第33話 変態的な噂が広まらないことを祈るしかない


 僕らは部屋の中に入る。案内された部屋は執務室らしく、一人の女性が書類仕事をしていた。おそらく彼女がキャサリンなのだろう。


 彼女は銀髪を縦ロールにしていて、いかにもお嬢様といった雰囲気を醸しだしている、長身の女性だ。姉妹なだけあってどことなくフレアに似ているが、両目は青色だ。


「誰かと思えば、そのローブを着ているということはフレアかしら?」


「ええ、お久しぶりですねキャサリンお姉さま」


 フレアはローブを脱ぎ去り、キャサリンと対峙する。


「こうして直接出会うのは何年ぶりだったかしらね。思っていたよりも大きくなっていて驚いたわ」


 キャサリンは扇子を開くと口元にあてる。


「私がこの家を出たのは4年前なのですよ。身長が伸びているのは当たり前です」


「それはそうね。ところで、そこの彼は何者ですの?」


「これはご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕の名前はラース・ヴィクトルです。トロンの町で銀級冒険者をしています」


「ラース・ヴィクトル……。どこかで聞いたことがあるような……。そうだ! 思いだしたわ! 何年も前にヴィクトル辺境伯家を追放された人間じゃない。周りの貴族の子供たちが攻撃魔法を取得する中、一人だけ使えないスキルを得てしまった男だわ」


「僕のことを知っているのですか!?」


「それはもう。一時期貴族界の間で有名だったもの。おまけに、私は当時鑑定の儀を見物していたのよ。あなたが父親に落胆され、弟に馬鹿にされているところも見ていたわ」


「なるほど……」


「で? そんな無能をどうしてあなたが侍らせているのかしら?」


「別にラースは無能ではありませんよ」


 おいおい。僕の【魔眼】スキルのことを言うのはやめて欲しい。フレアとは自前に話し合って僕は未だに攻撃魔法が使えない無能であることにしようと決めてある。


 なぜなら、バラード家の人間はフレアに良い印象を抱いていないからだ。そんな中、彼女が襲われても良いように僕の力が弱いと思われていた方が彼らをだし抜ける。


 なので、ここでキャサリンに僕の能力を知られてしまうのはまずいわけだ。


「あら、もしかして彼には秘められた特殊能力でもあるというの?」


「いえ、彼は別に彼には特別な力はありません」


「ならば、余計にここへ連れて来た意味が分からないわね。なにか隠しているとしか思えないわ。彼はあなたのなんだというの」


 まずいな。キャサリンに感づかれてしまっている。ここは僕が適当にフレアをフォローするべきだろうか。


「そ、その……………………………なのです」


 耳を真っ赤にしてフレアがつぶやく。


「聞こえなかったわ」


「ラースは私の……なのです」


「もっと大きな声で言いなさい」


「ラースは! 私のペットなのです!」


「「「……」」」


 部屋の中に静寂が走った。フレアは顔を真っ赤にしている。いや、いくらキャサリンをだますためとはいえ、さすがにそれはなくないか……。


「あなたにはそんな趣味があったのね」


 キャサリンの顔は引きつっている。まぁ、彼女の目を誤魔化すことはできたのだし良しとしよう。


「ごほんっ。それで、ここに私を連れて来た理由はなんなのですか」


「確かに、あなたの趣味よりもそっちの方が重要な話だわ。まずはそこにあるソファに座りなさい」


 キャサリンの指示により、部屋の片隅にあるソファに座る。


 実を言うと、私の――いえ、私たちの生みの親であり、バラード家当主でもあったコギノ・バラードが亡くなったのよ」


「!? お父様が!?」


「ええ。まだ葬儀が終わったばかりだというのに、もうすでに次の当主が誰になるかで揉めているの。だから単刀直入に言うわ。フレア、あなたは私の陣営に加わりなさい」


「つまり、キャサリンお姉さまが次のバラード家当主になれるよう、私がお姉さまに力を貸せと」


「そうなるわね。もちろんタダでという話ではないのよ。もしも私が次のバラード家当主になったら、あなたの魔道具を大量に買い込むわ」


「私のお店にはもうすでに充分な数の顧客はいるのですが」


「さすがフレアね。では、報酬として更にこれを渡そうかしら」


 キャサリンは机の上になにか分厚い本を置いた。古びている上に、タイトルは得体の知れない文字で書かれている。


「これはもしかして」


 フレアが目を大きく見開く。


「やはりフレアは見ただけでこれがなにか分かるのね」


「魔導書ニブルヘイムですね」


「ご名答。この本を持ちながら魔力を使えば、氷魔法のスキルを持っていなくても多くの氷魔法を使うことができるという優れものよ。上手く利用すれば魔道具作成がはかどるんじゃないかしら。これを入手するのは本当に骨が折れたのよ。北方のヨードシラ連合王国からブルワースに移送するさいもかなりの妨害がはいったわ」


 魔導書というのは保有しているだけで強力な力が手に入る。そりゃあ色々な勢力に狙われたりするだろう。


「キャサリンお姉さまに味方すればニブルヘイムが手に入るのですね。しかし良いのですか? いくらバラード家に財力があるからといっても、魔導書などそう簡単に手に入らないと思うのですが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る