第21話 漫画能力、再び


 一度は神の名を名乗った魔物の日記だ。

 バキとルクは息を飲んで、フレリッドの読了を待つことに。


「おお、なんということか。私は……私は……そんなまさか」


 フレリッドの声が震えている。

 それは怯えというのが正しいのか。

 驚きと取るのが正解なのか。

 はたまた苦しみと汲み取るのが正解なのか。


「犠牲者があまりにも…おおきい。──なんてことだ・・・なんてことだ・・・」


 そのような声を何度もらしたことか。

 フレリッドは感嘆の声をくりかえし上げていた。


 バキとルクは少々困惑しながら、詳しい説明を求める。


「ねえ、賢者さん、賢者さん。なにをそんなに肉薄してるんですか? 俺たちにも分かるように説明してくださいよ」


 そうだとも。

 ルクでさえも日記の内容を早く聞かせてくれとせがむ始末。

 

「いったい何がこの地に起こったと言うのです? そのことが書かれていたのですか」


 二人の強い問いかけにやっと応じる。

 フレリッドは、魔法使いルクの目を見た。


 ためらいを見せながら。

 二人には話さないといけないだろう、と呟いて。


「こいつは……文言通りの神などではなかったのだ…」

「そういえば、あいつ。魔界の門番だって言っていたよな」

「ああ…そうじゃ」


 確かに、かすれた声で自分のことを語り出していた。

 朽ちて行くおのれの身を惜しむでもなく。


「門番ってのは、城の兵士や見張りのような解釈でよろしいのかの?」

「おそらくはな。まずはやつの名前から…」

「へ? ヴァルクロプスじゃねえんすか?」


 バキの問いかけに、

 フレリッドはちいさく首を縦に振る。

 その唇は、震えているようにも見えた。


「ジキル……。それがこやつの名前だ…」



 横たわる怪物に目をやり、フレリッドはそう答えた。

 バキがフレリッドの手元の日記をのぞき込んで問いかけた。



「──ってことは、ここに、そのように記してあるんだな」

「やつがこちらの世界に飛ばされて来てからのことが記してあった。ルク……」


 フレリッドはルクをしきりに見るのだ。

 まるで助け舟を出してくれと言わんばかりに。

 そんな目で見つめるのだ。


「フレリッド殿、お顔が真っ青ですぞ!」

「あいつ、毒でも吐いたのか? 俺たちが来る前に…」 


 フレリッドは目線を床の上に落として、今度は首を横に振った。


「フレリッド殿、それを拝借できますかな?」


 そういってルクは、フレリッドの手元から日記を受け取った。



 内容を確認するべくルクは、日記の頁を次々にめくりあげていった。


「しっかりと読み解いてくれよ、おっさん」


 フレリッドが言葉を出し渋るものだから。

 ルクが日記を改めて読むことになる。

 バキは、自分の読む番が回って来ないか心配して、そう言った。


「うーん。これは、なんということか……! フレリッド殿、女神の宝玉ルーンはどちらに奉納されていたのかご存知ですかな?」


 ルクがいう宝玉ルーン、バキはフロアの隅々まで目を配った。

 先ほども耳にした言葉であるここと、この流れを読んで重要視してのこと。


「どこにもそれらしいものは飾られてはいないぜ」と。

 この部屋フロアには生存した3人と息絶えた怪物のジキルの死骸…。

 日記があった小さな本棚、それだけしか見当たらない。


 するとフレリッドは漸く、指を頭上にさして屋上階に上がれることを明かす。

 ルクたちはフレリッドを先頭に上のフロアを拝ませてもらいに行く。

 3人は上へあがった。


 ルクが女神の宝玉ルーンの行方を気にしたことからも、ここにそれらしいものを奉納する台座があるのだろうと察しがつく。

 フレリッドは指さして2人に説明を加える。


「部屋としては今いた部屋が最上階だ。ここは屋上でそこに見える台座に女神の宝玉が祀られていたはずだが」

「台座の上には……なにも置かれていませんよ?」


 祀られていたはず──見に来ずとも分かっている様な口振りだ。

 彼には何か心当たりがあり、消失しているだろうことを予感する。


 バキがそれを目視で確認した。

 その存在はないときっぱりと返答する。

 空の台座に目をやれば、直径20Cmの球状のオーブがそこにあったと分かる。

 ちいさな祭壇のようなものがひとつあるだけだった。


 台座の裏手も一応のぞいてみた。

 バキは2人を見返し、首を横に振る。

 周囲に落ちていないという確認もできた。


 ルクが問いかける。


「フレリッド殿、魔法の結界でルーンは台座にロックされていたんですね? ルーンはどこへ行ったのでしょう。あれがこの場から紛失するといったいどういうことが起こり得るのか、わしにも見当がつきませんわい」

「あれっていうのだから、ルクは目にしたことがあるんだよな…?」


 宝玉ルーンを目にしたことがある。

 でもここに来るのは初めてだ。

 そうなると、ここではない別の場所にも同様の存在を確認している。

 バキの疑問符は、おそらくそういう意味なのだろう。


 これは意外と鋭い指摘である。

 ルクはバキの顔を一瞥すると、その瞳に温かさを湛えた。


 世界にとって重要な役割を持つものとの認識があるのに。

 だがそれが失われた場合の状況が分からないという。


 台座を眺めた感触だと、上に宝玉が置いてあったという印象になる。

 ルクは魔法力でロックされていて、おいそれと動くものではないことを強調しながら、フレリッドに問いかけた。


 それを目にしたことがあるのは、この場ではフレリッドとルクだけのようだ。


 フレリッドは青ざめた顔のまま、台座に手を添えて膝を落とした。

 愕然とした様子。

 台座にしがみつくように肩から震えが来ているように見える。

 ルクが声を掛ける。


「どうか、お話を聞かせてくだされ。あなた様はいったい何処から来て、何をなさろうとしたのですか? お見受けは旅の賢者の様ですが…」

「俺たちは、クロニクルの王様にも謁見して状況を伝えねばならないんだ。うちの王様への報告もあるしな。……あまり、モタモタとしてらんねえんだ」


 私は……私は……。

 口元に恐れをいだくように繰り返す。

 その文言には大きな後悔の念が浮かんできた。


 この人物は、怪物が現れたことに大きく関わっているとルクは見た。


 ルクはバキをちらりと見た。

 このままではらちが明かないとバキにいった。

 

「バキ、例のアレを頼めるか?」

「うんまあ仕方ないね。同意を得る必要ってあるかな?」

「いや、それどころじゃないがな。早速やってくれて構わんよ」


 よし。

 バキはルクから何かしらの許可を得て、目を輝かせると。

 腰元の剣に手を添え、2人から少しの距離を置いた。


 抜いた剣先を空に掲げて。

 バキはそっとつぶやいた。


来たれ、爆腕ビルドアームズ!」


 気遣うように声を小さくした。この文言は唱えなければいけないようだ。


 掲げた剣の先からエネルギーが溢れて来た。

 赤、緑色、青と混ざり合って不思議な風合いを成していた。

 その剣先はそっとフレリッドに向けられた。


 すると不思議な風合いのエネルギーがフレリッドを包み込んでいく。

 フレリッドは息を吸ってなげこうとしていた言葉を飲み込んだ。

 後ろの2人はそうなると分かっていたのか、何も言わず彼の言葉を待った。


「もう…これ以上は嘆いていられないな。2人の励ましで勇気が湧いた。急ぎ、私のことを2人には打ち明けて置くので、これから良き相談者となってくれぬか」


 急にフレリッドが潔く立ち上がると、2人を頼ってきた。

 2人に振り返った彼の表情はまだどこか険しかったが、口調がかなり前向きになっていた。


 それに、いつの間に励ましなど送ったというのか。


 これは紛れもなくバキが能力を使ったのだと分かる。

 ルクもバキも多くの時間を無駄についやせない。

 そこでそれを回避するための、うってつけの秘策をくり出した。


 気落ちしていたとは言えフレリッドは賢者だ。

 背後から近づくエネルギーをなにも感知できなかったのか。

 何かを喰らわされ、彼は急激な心境の変化を見せていた。


 魔力を持たないバキが剣技以外にできることは一つ。

 

 バキが幼少期に授かった、【漫画能力】をフレリッドに施したようだ。

 それにより何かしらの効果がもたらされたようだ。

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