第7話 からっきし


 肩で息をするほどに身体を火照らせた。まだ体力の限界が来たわけではないが、バキは舌打ちをして言った。


「ちっ。くっそ、これでいったい何軒目だ」


 勢いよく年上のルクを出し抜くように民家の残る方へ、猛ダッシュを決め込んで来たというのに。

 何の成果も得られない。この場合の成果とは町人から当時に起きた出来事のあらましを聞くことだ。


 つまり人が見当たらないのだ。

 子供はいないのか。幼過ぎて話を聞けないだけとか、あるいは大人でも負傷で怯えていて口が利けないとかではなさそうだ。何者かでも見つけて会っているのなら、民家をはしごして、その台詞は吐かないはずだから。


「──悪いとは思いつつも、ここまでしたのに」


 よその国の見知らぬ者たちの家だが、急を要する故に勝手に上がり込んだのだ。無論、声を掛けながらではある。しかし、人っ子一人いやしない。

 悪いと思いつつ──それは、そこに人々の確かな生活感を感じていたからだ。


 草原の国では毎日鍛錬のため、魔物と運動会の日々を過ごした自慢の足だ。しらみつぶしに家々を家庭訪問して回った。どこを訪ねても無人であった。根気よく調査をした。しかし時間だけが空しく溶けた。段々とペースを上げていった。それはまるで被災した地域に忍び込んだ盗賊のように迅速にだ。焦りもあった。決してルクとの競争ではないが。隣国クロニクルとて広い国家だ。急がなければ日が暮れても終われない。バキとて人の子だ。残飯を漁ってこんな薄気味の悪い場所で夜を過ごしたくはない。


 そして何より、人影が一向に見当たらないことが、むしろ不自然なことにバキは気づいていた。


「あり得ないぜ。事が起きたのは数日前の朝だろ、人間だけどこかへ吹っ飛んじまうなんてありえないぜ」


 バキの言いたいこと。家々を回りながら屋外も見回ってきたのだ。家屋は綺麗に無事であるのに。ド派手な攻撃を不意に受けて滅んだ者が大勢はいるだろうが、なぜ、遺体の一つも見当たらないのだ。


「負傷者すらいねぇ……国に災害が及んだ時の避難所がどこかにあるはずだ。だが、最初に高い建物に登って見渡したが市民公園のような広場が見えない。……もっと中央に向かうのなら、遠すぎる……」


 災害に備えての避難場所がない。ここは町外れに近いが、それでも町のなかだ。

 神殿のような高い建物の屋根から町の様子を見渡していたのなら、かなり遠くのエリアまで展望したことだろう。避難所に成り得る、神殿、教会、役場などもくまなく調査して無人の町に疑問を抱いたのだ。

 子供も老人もこの居住区には居ただろう。これ以上、遠くに避難所があるのは厳しいのではないかとバキは考えたのだ。


「俺達が侵入経路とした国境は、エクスダッシュとは陸続きだが。友好国といえどもこの町には防壁がないな。なんともセキュリティ意識に欠ける防衛態勢だこと」


 確かにその通りだ。友好国であっても魔物の対策はどうしているのか。寒さのせいで出現しないのか。いや、それはあり得ない条件だ。現実、魔物によってこの有様なのだから。

 バキは眉根を寄せながら、ルクに任せた方面に意識を置いた。


「うーん。悔しいがルクの知恵に頼っちまうか。俺はバトル以外は苦手だからなぁ。ここは一旦この辺で打ち切り、合流して向こうもダメなら王城へ向かうか」


 頭を搔きながら、自分は十分働いたのだと言わんばかりだ。バトル以外は専門外だったが、人探しなど、体力勝負ぐらいに考えていたのかもしれない。今そうでないと知ったようだ。

 一旦はルクの元へ行くことにしたようだ。

 そちらも無駄足であったのなら、中心部へ向かえばいい。短絡的ではあるが、自分に手立てがない以上、長居は無用。バキは、その判断をつけて踵を返した。


 だがルクは、こういった場所での人探しが難航するようにも漏らしていた。

 難航する理由は何であろうか。

 またそれに対する知恵でも携えていそうだ。何しろ知力で勝負するジョブだ、魔法使いというやつは。



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