第7話 魔王城

「ん……? この城、確か……」

 城と呼ぶには控え目なサイズの建物を凝視し、めぐるは首を傾げた。

 アリスブルーの外壁に、オシャレでシックな西洋風の建物。いつ作ったのか思い出せないままの、幻想的な世界観のジオラマの中にあった、城の模型と全く同じ見た目をしている。その事に驚き、不思議に思いながらも魔王城の扉に近づき、鍵穴に鍵を挿して回す。


 開いた扉から旋が中へ入ると、手を前に組み、うなれた状態で玉座に座る銀髪の男性が目に入った。彼はワイシャツやネクタイ、ベストも全て黒色のスーツを着用し、金色の王冠の刺繍が入ったマントを羽織っている。

「……随分と遅かったではないか」

 男性は顔を上げながら、不機嫌そうな声でぶっきら棒に一言そう呟く。美しい顔立ちのその男性は旋を視界に捉えると、切れ長の目を一瞬だけ見開き、短いため息をついた。そして、どこか愁いを帯びた表情で、旋を見据える。

「えっと……」


 男性は立ち上がると、戸惑う旋に近づき、めっ色の瞳で彼を見下ろした。旋は男子高校生の平均身長を超えており、決して背は低くない。だが、男性は百九十以上の長身であるため、目の前に立たれると中々の迫力だ。

 男性の圧に押され、旋は思わず一歩、後退る。そんな彼の頭に、男性は手を伸ばす。

契約者貴様がなかなかやって来ないものだから、何かあったのではないかと……かく、無事で良かった」

「へ……?」

 男性はぎこちない手つきで旋の頭を撫でながら、安心したような顔をする。その言動に、男性は怒っているのではなく、心配してくれていたのだと旋は気がつき、胸を撫で下ろす。


「その……心配かけてすみませんでした。ジブンはおとなしめぐるです。アナタの名前は……」

「あぁ……そういえば、まだ名乗っていなかったな。我は“魔王マオウ”、レイ・サリテュード=アインビルドゥング。レイでいい。敬語も堅苦しいから止めたまえ」

「分かった。これからよろしくな、レイさん」

「“さん”も必要ない。鳴無旋……いや、旋。こちらこそ、よろしく頼む。……ではまず、このゲームについて手短に話すとしよう」

「あ、その話なら妹の相棒から聞いたよ。あとテンシの倒し方も。ここに来るのが遅くなったは、先に妹の契約相手がいる建物に向かったからなんだ」

「む……ならば早速、我と契約を交わしてくれるな?」

 レイはそう言うと、旋の前にひざまずき、右手を差し出した。突然の行動に少し驚きつつも旋も同じように膝をつき、目線を合わせてニカッと笑うと、ポカンとしているレイの手を取る。すると、二人の手は淡い紫色の光に包まれ、数秒程でそれは消えてしまった。

「これで契約は完了した。我は旋、貴様と共に戦う事を誓おう。その代わり、貴様は全てのゲームをクリアし、生きて帰る事を誓え」

 そう言いながらレイは、旋と共に立ち上がり、手を離す。

「うん! 分かった!」

 旋の元気な返事を聞いたレイは「この契約、破るでないぞ」と、囁くように言った。


「想像したモノを具現化する。それが我の能力だ。頭の中に思い描いたモノであれば、どんなモノでも作り出せる。試しに一度やってみるといい」

「分かった!」

 旋は言われた通り、以前、自分で作った大剣のフィギアを想像した。ふんわりとした想像が、はっきりしたものになった途端、旋の手の中に翠を基調とした大剣が出現する。

「できたー!」

「貴様……何をしている」

 目を輝かせ、大剣を見つめる旋に、レイは険しい表情を向ける。

「え……何かダメだった?」

「いきなりそのような武器を生成しては危ないだろう。最初は素人でも扱いやすい武器を――む……軽い、だと……」

 きょとんとする旋から、レイは大剣を取り上げる。それから旋を叱りつつ少し離れると、大剣を振り回し――その軽さに驚き、目を見開く。

「ジブンでも簡単に振り回せるように、軽めの大剣を想像して作ったんだ。あと、テンシを斬る時だけ、斬れ味抜群みたいなイメージもしてみた!」

「ふむ……それならば問題ないか。なかなかやるではないか、旋」

「へへ……ありがとう。ちなみにこの大剣は、テンシだけを吸い込む竜巻も作り出せるんだ」


 旋はそう言いながら、両手で丁重に大剣を返してくれている、レイの左手に目が吸い寄せられる。彼が薬指につけている指輪が妙に気になった旋は、大剣を受け取った後もそれを目で追う。

「……なんだ?」

「いやさ、変わった見た目の結婚指輪だなぁと思って」

 レイの瞳と同じ色の石がついた指輪を指さし、旋は上の空で適当な言葉を口にする。

結婚ケッコン……? 何を言っている。魔王マオウは我、一人だ。結婚など、ヒトの真似事、出来る訳がなかろう」

「そっか……」

 旋はなぜか、滅紫色の石から目を離す事が出来ず、レイの言葉にもぼんやりと反応するだけだった。


 ――何か大切なことを忘れてる気がする。あの石に触れば、それを思い出せるかもしれない。


 そんな漠然とした考えが頭を過ぎり、無意識の内に旋は指輪へと手が伸びていた。

「旋」

 レイに名前を呼ばれると同時に手を掴まれ、ハッと我に返った旋は「ごめん、なんかボーとしてた」と言って、照れ笑いを浮かべる。


「……これからここを出て、テンシと戦う事になる訳だが……その前に、このマントを身に着けておくといい」

 レイは何かを誤魔化すようにそう言うと、旋にピッタリサイズのフード付き黒マントを作り出し、彼の肩に掛け、ボタンを留める。旋は「ありがとう」とお礼を言いつつも、不思議そうにマントをヒラヒラさせた。

ヒトの体はもろいゆえ……急ごしらえの防護服のような物だが、ないよりはマシであろう。貴様の身を護る、きちんとした衣服はまた後日、渡す」

「うん。いろいろとありがとな、レイ」

「礼には及ばぬ」

 レイはそう返事しながら滅紫一色の刀を作り出すと、扉の方に向かう。旋も大剣を肩に担ぎ、レイと共に歩き出す。


 外に出る直前、確かめたかった事を思い出した旋は後ろを振り返る。彼の視線の先には、背もたれと座面部分が滅紫色の玉座があり、旋は“やっぱり”と思った。


 ――やっぱり……魔王城の模型の中にあった、玉座のミニチュアと同じ見た目だ、と。

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