リシェル・ルナ


 明け方に教会に戻った俺は少しの仮眠をとったあと、農作業を手伝っていた。


 そこでふと考えた。

 考えて、ああ、失敗した――と思った。


 神罰魔法を使った目的は証拠の隠滅だ。


 以上な現場を残さない為。だが、砦に兵士が誰一人としていないのは十分異常ではないか? あれでは、なぜ砦が燃え壊滅したのかなんの説明もできない。


 異常事態は異常事態のままだ。


 狂った兵たちは消えた。

 だがなぜ燃えたのか。なぜ兵はいないのかの説明にはならない。


 俺がやったのは、異常事態を異常事態で上塗りしただけにすぎなかった。


 それに銀髪の娘。


 彼女が軍に捕まれば非情に不味い。あの光景を見れば、しゃべろうとは思わないだろうが、拷問されればどうだろう。 


 積極的に密告するとは思えないが、無理やりにでも引き出されればあるいは……。ダメだ。保護するべきだった。


「詰めが、甘すぎるな……」


 苦虫をかみつぶす思い。

 

 あの娘。うまく逃げてくれればいいのだが。他の残党狩りに見つかっていないだろうか。頼む。逃げてくれよと、割と本気で暁光神に祈っていた。


 信仰は捨てたはずなのにな。


 村長の家で昼飯をいただいている時、近くの砦で兵の集団失踪があったらしいと聞いた。争った後があり、兵が全員居なくなったのだと。


 連れ去られたか、魔物に残さず食われたか。

 聖都からやってきた兵も困惑しているらしい。


「そんなことがあったのですか。怖いですね。暁光神のご加護があらんことを……」


 などと適当に返事をした。


  ◆◆◆


 午後からは農地の様子を見て回る。ついでに活性化バイタルアクトのかけ直しだ。効果は出ていて作物は調子よく育っているようだ。


「やっと、見つけた」


 突然声をかけられ振り向くと、昨夜の銀髪の少女が立っていた。


「君、は」


 動揺が声に出た。彼女の傍らにいたのは見知った村人だった。兵士ではなかったことに安堵する。俺を捕らえに来たのかと思ったからだ。その場合ならばこの場で戦闘になりえる。


「このローブを着た人を見なかったか近隣を回ろうと思っていました。そしたら神父様だろうと」


 と彼女は言葉少なく告げる。


 手に持っているのはフード付きの灰色のローブだ。元々は俺が着ていたもので、それを彼女に羽織らせたままだったか。


「その節は命を助けていただきありがとうございました」

「人違いではないですか? 私はここについたばかりの旅のものです」


 この娘、何を考えている? 

 あの光景を見せられて俺を探していただと。

 いったい何が目的なのか。


「お知り合いではないのかい?」


 と案内した村人も首をかしげる。


「昨日の夜、魔物に襲われている所を神父様に助けてもらいました。服が破れてしまったのでこのローブを下さりました。お礼をしたくて探していたのです。神父様は謙遜されているのでしょう」


 そう来るか。


「おー、流石神父様だ。来て間もないのに、いたるところで善行をなさる!」


 と村人は賞賛の声が上げた。

 昨日の一件は言わないつもりではあると。ならばだ。


「――――そうでしたね。最近は魔物が多いですから、あなたも無事でよかった。ふふふふふ」


「はい。ありがとうございます。それでですね。家族に話したところ『大恩を頂いておきながら、お礼もせずにいてはいけない。お前は住み込みで神父様のお世話をせよ』と命じられまして。しばらくこの村に居てもいいでしょうか?」


「――はあ?」


 耳を疑う。住み込み? お世話だと? 何を言っている?


 村人たちは「おお、義理堅い娘さんだ。神父様が良いならば村としては大歓迎ですな」と笑う。娘は笑顔を見せ村人たちに会釈をした。


「私、名をリシェル・ルナと申します。――神父様はお名前は? どうお呼びすれば? 私の命の恩人様」


 すぐには返事が出来なかった。

 先ほどとはうって変わって、真摯な目で見つめてくるのは紫水晶アメジストの瞳だ。


「――――アダム、と申します」


 ひるみながら、それだけの返事した


「若い娘さんだで、教会にベッドがもう一ついるのぅ」

「お構いなく。私、どこでも寝れます」


 などと村の老人たちと話している。

 顔がひきつっているのが自分でもわかった。


 何を考えている? なぜ俺を探した? 目的はなんだ?

 警戒心から、思考を空転させる俺にリシェルがそっと耳打ちをする。


「誤解を訂正しに。私、汚されていませんから。直前で助けてもらったから未遂です。あの勘違いをされたままは屈辱です。あいつが近づいたら殺すつもりでした。――でも、仇を取らせてくださってありがとうございました」


 言い残しリシェルは村人たちの方へ駆けていく。

 その言葉が、砦でかけた彼女にかけた言葉の返事だと気づくまで時間がかかった。

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