿論だ」
「じゃあ……お願いします」
「承知した」
そう返事し、立ち止まったレイの声と表情は心なしかうれしそうだ。その事を少し不思議に思いながらも、旋も走るのを止め、レイの前に立つ。すると、レイは軽々と旋を持ち上げた……所謂、お姫様抱っこで。
「えぇ!?」
俵のように、肩に担がれる事を想定していた旋は思わず、大声を出してしまう。
「やはり嫌だったか……?」
しゅんとするレイの顔を見た旋は、慌てて首を振り、「違う違う!」と否定する。
「その……肩に担がれると思ってたからビックリして……」
「
「そっか……」
レイの真面目な表情に、旋はそれしか言葉が出なかった。正直、旋的には少し……いや、かなり恥ずかしい。だが旋の性格上、運んでもらう立場でありながら、担ぎ方を変えてほしいなどと贅沢な事は言えない。
「旋……我に対して遠慮は不要だ。故に何か希望があるならば、口にするといい」
レイは何か察したのか、旋にスッと顔を近づけ、穏やかな声でそう言った。それでも旋は頑なに、首を横に振る。
「大丈夫! 遠慮なんてしてないから――」
「旋」
「えっと……
「おんぶ……我の背に乗せ、運べばよいのだな?」
「うん。お願いします」
「承知した」
レイは言いながら一度、旋を地面に下ろすと、片膝をついた状態でしゃがみ込む。
「遠慮なく我の背に乗るといい」
「ありがとう」
旋はお礼を言ってからレイの肩に手を添え、彼の背中に乗っかる。
「しっかり掴まっておくといい」
レイはそう言うと立ち上がり、旋の足をしっかり固定する。加えて、旋が
自分で走っていた時とは比べ物にならないスピードに旋は最初、心臓が跳ね、咄嗟にぎゅっとレイにしがみつく。けれども、そのスピードに慣れてくると、なぜか懐かしい気持ちになると同時に、幼き日の記憶が蘇る。
――夕暮れ時。公園で遊び疲れ、父の大きな背に乗る小さな旋。本当は甘えん坊な彼は父にしがみつき、うれしそうに笑う。
リツが生まれ、外で一緒に遊べるようになってからは、旋が父の背に乗る事はなくなった。少し寂しさを覚えつつも旋は母と手を繋ぎ、父の背で眠る自分よりも幼いリツを微笑ましそうに見つめながら、歩いていた。
こんな時にどうして昔の事を思い出しているのかと、旋はなんだかおかしくなり、小さく笑う。けれども、すぐに気を引き締め、草原エリアの方をじっと見据えた。
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